ohanashi | ナノ
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EIGHT!




「入江さん、本当にありがとうございました…」



ナンパ男達から私を助けてくれたのは、U-17合宿の時にカズヤも私も大変お世話になった入江さんだった。


このままだと予約した時間に間に合わないので、とりあえず入江さんと一緒にカズヤといつも行くレストランに入る事にした。カズヤが座るはずだった席には入江さんが座る事になったけれど、あの時入江さんが助けてくれなかったら私はあのままカラオケに連れ込まれていただろうから、感謝してもしきれない。



「徳川に指示された場所に行ったら名前ちゃんが絡まれてるから、びっくりしたよ」

「す、すいません…私があんなところでボーっと突っ立っていたのが悪いんです」



出会った時から変わっていない入江スマイルは今も尚、知り合いだろうとなかろうと、入江さんに向かって頭を下げさせる能力があるようだ。ナンパ男達の表情が一瞬で変わったのを、私は見逃さなかった。



「…ところで、カズヤに指示をされたというのは?」

「そうそう…彼、僕とか鬼に、もし目黒の近くにいたら俺の代わりに名前ちゃんを迎えに行ってもらえないかってメールを送っていてね…僕がたまたまさっきまで渋谷の楽器屋にいたから、目黒まですぐだし、僕がキミを迎えに行く事にしたんだよ。何でも、飛行機が大幅に遅れたとか、なんとか」

「私には全然連絡来てないんですけど…」

「キミに連絡したらキミが成田に向かってしまうと思ったからじゃないかな?こんな時間から成田に行くよりも、此処で僕と一緒にいた方が安全だからね」

「………」



完全に読まれている……雨だろうと、20時からレストランの予約を取っていようと、もし遅れるって連絡が来ていたら、私はカズヤを迎えに成田へ飛んでいっていたかもしれない。だって、早く会いたいから。でも、カズヤはそんな私の事を心配してくれたんだね…。



「まぁあと1時間もすれば彼も来ると思うし、それまで一緒にいさせてもらうからね」

「あ、はい!宜しくお願いします…!」








「あの時の彼の顔は本当に傑作だったよ。誰が見ても徳川が名前ちゃんの事を好きだって分かっていたのにね…"どうして知っているんですか"とでも言いたげにしててさ…」



入江さんと過ごす夕食はあっという間で、気付けば来た時から時計の長針が一周しようとしていた。



「カズヤのその顔、見たかったです…いつもあまり表情が変わらないので」



最初は世間話こそしていたものの、話す事はやっぱりテニスの事と合宿の事に集中してしまっていて。こんなにも思い出話に花を咲かせてしまうような歳になってしまったのだろうかと思いつつも、あの時の出来事は本当に濃厚なものばかりだったから、ついつい顔を綻ばせながら話を続けてしまう。特に、入江さんはカズヤと私がくっついたキッカケを作ってくれた人だ。入江さんもきっと私をいじりつつ楽しんでいるに違いない。



「でも、今日まで続くとは思ってなかったよ」

「あ、ホントですか?」

「うん。彼は自分の気持ちを言葉にするのが苦手だし、本当は熱い男のくせに表情のせいでイマイチ感情も伝わってこない…。まぁ、僕には手に取るように分かるくらい分かりやすかったんだけどね。その内、キミに愛想を尽かされてしまうんじゃないかと心配していたよ」

「そんな事、ありえないです!私から好きじゃなくなるなんて、絶対に無いですよ…」

「……そう。もう2人を引き離す事は難しそうだね」

「…え?」



お皿の上にナイフとフォークを5時の方向に向けて置いた入江さんはフッと笑って私から目を逸らした。私とカズヤを引き離す事は難しそうって…



「…どういうことですか?」

「隙があったら、彼からキミを掻っ攫っちゃおうかと思ってたのになぁ」



入江さんから、耳を疑いたくなるような言葉が聞こえた。



「あ、あの…入江さん…?」

「そろそろ日本を出て世界中を回ってみようかと思ってね。それでこのコと一緒に、名前ちゃんにも来てもらおうかなぁって」



入江さんがこのコ、と言って目を向けたのは先程肩にかけていたサックスだった。テニスをやめた入江さん…だけどサックスだけは現在までずっと続けているらしい。入江さんのサックスの音はあの時何回も聞かせてもらった覚えがある。



「…どうかな?ダメ元だけど、少しでも可能性があるなら、一回考えてみてほしいな」

「………」



カズヤと同棲して、カズヤの帰国を待っている今の生活もカズヤと同じ家に住んでいるという事実だけで嬉しかった。だけど心の奥底では一緒に連れて行ってほしいと思っていた。海外だろうが宇宙だろうが、カズヤとだったらどこへでもついていくのに。だけどそんな事を言ったらきっと本人は困ってしまうだろうから、言えるはずが無いし、カズヤからそんな事を言われるのも考えられない。

だけど、入江さんはいとも簡単にこんな事を言ってのけて…心は決まっているはずだし、カズヤと入江さんが全然違う人間だと分かっているのにも関わらず…少しでも動揺してしまった自分が嫌になる。



「…なーんてね。今のは冗談だから、忘れてね」

「え…っ?」

「来るのが遅いよ、徳川」

「…すみません、入江さん。もう大丈夫です」



後ろから聞こえた声に慌てて振り返れば、そこには私が会いたくて会いたくて待ち焦がれていた人物が立っていた。