even if 

どうしたらキミの心を手に入れられるんだろう…?


いや…。


キミの心はもう彼以外手にすることはできないんだろうな。


それなら、せめて今こうして2人で過ごしている時間だけは…。


今、この時間だけは俺のものだと思ってもいい?





even if





和人に会い行った四つ葉荘で出会ったキミ。
可愛らしい容姿はもちろん、今時珍しいくらいの純粋な心に、優しい笑顔に、会うたびに惹かれていった。


あの春の陽射しのような優しくて眩しいキミの笑顔に会いたくて、用もないのに和人に会うふりをして四つ葉荘を訪ねた事もある。


それなりに恋の場数は踏んでいる。
女性の扱いには慣れている方だとも思う。
そんな俺がまさかの横恋慕。


キミが頬を染めて見つめる先には彼がいて、キミの綺麗な瞳に俺が映る事は無いとわかっているのに。
それでも、キミとの時間が欲しいなんて…。










「内装もなかなか凝っているし、デザインの勉強にもなると思うんだけど…。あぁ、勿論愛しの裕ちゃんと和人パパの承諾は得てるから。」


「ふふっ。『パパ』だなんて和人さんに怒られますよ?それに、裕ちゃんもホントは砂原さんを尊敬してる…んだと思います…多分…」


「おいおい、なんだよその歯切れの悪さは…」


「ふふっ。すみません。でも、デザインの勉強にもなるだろうからって、裕ちゃんも言ってくれたので…」


「お!それじゃあ返事はOKって事でいいのかな?」


「はい…。せっかくですし、連れていって貰ってもいいですか?」















沙耶にデザインを依頼していたプロジェクトの成功を祝うという名目で誘ったのは、今まで誰にも教えた事のない、『とっておき』のBar。

時間帯によっては客の数も少なく、それなりに見知った仲の客同士でも、必要以上にお互いを詮索しない雰囲気があり、誰にも邪魔されず2人きりの時間を過ごすにはもってこいの場所だ。



「それにしても素敵なお店ですね。何だか大人っぽすぎて私だけ場違いみたい…」


「そんな事ないさ。こんな素敵なレディをエスコートできて光栄でごさいます。」


Barは初めてだという沙耶の緊張をほぐそうと、わざとおどけてみせたが、言ったセリフは本心で。彼女の『はじめて』を獲得したような優越感さえ感じている。
そんな俺の気持ちを知るよしもない彼女は小さく笑いながら『砂原さんったら…冗談でも嬉しいです。』なんて肩を竦める。



二十歳になったばかりの沙耶はアルコール控えめのカシスオレンジを。
その隣でグラスを傾けながら氷をクルクルと回す俺はバーボンを飲んでいる。



「わぁ…このカクテル美味しい!」


「良かった。気に入ってもらえた?アルコールを少し控えめにしてもらったから飲みやすいと思うけど。」



「はい!とっても飲みやすいです。実は、この間裕ちゃんと行ったお店のはアルコールが強くて全部飲めなかったんですよ。少ししか飲まなかったのに私ったらお店で眠っちゃって。それで…」


アルコールに慣れていない沙耶はグラスを半分も空けていないのに、既に酔い始めているのか、いつもに増してにこやかで饒舌だ。
クルクルと表情を変え、ほんのりと上気した頬と潤んだ瞳で楽しそうに話す今の沙耶は誰が見ても俺の彼女に見えるだろう。


そう…
話の内容が『彼』の事ばかりだということを除けば。


「ごめん、ちょっといい?」


沙耶の事ならどんな事でも知りたいはずなのに、嬉しそうにアイツの話をする笑顔は見たくなくて。
話を遮るためだけにタバコに火を点けた。


「やっぱりアルコールのせい……かな?」


「え?」


「いや、今日の沙耶ちゃんはよく喋ってくれるなぁ…と思って。」


「やだっ!私ったら一人でペラペラと…」


沙耶は上気した頬を押さえながら、『すみません』と申し訳なさそうに俯く。


「いやいや、いつもと違う沙耶ちゃんが見れて嬉しいって意味だよ。」


そう言いながら、右手が沙耶の頬に触れようと、無意識に動く。


あと数センチで頬に触れる…と思ったその時、沙耶の携帯電話が着信を告げ、その音に弾かれるようにパッと離れる2人の間合い。


『ちょっとすみません』と握り締めた携帯の向こうにはアイツがいるのだろう。
席を外した沙耶の後ろ姿をぼんやりと見送りながら『あぁ…彼女は俺のものじゃないんだ』と改めて認識させられる。


「…始めからわかっていたつもりだったのに…。結構キツイな…。」




そう呟いて、残りのバーボンをグイッと一気に飲み干し、時計を見遣れば、あと数分で日付が変わる。シンデレラの魔法が解けるように、沙耶が残りのカシスオレンジを飲み干したなら、2人の時間も終わる。






このままアイツの所へ帰したくない。



このまま時間が止まってしまえばいい。



この店から帰れないように閉じ込めてしまいたい。



もっと酔ってしまえばいい。



俺の肩に寄りかかればいい。



そして、彼の事を忘れてしまえばいい。








『すみません!終電なくなるようなら裕ちゃんが迎えに来てくれるって……あの?…………砂原さん?』



ぼんやりと時計の針を見つめていた俺に、電話を終えた沙耶が掌をヒラヒラとさせながら話しかけ、その仕草でハッと我に返った。



「あぁ…ごめん、少し飲み過ぎたかな…。」



自分の思考を誤魔化すように自嘲気味にハハッと笑ってみせた俺の顔を、『大丈夫ですか?』と心配そうに覗き込む沙耶。



このまま抱きしめて『好きだ』と言えたらどんなに楽だろう。


手を伸ばせばすぐに触れられるほど近い沙耶との距離なのに、独りよがりの片想いとなると触れるにはほど遠い。



「さぁ、そろそろ行きましょうかお姫様。王子様がお待ちかねのようなので。」




本音とは真逆な言葉と笑顔。




キミの一番になれなくても、キミの向ける笑顔の先には彼がいたとしても、この想いはそう簡単に消せそうもない。




「もうこんな時間なんですね…。今日は素敵な所に連れてきていただいて、ありがとうございました!とっても楽しかったです。」





『また連れてきてくださいね』と言ったキミの笑顔に、またこうして2人の時間が過ごせるのなら…と独りよがりの片想い胸の奥にしまい込む。




今はお姫様を王子様の元へ送り届ける執事役に徹しよう。






キミへの想いが溢れてしまわぬよう、心の扉に鍵をかけて………。















   end 
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