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「はぁ……今日もカッコよかったなぁ…」



今日は土曜日で学校はお休み。私が所属している女子テニス部の練習は午前中までだったのだけれど、うちの学校のテニスコートで男子テニス部が他校の男子テニス部と練習試合をすると聞いた私は急遽学校に残って応援をしに行った。密かにクラスメイトでテニス部である入江くんファンの私に、行かないという選択肢は無かった。

結果は全5試合中5勝0敗で、うちの学校の勝ちだった。入江くんはもちろん余裕で勝っていた。満足した私はこのまま帰ろうと、テニスコートを出て、正門に向かおうと歩いていた。



「…あ、」



水道場に先程までコートの上に立っていた彼がいて、頭ごと水を被っていた。このまま素通りするのもちょっとアレだから、声をかけてみることにしよう。



「入江くん、試合お疲れ様!」

「ん?…ああ、苗字さんか。ありがとう」

「…眼鏡かけてないのによく分かったね」



私が声をかけると、顔を上げた入江くんが蛇口を捻って水を止めた後タオルで顔を拭いて、こちらを見た。いつもと違って眼鏡をかけていない彼の顔にどきりとした。綺麗な目とふさふさの睫毛に釘付けになる。その事を悟られないようにそっと目を逸らした。見えていないだろうけど。



「声で分かるよ。今日も、声を出して応援してくれていたしね」

「!? 聴こえてたの…?」

「うん。いつも来てくれているから、分かるよ。というよりも、苗字さんの声だけは特別に聴こえるのかも」

「?」



入江くんの意味深な発言に首をかしげていると、眼鏡を取ってほしいと言われたので、近くに置いてあった眼鏡を取って彼に渡そうとした。



「入江くんって…どれくらい視力悪いの?声で判断するって事は、私の顔が見えなくて分からないって事だよね?」

「うーん…そうだなぁ…」



眼鏡を渡す前に私がふと思った事を尋ねると、入江くんは左手を顎の方に持って行って何かを考える仕草をした後、突然私の眼鏡を持っていた方の腕を掴んで引っ張った。突然の事に反応出来なかった私の足は入江くんの方に傾く。



「此処まで近づけばはっきり見えるよ」



そう言われてそのまま顔を見上げると、彼の顔が鼻先数センチという所まで近づいていた。



「!?」



至近距離にいる入江くんと目が合って、心臓が口から飛び出るかと思った。さっき釘付けになった入江くんの綺麗な目が私の目に向いていて、見つめられるというよりも視線に身体ごと射抜かれる、という表現の方が合っているような気がした。

きっと彼はただ見える位置まで移動してくれただけなのだろうけど、これは心臓に悪すぎる…!焦った私はとりあえず入江くんから飛び退いて距離を取っている…はずだった。



「なーんてね」



二の腕をがしりと掴まれたせいで入江くんから離れる事が出来なかった。さっきより顔だけほんの少し入江くんから離すことが出来たけれど、どうして手を離してくれないのだろうか。私を掴む入江くんの力が思った以上に強くて、身体がびくともしない。男の子にしては綺麗な顔をしている入江くんだけど、ちゃんとした男の人なんだ、と実感する。



「実はね、こんなに近づかなくても苗字さんって分かるんだ」



掴まれていた二の腕をぱっと離されて、二、三歩後ろに下がってしまう。足が勝手に入江くんと距離を取ってしまった。こんなに近づかなくても、私って分かる?じゃあどうして今こんなに近づいたの?目の前でにこにこと笑う入江くんが、分からない。



「ごめん、どういう意味かよく分からないんだけど…」

「さっきも言ったけど苗字さんだから分かるんだよ。きっと、他の人だったら分からないかな」



そう言って入江くんは私から眼鏡を取ってかけた。「裸眼じゃ気付かなかったけど、顔赤いね?どうしたの?」と聞かれて、初めて自分の顔が赤くなっている事に気付く。きっと今までこんなに入江くんと接近した事がなかったからだ。クラスでもコートでも、いつもは遠巻きに彼の事を見ていたから。



「っ、私、よよよ用事思い出したから、かっ…帰るね!!お疲れ様!!!ばいばい!」



居ても立ってもいられなくなった私は入江くんの顔を見ずに一目散に走り去った。さっき目の前に広がった彼の顔が、どうしても頭から離れない。顔が熱い。身体が熱い。全身が熱かった。



「ふう………何時になったら気付いてくれるのかな?」
「それにしても、細腕に見えて意外に筋肉付いてるんだね」
「次はどんな事をしてあげようかな。君の反応が、今から楽しみだよ」



私がいなくなった後、入江くんが笑いながらこんな事を言っていただなんて私は知らなかった。


目が合った
どころじゃない


20130415