〇存在熱




「灯かりを消そう」

総士はそう、唇を動かしていた。
この部屋に誰かがいる訳ではない。自分は孤独なのだ。いつだって。
灯かりを消し、暗闇の中でぼんやりと座る様は誰の目から見ても滑稽だろう。それでも、今は何も見ていたくなかった。だが、次第に両目は闇に慣れ、うっすらと視界が開ける。握り締めた手が、かたかたと震えた。
心で自分に悪態を吐き、総士はサイドボードのペットボトルに手を伸ばした。それは想像よりも遥かに軽かった。それを現すかのようにとぷん、と小さく中身が水音を立てる。
一騎が島を去ってから既に数日経過したのに、心にぽっかりと穴が開いたままだった。それはただの空洞で、血が流れることのない、空虚な穴だ。だからこそ、自分は人前で平然としていられる。
孤独でたまらない。独りになるのがどうしようもなく恐ろしい。一騎のことを忘れてしまおうと何度か考えたが、自分の中に残る些細な思い出がそれを邪魔する。
思い出。飲料水に口をつけ、乾いた自嘲を浮かべる。
もう、彼はこの島に戻っては来ないのだろう。もう、関係は終わりを告げた。
一騎は自ら、総士と思い出を作る機会を断った。
互いに尽くしてばかりの寂しい関係は、決して心地の良い物とは言えなかった。それでも、総士は一騎を尊敬していたし、良き友だとも思っていた。
だから、これは失ったとは言わないのかもしれない。最初から、手に入れていたわけではなかったからだ。
惜しむように中身を全て口内へと流し込み、総士は全てを拒絶するために目を閉じた。



◇◇◇



幼い頃から恐れていた物がある。
夜明けが怖かった。暗闇の中、独り蹲っていられたのは自分が孤独だと認識できないからだった。
光の世界に晒されてようやく自分が孤独であることに気付く。その瞬間はいつも、いなくなってしまいたくなる。そう、息を止めてしまいたくなる。
冷たいところは気が狂いそうになる。温かさに依存している。人間は誰だってそうだ。
なら、冷たさや温かさを感じなければいい。
弱さに気付いて、いつだって強くなろうと足掻いてきた。
しかし、どんなに足掻いても、嫌いな夜明けは訪れる。
倒れ込むような状態でベッドに横になったまま、総士は目覚めた。
サイドボードへと手を伸ばしたものの、飲料水はとっくに空になっていた。総士は忌々しく軽くなったペットボトルをダストボックスへと放り投げた。
備え付けのクローゼットから制服を出し、ソファに腰を下ろしたところで、昨日突然伝えられた司令の言葉が頭に響いた。
「明日は休暇をとりなさい」と、言われていた。
仕事に行く準備をしようとしていた自分を内心笑いながら、ハンガーにかけられたままの制服を戻す。
一日何していようか。残念ながら、総士はこれといって断言できるほどの趣味は持ち合わせていない。考えあぐねて、頭の片隅で考えているうちに日が暮れたら、などと呆けたことを想像して、それも別に良いか、なんて思ったりもする。
案の定、暫くその想像通りにことは進んでいたが、静寂を破るチャイムの音に総士は顔を上げた。

(乙姫…?)

