あいかぎ 

「あ!やっべ…。鍵、部屋に置いたままだ…。」


「えぇっ!?裕ちゃん鍵持ったって言ったよね?」


「うん。出掛ける前にジャケット着替えただろ?」


「あ…じゃあ、着替えたジャケットに入れたままなんだ。」


「ご名答!!…って事で沙耶、オレの部屋の鍵も開けて?」


「んもう…仕方ないなぁ…」


呆れ顔でバックを探るキミ。
誰もいないリビングをキョロキョロと見回して、「なんだか悪いことしてる気分なんですけど…」と恨めしそうにオレを見上げる。


作ってはいけない決まりの合鍵。
渡した時のキミもこんな風に少し怒っていたっけ…。


怒りながらもこうしてちゃんと持ち歩いてくれている。ちゃんとオレの気持ちをわかってくれる。そんなキミが大好き。










あいかぎ








裕介が沙耶に合鍵を渡した桜の季節が過ぎ、数ヶ月が経ったある週末。



「ふぅ…お掃除おわりっ!」


部屋の掃除を終えた沙耶が陽射しが差し込む窓辺で晴れ渡った空を見上げながら一息ついた。


「課題も提出しちゃったし、今日は何しようかなぁ…。」


空を見上げた姿勢のまま、瞼を閉じポカポカと暖かい陽射しを感じていると…。


「いいねぇ…その横顔。」


いつからそこにいたのか、隣の部屋の窓辺で頬杖をつき、ニコニコとこちらを見ている裕介の姿があった。


「あ…裕ちゃん!いつから見てたの?声かけてくれたら良かったのに…」

閉じていた目をパチッと開け、裕介の姿を確認した沙耶は恥ずかしそうに俯きながらプウッと頬を膨らませる。
そんな愛らしい沙耶の姿に裕介の顔は更にほころぶ。


「なぁ?掃除終わったみたいだし、こっち来ない?」


頬杖をやめたその手で『おいでおいで』をする裕介の誘いに、沙耶も笑顔で頷くのだった。











「ねぇ、見て見て!このソフトクリーム美味しそう!!」


「つーか、さっきから沙耶は食いもんばっかだなぁ…。」


「えっ…。そ、そんな事無いよ!!!ほら、乗馬も楽しそうってさっき…。」


「はいはい…馬刺ね…」


「もうっ!!ゆうちゃん!!」


ニヒヒとイタズラっ子のような笑顔でからかう裕介に、沙耶は頬を膨らませ、抗議のポーズ。ひとしきり沙耶をからかって満足した裕介は、『ごめん、ごめん』と言いながらソフトクリームが載っているページに付箋を貼った。


「なんだか付箋だらけになっちゃった…。そろそろ回る場所絞った方がいいかなぁ?」


「だな…。じゃあ、オレの行きたい所をもうひとつ追加して…っと。」


「わわっ。もーう!ふざけないでよー!!」
じゃれあう2人の間にあるのは夏のレジャースポットが特集された旅行雑誌。
2人きりで行く初めての旅行の予定をたてるべく、気になるスポットに付箋で印を付ける作業をしている所だ。


鼻の頭に付けられた付箋を取りながら、飲み物持ってくると言って立ち上がった沙耶の手を裕介がグイッと引っ張る。


「きゃっ…」


小さな悲鳴をあげてバランスを崩した沙耶は裕介の胸に抱き止められ、そのまま裕介の長い足の間に座る形になり、背中からぎゅうっと抱き締められた。


「…………」


「…あの……裕ちゃん?」


沙耶のうなじに顔を埋めたまま何も言わない裕介の息遣いがくすぐったくて、わずかに身を捩る。


「あの…さ…」


どこか心細そうに聞こえる裕介の呟きに沙耶の胸はきゅうっと締め付けられていく。
胸の前でクロスされている裕介の腕にそっと触れる事で『なぁに?』と言葉の続きを促す。


「オレの部屋の鍵…やっぱ怒ってる?」


「…え?」


思いがけない話に思わず沙耶が振り向くと、せつなげに揺れる裕介の瞳と出会う。


「いや…沙耶はオレと違って真面目だからさ、合鍵渡されたりしても困る…だろ?」


「そんなっ…!困るだなんて…」


「だって…渡した時もちょっと怒ってたろ?今まで一度も使った事無いし…」


「それは…そう、だけど…」


「やっぱり…」


はぁ…と大きなため息をつきながら、沙耶の肩に手を置いたまま、ガックリとうなだれる格好をする裕介に、慌てて沙耶は言葉を続ける。


「違うよ。怒ってもないし、迷惑でもない。確かに今まで使ったことは無い…けど…」


頬を赤く染め、伏し目がちになりながらも自分の気持ちを一生懸命言葉にする。


「嬉しかったの!!なんか、そのっ…ど、同棲?してるみたいでっ…。でも、裕ちゃんの居ない部屋を勝手に開けたりしたら皆に見つかっちゃうかもしれないし…そしたら合鍵は返さなきゃいけないから…それは嫌だから今まで使えなかったの!だから、迷惑とか困るとかじゃないからっ!!」



沙耶はそこまで一気に喋ると、ハッと我に返ったようにまた俯く。



思いがけない沙耶の告白を聞いた裕介の表情はみるみる明るくなり、俯く沙耶を再びぎゅっと抱きしめた。


「そっか…。良かったぁ!沙耶、なかなか合鍵使ってくんないし、合鍵なんか貰っても困るんじゃないかって思ってたんだ。」


裕介は嬉しそうに沙耶を抱きしめたまま、リズムをとるように体を左右に揺らす。
そんな裕介の胸に顔を埋めていた沙耶がふと呟く。


「でも…誰かに見つかったから大変だし、合鍵使って裕ちゃんの部屋に入るのは難しい気が…」


「なーに言ってんの!」
言いながら沙耶の鼻をキュッとつまむ。


「沙耶が帰ってくる時間帯なら、リビングに居たとしても翔吉か和さんくらいだろ?そのうち夕飯の支度だ何だってキッチンに行っちまうんだから、その時に…それか、オレが遅い時は夕飯が終わって皆が部屋に戻ったのを確認してから…とか?」


「あの…なんでそんなに合鍵使いたいの?裕ちゃんと一緒に部屋に入ればいいような気が…」


    
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