lovely honey 

「ただいまー……」




四つ葉荘の玄関扉を音が立たないようそっと閉めながら静かに呟く沙耶が壁に掛かっている時計を確認すれば、既に日付を跨いで1時間が過ぎている。




(さすがに寝ちゃってるよね…)



ビジュー付きのパンプスを脱ぎ、足音を立てないようスリッパは履かずに爪先立ちで階段を昇る。
足を踏み出すたびにシャラリと揺れるのは、少し深めにあいた胸元のワンピースによく似合うロングタイプのネックレス。



なんとか物音をたてずに階段を昇りきり、清田の部屋の前で立ち止まるものの、ドアの向こうから人が起きている気配は感じられない。



(出かける時も会えなかったからこのワンピ見てもらいたかったんだけどな…)



新調したばかりのベビーブルーのワンピースは今流行りのシャーベットカラー。
ピンヒールのパンプスとストーンを散りばめたネイルで大人っぽく変身した姿は何だか照れ臭い程で。



高校の先輩の結婚披露パーティーから帰ってきた沙耶はそんな自分姿を廊下の窓に映し、ワンピースの裾を持ち上げてヒラヒラと動かしてみる。



(お気に入りのワンピだし、お化粧も髪も綺麗にしてもらったし…脱ぐの勿体ないなぁ…)




仲良しだった先輩とは勿論、久しぶりに会う地元の友人達とのおしゃべりは時間も忘れさせる程楽しくて、予想外に遅い帰宅となってしまった。




物音一つしない清田の部屋の前に暫く留まってはみたものの、こんな時間に声をかけるのは気が引ける。
着飾った自分の姿を見せ、楽しかったパーティーでの出来事を話すのは諦め、扉に向かって『おやすみなさい』と小さく呟いた沙耶が自室へと向かえば、扉にもたれかかるように立っている人影に気付き、思わず足が止まった。




「…遅かったな。」




突然の声にビクッと肩を揺らした沙耶の視線の先にいたのは、不機嫌そうに腕組みをする清田で。



「…!!」



たった今会えないと諦めた人物の登場に、目を見開き無言で固まった沙耶の右手に握られた鍵を取った清田が、『入るぞ?』と言いながら扉を開けた。



「楽しかったか?結婚式。」



「…え?…あ、うん。楽しかったけど…。清田さん、起きてたの?」



「だろうな。俺の電話やメールにも気付かないくらい盛り上がったんだろうし?」



「えっ?電話って…嘘!」



『おまえ宛の』と、渡された留守中に届いた郵便物を清田から受け取りながら、『起きてたの?』には答えず、『楽しかった』に反応した清田の言わんとする事を瞬時に察した沙耶は慌ててバッグを探る。



内ポケットに収まる携帯電話には着信を知らせるランプが点滅し、メッセージを確認すれば清田からの着信数件と『遅くなるなら迎えに行くぞ』という内容のメールが届いていた。



「…あの…ごめんなさい!バッグをクロークに預けたままで気付かなくて…」



パーティーに参加する事は前々から伝えてあったのだし、普段でも帰りが遅くなれば心配してくれる清田の事だ。
帰りが遅くなるとわかっていたのだから、彼に心配させないよう、もう少し気を配るべきだったのだ。



「心配したよね?ほんとにごめんなさい…」



「べっ、別に心配してたわけじゃねぇし!お前にしちゃ帰りが遅ぇから玄関の鍵持って出たか確認してやろうと思っただけで…」



いつもなら小言の一つ二つは言う創一だが、どうやら『心配で仕方なかった』という図星を指されたようで、少し顔を赤らめながら慌てている。




(そっか…もしかして心配でずっと起きててくれたのかな?)



てっきり怒られると思っていた沙耶は、思いがけない清田の動揺ぶりに驚きながらも嬉しさが込み上げ、つい『ふふっ』と笑みが溢れてしまう。
そんな沙耶の気持ちに反比例するのは清田の機嫌。



「おまっ…!今笑っただろ!」



「えっ!?」



「人がせっかく気を利かせてやったっつーのに、バカにしてんじゃねぇよ!」



「えぇ!?違うよ!バカになんてしてないよ!」



真新しいワンピースにキラキラと輝くアクセサリー。いつもより少し大人っぽいメイクにアップに結わえた髪から覗く白いうなじ。



彼氏の欲目ではなく、今日の沙耶は本当に綺麗で。
こんな綺麗な姿を彼氏である自分はつい数分前に見たばかりだというのに、パーティーに出席していたこの数時間、一体何人の男が沙耶の姿に視線を送り、声をかけたのかと想像する程に沸き起こる嫉妬心。



こんな事に嫉妬するなんて、自分でも馬鹿げていると思う。
『似合っている』と『帰りが遅くて心配だった』と、素直に言えたらどんなにいいか…とも思う。
しかし、口を開けば開くほど心とは裏腹な言葉しか出て来ない上に、一旦取ってしまった不機嫌な態度を引っ込める事も出来ず…。



「…ま、楽しかったんなら良かったんじゃねぇの?…寝るわ。』



はぁ…と溜め息をつきながらそう言った清田が、それ以上何も言わずに部屋を出ていこうとする。



こんな風に急に態度を変え、無口になった時の清田の機嫌は『最低』なわけで。



「ちょっと…清田さん、待って!」



こんな時はなるべく早い段階で機嫌を直してもらわないと大変な事になるという事を経験上良くわかっている沙耶は、部屋を出ていこうとする清田の背中を慌てて追いかけ、部屋着のスウェットの裾をキュッと掴んだ。



「待ってください…」



腰の辺りをキュッと掴まれ、クンッと前進を阻まれた清田が振り返れば困ったように眉を下げ、大きな瞳で上目に見つめる沙耶の姿にドキリと弾む鼓動。



「ほんとにバカになんてしてません!電話もメールも気付かなくてごめんなさい。でも、ほんとに嬉しかったの。清田さんが心配してくれて…。もう寝ちゃったと思ってたから、こうやって会えて嬉しくて…。」



アルコールのせいか、少し上気して桜色に染まる頬で、相変わらず上目に見つめる沙耶が可愛く謝る姿を素直に『可愛い』と思うものの、あっさり仲直りの流れに持っていくのは癪に障ると思ってしまう素直じゃない性格が清田の視線を明後日の方向へ向かせ、気持ちとは裏腹な言葉を紡ぎ出す。



「…そ、そんな顔してもダメだからな!大体、荷物預けてたって言ったって、帰って来るまでに携帯を確認する時間くらいいくらでもあっただろーが!」



語気を強める清田の様子に、どうしたものか…と次の言葉を探していた沙耶は『!』とある作戦を思い付き、2、3歩後ろへ下がって清田から少し距離をとる。



「ね、清田さん。このワンピースこの間一緒に買い物した時のなんだけど、どう?似合ってますか?」






    
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