そんなはずがないと知りながらも、何故だか乙姫の顔が浮かんだ。確認もせずに急いで扉を開くと、そこに立っていたのは妹ではなく、一騎だった。

「一騎?」
「…今、暇か?」

そう言って一騎はやんわりと微笑んだ。その笑顔が妙に嬉しくて、つられて総士も笑みを浮かべた。
一騎が島に帰還してから二週間経過し、最近の竜宮島は不自然なほど穏やかに時を刻んでいる。だというのに、視界に一騎が映る度に総士は胸を撫で下ろしていた。
そうだ、自分はもう孤独ではない。充足感が尚のこと笑みを深くさせていく。
部屋に招き入れ、ただ何をするでもなく、ずっと二人で話していた。外に出かける気にもなれず、ただ、こうして椅子に座り、一騎の顔を見、声を聞いていた。一騎がそこにいてくれるだけでよかった。
総士が、一騎が島を離れてことがきっかけで気付かされたものの一つに、あまり抱くべきではない感情がある。初めは、何も知らない一騎に、不可抗力とはいえパイロットという重責を背負わせてしまったことに対する、罪悪感だと思っていた。いっそのこと、とんでもなく被害者面をして、悲劇に浸り、罵倒してくれれば総士は楽になることができたというのに、一騎は一切、追及することはなかった。
そんな優しい彼を、守ってやりたいと強く思ったのが発端だった。優しすぎて、自分のことを顧みない一騎が、安心してこの島を救えるように、ちゃんと見守っていようと、そんな風に思っていた。
いつか、一騎がそれを知ったらどのような反応をしてみせるのだろうか。お前のことは誰が守るのだと、そんなことを言い出すかもしれない。
ただ、理由が欲しかっただけだった。罪滅ぼしということにすれば、その関係は切れることがないのではないかといった、安易で子供のような考えで。
その気持ちを誤魔化すために今まで嘘を吐き続けていた。だから、こんなにも苦しかったのだと、いつしか気付いてしまった。
ふと、手元の時計に目をやると、予想していたよりも時間が経過していた。自分はそれで良くても、一騎にはつまらないだろう。いや、少しだったのなら良かった。数時間も友人と話すことは、口数の多くない一騎にとっては負担でしかないのかもしれない。
そう考えて、申し訳無い気持ちになった。貴重な一日、一騎にはやりたいことがもっと沢山あるはずだ。それこそ、日の当たらない地の底にある部屋には無縁の、様々なことが。

「すまない」
「え?」
「ここでずっと僕と話していてもつまらないだろう?」
「…なんでだ?」

今の気分では場を盛り上げようとする気はなかったし、総士自身もそのようなスキルを持ち合わせていない自覚があった。今も、てただ、一騎の話をうんうんと聞いているだけで何をするでもない。馬鹿をして場の雰囲気を高めることすら出来ないのだ。

「そんなことない」

一騎は首を振った。

「…総士と一緒にいられる」
傍にいるだけでいいと、言われたような気がした。もう、一人にさせることはないのだと。
不意に、涙が溢れそうになる。それを堪えるために、隣にいる一騎を強く抱きしめていた。
初めは驚いていた一騎も、それを受け入れるように、そっと抱き返してくれた。あたたかい。

「あと少しだけ…こうさせてくれ…」
「…わかった」

一騎の心臓が、脈打っている。人間が此処にいることの精一杯の証明。歌を奏でるように絶え間なく聞こえる鼓動。
それを聞いていると酷く安心して、急に睡魔が襲ってきた。そういえば、最近は仕事に追われて長い睡眠をとる時間すらなかったのだと思い出す。
記憶があるのはそこまでで、気付けば目の前に一騎の寝顔があった。
再度覗き込んだ時計が示す時刻に、呆気にとられる。
どうやら、こんな変な体勢で、夜まで眠りこけてしまったらしい。いや、一騎は眠る自分をどかすことが出来なかっただけかもしれないが。

「なんというか……」

それが妙に可笑しくて、総士は一騎を起こさないように気を使いながら、小さな声でくつくつと笑った。
寝耽る一騎の頬を一撫でして、ふと、薄く開いた唇に目がいった。
その唇は、意外に艶やかな色気を漂わせていて、総士は思わず、頬にあった指をゆるりとずらし、唇をなぞった。
自分は、小さい。
広い世界の中で、偽りの強さを装いながら、必死に生きてきた。
小さい。本当に、小さくてちっぽけな存在だ。
頬を伝う涙をそのままに、総士は身を屈めた。唇で、唇に触れる。
こうして、誰かに縋ることなく生きてきた。寂しさを埋めようと、足掻いて、自分は忙しなく手足をばたつかせていた。まるで、おぼれるように。
それに嫌気がさしても、役割を担った自分ではやめることなど初めから選択肢にも入っていなくて、なし崩しに歩みを進めていた。
それを断ち切ろうと思ったのは、一騎を、好きになったからだ。
一騎も自分と同じように小さい存在であるはずなのに、齎す力は自分と比較も出来ないほどに大きい。
一騎を守りたい、義務が理由へと変化した瞬間だった。
与えてもらえる熱を、いつか自分も彼に与えられるだろうかと思いながら、総士は腕の中でいまだ眠る一騎を抱き寄せた。



[終]



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「互いに意識している総士+一騎」

互いを意識というか、皆城さんは確実に矢印向いてしまったな…
両片思いおいしかったです!ありがとうございました(*´ω`)





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