※兄さん生存IF


 風が頬を撫で、木々を揺らす。日差しが辺りを照らし水面に反射した光が視界を眩く染める。それらが当たり前のように分かる。目が、見えている。実に妙な気分だ。

 鳥の囀りの聞こえる湖畔は休憩には打ってつけの場所だった。ここは山奥で、人が来る心配もしなくて済む。水面を覗きこめば見える赤い瞳。手を伸ばせば水面が揺れて、形を失くした。それでも今見えた物は現実だ。以前の瞳とは違う模様の写輪眼。それがオレの眼孔の中に埋まって、失くしたはずの光を与えてくれている。

「お前がオレに与えた物は大きすぎるな」

 死んだはずだった。数々の罪を犯し、自身は病に侵され、多くの嘘の果てに最愛の弟の手による死と言う救いを見た。死後オレの眼球はサスケへと移植され、その死体は打ち捨てられる。そのはずだった。寸部の狂いもなく、オレの計画通り事が運ぶ、そのはずだったのだ。しかしその計画は上手くはいかず、こうして今ここに在る。計画を狂わせた張本人と共に。

「…だってその目は貴方に与えられたものだから」

 横を見れば長い黒髪の女が笑う。その目は包帯に隠されて見る事は叶わないがきっと弧を描いているに違いない。

「生と目、どれもオレには過ぎたものばかりだ。一生かけても返せる恩ではないな」
「私が勝手にした事なんだもの、気にする必要なんてないよ」

 全ては私の我儘だと言う。一人になるのは、貴方のいない世界で生きて行くのは耐えられなかったと。代償に目を、体の自由を奪われたとしてもそれでも、

「ずっと一緒にいられるならこれ以上に幸福な事はないわ」

 そう言って彼女は笑うのだ。あまりにもその笑みが眩しく感じられて、思わず目を細めて白い頬を撫でた。手のひら越しに伝わる温度に目蓋の奥が熱くなった。確かにオレも彼女も生きている、そう感じさせる暖かさのせいで。

「…ああ、そうだ。これからはずっと一緒だ。約束するよ、何があってもお前の傍を離れはしない」

 自由の効かない体を引き寄せて、そのまま抱きあげる。馴れた様子で首に回された腕と首筋にすり寄る頬にまた頬を寄せて歩みを進める。
 行く充てなんてない。里に戻る気は初めからなかった。だから旅を始めた。今まで見て来れなかった綺麗な世界を見てみたい、それが以前の彼女の望みだったから。
 人としての機能の大半をオレに差し出してまでオレをここに留めて置く事が我儘だと言うのなら、今のオレの存在は、行動は何だと言うのだろう。本来なら旅など危険だと安全な場所へ置いて行くべきなのに。幸せを願うならこの眼を返すべきなのに。

「ナマエ」
「んー?」
「今度は海でも見に行こう。海水浴、したがっていただろう?」
「わあ、凄い素敵!」

 こうして次の行き先を決めて、離さないように掻き抱くのは我儘ではないのだろうか。何時まで続くのかも分からぬ旅を続け、その身を危険に晒す事は、自分勝手ではないのだろうか。そう考えては、オレは妙な気分になる。満ち足りていて、もどかしくて、切なくて、幸福で、そんな気持ちに。

 木々が揺れる。先ほど囀っていた鳥だろうか、それが軽やかな鳴き声を上げて先を飛んで行くのが見える。「なあに今の?」首を傾げて問いかけるナマエに「なんでもないよ」と返事を返して、そっと包帯越しの目蓋へ唇を寄せた。

150625
(長編主人公の設定をちょっと変えてこんなのも書いてみたかったりしました)