いつだって帰っておいで。
キミの居場所はここにあるんだから。
辛くなったり、泣きたい時はまっすぐここに帰っておいで。
泣くときは俺の隣で泣いて欲しい。
どんなに遠く離れていても、いつだってキミを想っているから。
届け I love you「じゃあ、行ってきます!!」
そう言って出て行ったキミの笑顔が忘れられない。
見知らぬ土地での一人暮らしと大学での授業に馴染めているだろうか?
実践的な学習なので、企業側との打ち合わせなども学生が行っているはず。
難題にぶち当たって困っていないだろうか?
無理をして体調を崩しはしないだろうか?
自分の目の届かない所で小さな肩を震わせて泣いてはいないだろうか…?
離れてみて痛感する彼女への想いの大きさに自分でも驚くほどだ。
提携している地方都市の大学との交流事業という事で、地方の大学へ通い、依頼された企業広告のデザインを仕上げるという、実践的な学習を行っているデザイン科。
そこに所属する沙耶が 3ヶ月間限定の一人暮らしをするアパートへ引っ越してからもう1ヵ月が過ぎようとしている。
(さて…今日は何人だったかな…)
仕事をしていた手を止め、ふと時計を確認すればそろそろ夕食の準備を始めなければならない時間だ。
キッチンに向かい、冷蔵庫の食材を確認する。
いつもなら、沙耶が帰宅し、『お買い物があるなら私も一緒にいっていいですか?』と、可愛らしい笑顔をキッチンに覗かせる時間だ。
(…会いたい…って思うのは俺だけか?)
課題が忙しいのか、自分を心配させまいとしてか、近況報告のメールや電話は時々あるものの、『会いたい』や『帰りたい』という内容のメールも、休日に沙耶が四つ葉荘に顔を見せる事も無い。
そして、気がつけばつい携帯を手にし、沙耶からの『会いたい』の文字を探してしまう自分がいる。
(30にもなる大人の男が、情けない…)
考えればどんどん沈んでいく気分を振り切るよう、フウッと小さく息を吐いたと同時にポケットの中の携帯が着信を告げた。
携帯を開き画面を確認すれば、見慣れない市外局番が表示されている。
「ん?どこからだ?…あ、砂原…か?アイツ出張先から時々かけてくる事があるからな…」
不審に思いながらも通話ボタンを押す。
「…はい。…え?あ、はい。管理人の宝来ですが…はい……えぇっ!?」
「いやー、連絡が遅くなってしまって申し訳ない。なかなか連絡先を教えてもらえなくてね。余程心配かけたくなかったようだ。」
白髪混じりの頭をガシガシと掻きながら、すまなそうに話す男に駆け寄る和人の息はかなりあがっている。
「いえっ…それより彼女は!?」
「今は病室で寝ているよ。主治医からも話があると思うが、過労だそうだ。」
「過労…ですか…」
沙耶が通う大学から程近い場所にある病院のロビーは、診療時間を終え、照明は落とされ、数名の事務員が書類の整理をしている他は沙耶の入院の一報を聞いてかけつけた和人と、それを出迎えた教授のみだ。
「ああ。毎日遅くまで大学に残って課題に取り組んでいるのは知っていたんだが、徹夜をすることもあったようだし、土日も帰省せずに頑張っていたらしい…」
4時間近く車を走らせ、
着いた病院で初めて知らされたこちらでの沙耶の生活。
昨日、講義中に倒れた沙耶は大学の校医がいるこの病院に運ばれ、保護者が遠方にいる事や、慣れない土地での独り暮らしで身の回りの世話をする人もいないという事情から、病院側の配慮で体力が回復するまでの数日間は入院するよう指示されたという。
メールや電話でのやり取りでは知る事の無かった事実に愕然とする和人は、『まあ落ち着いて』と言うように椅子に座るよう促す教授に倣い、力なく椅子に身を預けながら口を開いた。
「…あの、課題はそんなに厳しいものなんでしょうか?」
「いや、私が言うのもおかしいが、そこまで難しいものでもないし、沙耶さんの実力からするとむしろ簡単にこなせるものだと思うんだが…」
「…そう…です…か…」
「体調を崩すのは誉められないが、学習熱心なのは感心していたんだ。課題も随分進んでいるようだから、今はゆっくり休ませてやりなさい。」
真面目な彼女の事だ。時には徹夜をする事もあったのだろうとは思うものの、体調を崩す程無理をするだろうか?と、『腑に落ちない』といった表情で眉間に皺を寄せる和人の肩を叩く教授の表情は柔らかい。
「さあ、主治医から話を聞いたら顔を見に行くといい。キミはただの管理人というわけではないんだろ?」
「えっ?」
「いやいや、あんなに血相を変えて駆けつけて来たんだ。私にだってそれくらいの察しはつくよ。」
ハハハッと笑いながら去っていく教授の背中を見送った和人は、沙耶のいる病室に向かい無意識のうちに駆け出していた。
消灯後の院内を足早に歩く和人を月明かりが優しく照らし出す。
人気の無い廊下には彼女の元へと急ぐ足音と少しあがった息づかいがやけに大きく響く。
扉に記された名前を確認しながら進んでいくと、一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「…あった…」
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