「さっすがお父さんの子ね!」

 何時もそう言って輝かんばかりの笑みを浮かべてたあの母が死んだ。任務の途中で朝起きたらそのまま、だったらしい。周りの人たちが泣いていた。特にサクラさんやナルトさんはひどくって娘の私以上の泣きっぷりを見せて周りの人たちが軽く引くほどだった。
 葬儀を終え、骨になったお母さんの入った小さな骨壷を持って誰もいない家へ帰る。生まれながらにして父親はなく、母親一人しか家族のいなかった私の後見人はサスケさんがしてくれる事になった。家に仏壇はなく、急遽簡易式のそれを用意してくれたサクラさんは泣き腫れた眼で私を見て、

「やっぱり私たちの家に来ない?」
「ううん。私ももう八歳だしお母さんが任務の時は何時も一人だったし馴れてますから」
「でも…」
「サラダが待ってますよ」
「…じゃあ何かあったらすぐ呼んでね」

 ひどく心配そうな顔をしてサクラさんは私を一度ぎゅっと抱きしめて家を出て行った。途端に静まり返った室内で私は大きく息をつく。リビングとキッチンと寝室が一つの狭いアパートが何故か広く感じられる。お母さんがいないってだけなのに。

「病気なら何で言ってくれなかったのよ…」

 五代目火影である綱手様曰くお母さんは病死。あれだけ元気だったお母さんがそんなはず、って思ったけれどいざ遺体を目の当たりにするとそれが本当なんだと思い知らされた。腕は細くて化粧を落としたその顔はびっくりするほどにやつれていた。
 今になれば無理をしていたのだろうと思う。私を泣きごとの一つも言わず、女手一つで育てて、里の忍として任務をこなす日々。病気の事を誰にも言い出せずに、お別れの言葉もないまま死んじゃうなんて…あんまりだ。

「………」

 写真の中でお母さんが笑っている。私のアカデミーの卒業式の時に撮った写真だ。

『さすがはお父さんの子!』

 たった一年でアカデミーを卒業した私をお母さんはそう誉めたたえて心底嬉しそうに笑った。顔も見た事ないお父さんも七歳でアカデミーを卒業したのだと私はその時に初めて知った。そして嬉しく思った。お母さんは私をお父さんに良く似てると言ってよく褒めてくれるから、こんな所でもお父さんの血を確かに感じられて、それをお母さんが喜んでくれてとても嬉しかった。

「…お母さん、今頃会えたのかな」

 本人に聞いた事はなく、周りのお母さんを知る人たちから聞いた話でしかないがお母さんはお父さんの事を心底愛していたと言う。果たしてお父さんからその愛情を返してもらっていたかは分からない。けれど私が今存在するのは、そういう事なのだろうと最後に付け加えるのを忘れずに。皆口をそろえていうのだ。お母さんはお父さんの事が大好きで、心底愛していたんだと。
 ずっとずっと苦労してきたお母さんだ。天国でくらいお父さんに会って幸せになってほしい。そんな思いで写真の中のお母さんの笑みを向けた。

「は?」

 はずだった。
 時間にして数秒。またしても室内が静寂に包まれる。じっと見つめるのは長い睫毛に囲まれた赤い瞳。大きく見開かれたそれがすぐ目前に迫る。お母さんの写真と私の間に滑り込むようにして、男の人が立っていた。

「…ぁ」

 長い黒髪を項で纏めた全身真っ黒な男の人だ。普通不審者だと警戒すべきなのだろう。私だってアカデミーを卒業して一年が経つ下忍。クナイや手裏剣の扱い方は知っている。それに私はお父さん譲りでコントロールが良いのだ。頭の中ではそう思う。脳は危険だとアラームを鳴らすのに、動けなかった。呼吸を忘れるほどに目の前の人に魅入る。

 女の人顔負けの長い睫毛と真っ赤な瞳。見るからに細くサラサラとした長い黒髪。ああ、確かにサスケさんに比べて女の人っぽいなあ。お母さんが綺麗って言ってたのも分かる。

「お、父さん?」

 天国のお母さん大変です。お母さんが死んだ今日この日。お母さんの代わりにとっくの昔に死んだはずのお父さんが現れました。

150627