「一生懸命練習しているところが好きです。これからもテニス頑張ってください。応援してます」と書いたカードとチョコを、徳川くんのロッカーの中にこっそりと入れておいたのは昨日の朝の事だった。
ちなみに今日はバレンタインデー。何故当日にやらなかったのかと言うと、徳川くんは丁度これから国内遠征に行ってしまうのだ。戻ってくるのは予定では3月上旬。最早バレンタインよりもホワイトデーの方が近くなってしまう。だから今日やるしかなかった。
チョコが好きか分からないけど、気持ちが少しでも伝わればいいなぁと思った。ま、名前書いてないんだけど。私なんて大勢いるお手伝いの内の一人だし、名前どころか顔も覚えられていないと思う。
◎○●
たまたまいつもよりも早く目が覚めた私は掃除でもしようかと考えた。
早速箒とちりとりを持ち、外に出ようと外履きに履き替ようとした私の前が急に暗くなった。
「苗字さん」
名前を呼ばれたので上を見上げると、目の前には徳川くんがいた。え…、何で…?私が慌てて立ち上がり、「どうしたの?」と言うと徳川くんが持っていた紙袋らしき物をぐっと押し付けられた。すぐに手を離されてしまったので、自分の手で紙袋を掴む。
「えっと…これは?」
「…何も言わずに受け取ってください」
「う、うん…中身見ても大丈夫?」
コクリと頷いてくれた徳川くんを見てから紙袋の中に入っていた箱を開くと…なんと、
「!? ……可愛い…!」
女の子が作るようなチョコやクッキーが入っていた。少々形がゆがんでいる所もあるけれどそこがこれまた可愛らしい。
「これは…?」
「苗字さんにあげます」
「い、いいの!?」
「いつも世話になっているお礼だ…市販のような綺麗なモノではありませんが」
な、なんて事だ…まさか彼から最近流行の逆チョコがもらえるだなんて思ってもいなかった。いつもお世話になっているお礼という事は…お手伝いさん達全員に渡してるのかな?しかも市販のモノじゃないって事は…まさか手作り!?
「これ徳川くんが作ったの?」
「…作ったのは俺だが…鬼さんに教えてもらいながら作りました」
「………」
成程、鬼くんなら納得できる。鬼くん凄い。編み物だけじゃなくてお菓子作りもできるだなんて…女子力高すぎでしょ。普通に負けてるよ私…
「言っておくが」
「?」
「全員に渡しているわけじゃない。苗字さんの分しか用意していません」
「っ!?私だけ?どうして?」
「昨日…俺のロッカーに、」
「ななななんで私からって分かるの!?」
「やはり苗字さんでしたか。……字で分かる」
徳川くんが私の書いた字を見る機会なんてあったっけ…いや、あった。お手伝いさん達日替わりで書く日誌…それと清掃報告書。この施設にいる限り誰でも見られると思うけれど、選手の皆さんが見ることなんて絶対に無いと分かっていたのに…。あれ、私、カードに何て書いたっけ?何だか物凄く恥ずかしい事を書いてしまっていたような気がする…!
「だから昨晩、鬼さんに頼んで一緒に作った…と言いたい所だが、最初からその…作って渡すつもりだった」
「それって…?」
「…俺は、苗字さんの事が好「ね、2人とも何やってるの?そろそろ出発の時間だよ?」
「入江くん!?」
私達の目の前に現れたのは、大荷物を持った入江くんだった。もしかして、もう出発の時間?それなら入江くんは此処まで徳川くんを探しに来てくれたことになる。
すぐに徳川くんが入江くんに謝って荷物を持ち始めたので私も謝ろうとすると、「名前ちゃんは悪くないよ、邪魔しちゃってごめんね?」と言われてしまった。
「でもこんな所で逢引してる2人がいけないんだよ?するならもっと人目につかないところにしなくちゃ」
「あ、」
逢引って…!てかどこから見てたのかな?最初から見られてたらめっちゃ恥ずかしい…!
「苗字さん」
「は、はい」
「…さっきの続きは遠征から帰ってきてから話します」
「あ、うん…待ってるね!」
「ふーん…なら、それまで留守番よろしくね?」
「も、勿論です…!」
入江くんと徳川くんが乗り込んでいったバスが消えるまで見送った。徳川くん、私に何て言おうとしてくれたんだろう。早く、会いたいな。
20130214 |