死ぬなら私の事殺してね、なんて言ったのをきっと彼は覚えていたんだろう。忍という職業上いつ死ぬかも分からないのに何を言っているんだか、と自分でも思いはしたが撤回する事はしなかった。と言うより出来なかったというのが正しい。私の言葉に彼は形の良い唇を噛み締めて今にも泣き出しそうな顔をしてから小さく頷いたのだ。今更冗談だよと言うのは無理だった。

「だから来たの?」

 ねえ、イタチと名前を呼びたいのに恐怖から声は引き攣って言葉が上手く吐き出せない。対して私の首に刀を宛がった彼は真っ赤な写輪眼を僅かに揺らしてから震える声で、でもしっかりと私の名前を呼んだ。
 何となく、わかってしまった。何時も呼ばれていた物と違うそれはお別れの意味も兼ねていたのだと思う。死ぬ時は殺してね、ああ、彼は何時かしれないけれど死ぬつもりなのだと悟らせるには充分すぎる言葉だった。

「…待っていてくれるか?」
「……どこで?」
「遠い、ここじゃないどこかで…何時か必ずオレもいくから、それまで待っていてくれないか?」

 お願いと言うよりは懇願するかのようだ。普段我儘なんて絶対に言わないイタチが、何時も私の我儘を苦笑して許してくれるイタチが初めて見せた我儘。
 綺麗だなあと何時も思っていた顔は今にも泣き出しそうに歪んで、形の良い唇からは血が滴りそう。ああ、あの日と重なる。きっとあの時に決心がついていたんだろう。

「うん…待ってる」

 鈍い銀色が月明かりを浴びて光る。ずしりと感じる重みと、ついで訪れる焼けつく痛み。長い髪を揺らして背中を向けた彼へ向かって震える指を伸ばす。

 最後に言っておきたいの…お願いだからすぐには来ないでね。貴方がよぼよぼのおじいちゃんになっていたって私は全然大丈夫なんだから。それまでは一人でのんびりしておくよ。でもずっと待ってるのも多分暇になってしまうから、たまには遠くからでも私に話しかけてくれると嬉しいな。

「…だ、いすき」

 優しい人、ずっと大好きな人。暫くの間だけさようなら。

140614
(一度は書いてみたかった殺されたっていう恋人さんの話)