キミのとなり 

……――12年前――……



「創一、お隣に引っ越してきた沙耶ちゃんよ。創一の方がお兄さんなんだから、優しくしてあげましょうね。」


「わかってるよ!ようちえん、いっしょに行こうな!」


「…うんっ!」










12年前の桜の季節。
隣の空地に建った新築の家に越してきたのは可愛い小さな女の子。
両親同士が意気投合し、季節の行事やイベントを一緒に過ごしているうちに、普段から自宅のようにお互いの家を行き来するようになっていった。



気が付けばいつも隣にいるキミは、年を追うごとにどんどん綺麗になっていって、いつか手の届かない存在になってしまうんじゃないかとさえ思うほど。



『創ちゃん!』と俺の名前を呼ぶ屈託のない笑顔は俺だけのもの。



そう思っていた。
あの時までは………。






キミのとなり









「創ちゃーん!」



いつもよりワントーン明るい声に、パタパタと階段をかけ上ってくる足音も普段より軽やかに聞こえる。




「創ちゃんいるんでしょ?開けるよ!」




ノックも無しに勢い良く開けられたドアはいつもの事で。




「見て見て!これ!」



久しぶりに部活も休みな春休みの昼下がり。
録りためたテレビドラマを視るか、それともさっきコンビニで買ってきた雑誌を読もうか…。ベッドに横たわってあくびを噛み殺していた静かな時間は幼なじみの登場によってあっという間に終了となった。



「んだよ…騒々しいな……って!!お前…それ…。」




「ふふっ!ビックリした!?午前中の入学説明会で渡されたから、サイズ確認のために着てみたの。似合うかな?」




「説明会でって…それはウチの高校の制服だろ?お前、隣の女子高行くんじゃなかったのかよ!?」




目の前に現れた幼なじみは、この春から高校生。聞かなくても入ってる母親からの『お隣さん情報』では、この辺りではお嬢様学校と言われている女子大付属高校に合格したという事だったはず。




「うん。滑り止めで受けてたから。でも、本命は創ちゃんと同じ高校だったんだよ?私の成績だとギリギリだったから、落ちたら恥ずかしいし、おば様には創ちゃんに内緒にしといてもらってたんだ。ビックリした?」

「内緒って…。」




狐につままれたように呆然とする創一の胸中は、ビックリどころの騒ぎではない。
沙耶が女子高に合格したという知らせを聞いたあの時、同じ高校に通えないという寂しさよりも、男子が居ない『女子高校』という環境に安堵したばかりだったのだ。
共学とはいっても、元々男子校の進学校だった創一が通う高校は未だ圧倒的に男子生徒が多い。
そのため、新入生の女子生徒は特に男子生徒の注目の的になる。そんな環境に沙耶を晒さなくて済む。そう思って安心していたのに…。




「あれ…?おめでとうって言ってくれないの?4月からまた一緒に登校出来るし、合格出来て嬉しかったのに…。」




いつもならば『バカなお前がよく合格できたな!授業についていけなくて泣きついても教えてやらないからな!』くらいの憎まれ口をきくはずの創一が、複雑な表情のまま黙っている。
もしかしたら同じ高校に行くのは迷惑だったのかもしれない…。そんな不安が過った沙耶はさっきまでの勢いを失い、しゅん…と肩を落とす。




「あの…ごめんね?私ったら一人で舞い上がっちゃって…。帰るね…。」




そう言って気遣うような眼差しを向けられた創一はハッと我に返る。




「お、おい!待てよ!その…ちょっと考え事してボーっとしてたから、お前のテンションに追い付けなかっただけだから。まぁ、アレだ。良かったな、落ちなくて。それと…その制服。そんなに丈が短いと階段の下から覗かれんぞ。」




「なっ…!!何それっ!?創ちゃんのエッチ!!」



動揺を誤魔化すのに精一杯なのと、素直になれない性格が災いして、『制服似合ってるよ』が『スカート覗かれるぞ』に変換されてしまった事を悔やんでも、時既に遅し。
スカートの裾を押さえながら、かぁっと桜色に染まった頬を不機嫌そうに膨らませた怒り顔でバタンッと勢い良く扉を閉めた沙耶は部屋から出て行ってしまった。




「つーか…『エッチ』って…。小学生かよ…。」




ブレザータイプの制服に赤いタイを身に付けた沙耶はとても大人びて見えて、中学校の制服よりも短い丈のスカートからスラリと伸びた長い足は、視線のやり場に困るほど。



「そりゃ『エッチ』にもなるだろ…。」




好きな女のあんな可愛らしい姿を見せられて『エッチ』にならない男子は居ないだろうと、自分の言動を正当化する。




「にしても…4月からどうするかな…。とりあえず朝は一緒に登校するか。スカートの丈は……ま、様子見…だな。」




4月から同じ高校に通えるという嬉しさと、共学とはいえ男子校並な環境に彼女が晒されるという不安が入り交じった複雑な心境は、春休み中創一を悩ませることになるのだった。











   
[2/6ページ]

 ←Nobel Top