Sweet Pillow 

キミの寝息でふと目が覚めた。



ちょっぴり開いたその唇に苦笑い…。



たくさん泣かせて、我慢させてごめん。



もう二度と辛い涙は流させない。



そう誓いながら、開いたままの唇にそっとキスをした。










Sweet Pillow











「裕ちゃんのバカっ!!…………っぅう…………っく……」


「ごめん…。ホントにごめんな…。」


裕介は自分の胸に顔を押し付けて泣きじゃくる沙耶の髪を優しく撫でながら、背中に回したもう一方の手はしゃくりあげる度に小さく震える背中をトン、トン…とあやすように動かし、もう何度目かわからない『ごめんな』を囁く。


普段は控えめで大人しい沙耶がここまで激しく感情を露にし、声をあげて泣きじゃくるのには、それなりの理由があるわけで…。




沙耶との出会いにより絵を描く事に再び情熱を傾けられるようになった裕介は、院生として学業に勤しむ傍ら、最近ではその才能を買われ、個展をひらいたり、企業からの依頼を受けたりと多忙な日々を送っていた。
結果、四つ葉荘に居てもアトリエで作業をしているか、自室で仮眠を取っているか…といった具合で、彼女である沙耶と過ごす時間はほとんどゼロに等しい。

作品の製作に費やす時間のほか、企業側との打ち合わせや飲み会にも参加しているため、デートの約束もドタキャン…なんて事には慣れさえ感じ始めていた。



(はぁ…またダメ…か。でも、裕介ちゃんが絵を描いてくれるのはホントに嬉しいし、裕ちゃんの絵大好きだからなぁ。)



裕介の忙しさを誰よりも知る沙耶は寂しさや不満をぶつけるどころか、裕介と顔を合わせる時は常に笑顔でいるように努力していて…。



(裕ちゃんは頑張ってるんだから、私がこんな顔してちゃダメ、ダメ…。笑顔、笑顔!)



折れそうな自分の心に気合いを入れるかのように、両手でパチン!と頬を挟むと鏡に向かい、ニコッと微笑む『笑顔の練習』をするのが日課になっていた、そんなある日の朝…。




「おはようございます。和人さん。」



「あぁ、おはよう沙耶ちゃん。今日は早いんだね。」



「はい、なんだか目が覚めちゃって…。あの、何かお手伝いする事ありますか?」



「あぁ、助かるよ。じゃあ、目玉焼きを人数分お願いできるかな?」



いつもより早めに目が覚めた沙耶が朝食の準備を手伝う事は珍しい事ではない。
和人と他愛の無い話をしながら調理をするこの時間は、なんだか実家に帰省した時のような安心感があり、最近の沙耶にとっては心の休まる大切な時間でもある。



「あ!そうだ…今夜なんだけど、沙耶ちゃんと裕介以外は皆出かけるらしいんだ。俺も撮影の関係で2、3日は帰れないと思うから夕飯は適当に済ませてもらえるかな?」



「あ、そうなんですか?夕飯は大丈夫ですよ!」



「すまないね。もし作ったりするならキッチンは自由に使うといいよ。それから、最近は裕介の帰りが遅いみたいだから、沙耶ちゃん一人の間は特に戸締まりはしっかりするようにね!」



朝食の準備中に和人から知らされたのは、今夜は四つ葉に裕介と二人きりであるという『朗報』。



沙耶は、食事もそこそこに久しぶりに過ごす裕介と2人きりの時間に想いをめぐらせながら、彼の居るアトリエへと急いだ。









「裕ちゃん!いる!?」



バタン!と開いたドアから、勢い余って前傾姿勢になりながら満面の笑みの沙耶が現れ、絵に集中していた裕介はビクンと肩を震わせた。



「ぅわっ!!なんだ!?…って…沙耶!?」



「あっ!ごめんなさい!!ノックもせずに急に開けちゃった…集中してたよ…ね?」



「いや、そろそろ切り上げようとしてたんだ…それより、そんなに急いでどした!?さっきの嬉しそうな顔から察するに、悪い話じゃなさそうだけど…?」



予期せぬ訪問者に驚きながらも、嬉しそうな沙耶の笑顔に裕介の顔もほころぶ。



自分の忙しさのせいなのだが、沙耶とゆっくりした時間がとれなくて寂しいのは裕介も同じなのだ。
嬉しそうに自分の元へやって来た沙耶を今すぐ抱き締めたい衝動をなんとか抑え、しゅん…として入り口に立ち尽くしたままの沙耶に「おいでおいで」と手招きをし、話の続きを促す。



そんな裕介の行動に、パァッと表情を明るくし、勢いを取り戻した沙耶は、先程手に入れた『朗報』を伝えるのだった。











「そろそろ…かな。」



エプロン姿でキッチンに立つ沙耶が味見をしようと鍋をひと混ぜしながらつぶやく。
大学での講義を終え、スーパーで食材を調達。和人に教えてもらった『特製トマトカレー』を作るべく、格闘すること3時間。



「ん!!美味しい!!」



時計を見れば19時を回ったばかり。もう30分もすれば、『腹へったぁ!』と言いながら帰ってくるであろう裕介の姿を想像し、沙耶はカレーの鍋に向かって一人ニヤニヤしていた。



    
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