88 | ナノ
セトシン

何かあったとかそういうことはなく、ただ普通の日に普通の時間。団員が自然と集まりやすいソファでその日は珍しくバイトも無い俺とシンタローさんが二人でだらだらテレビを観ながら時間を雑にゆっくりと貪っていた。面白いか面白くないかで言うなら特に面白くない画面はとっくにその場の沈黙を消すだけの音になっていて、二人して画面に向き合うでも無く各々暇を潰す。そういう何でもない日だ。任務も無い、バイトも無い、他の仲間は遊びに行ったり買い物に行ったり。それから漏れた二人。俺としては、役得。

「なあ」

突然シンタローさんから声をかけられた。シンタローさんから話し掛けてくることはあまり無い為に驚いて返事をし損なってしまう。が、返事はせずとも急いで顔を向けた俺に特に文句はないのか、シンタローさんは勝手に移動させたノートパソコンの画面を見ていた目をちらりと俺に向けた。

「オレがお前に答えたら、嬉しいのか?」

無表情でそう言うシンタローさんに俺は言葉に詰まる。シンタローさんが言っている意味は恐らく俺が日頃伝えている好意に自分が答えたらと言う意味だろう。そういう話題は極力避けるシンタローさんがわざわざ自分から持ち出してしかも試すように言葉をかけてくる、正直困惑している。無表情で読めないし、そういう切欠がどこかにあったようにも思えない。答えを急く気は無いのか、シンタローさんはマウスを動かしてただ待っている。時間が開けば開くほど答えづらいと思い、取り合えず思うままにシンタローさんの視線に頷いた。あっそ、と素っ気ない返事が俺へ送られ、何か気分を害しただろうかと考えそうになる。

「セト」

ノートパソコンをぱくんっと閉じたシンタローさんが立ち上がって元からそんなに開いていなかった俺との距離をへ一、二歩で詰めた。ソファに座る俺の前に立つシンタローさんは相変わらず何を考えているか分からない。徐に肩に手を置かれ、心臓が跳ねる。テレビの音があるはずなのに痛いほど静かな空間。知らず知らずに手は拳を作って、シンタローさんから視線を外せなくなる。徐々にゆっくりと顔が近付いてきて、思わず息を飲み込んだ。黒い目しか見えなくなった。心臓がばくばくと体内で騒音のように煩く、顔がじわじわと熱くなっていく。
もう少しの距離で、不意にシンタローさんがぴたりと止まった。黒い目が細まって俺の目を視線で軽く撫でる。くつくつと笑う声がシンタローさんの口から溢れているのが分かって、途端に全身の力が一気に抜けた。からかわれた、と言うことだろう。何か急にやる瀬無い気持ちになって離れたシンタローさんの視線から逃げるように顔を覆った。

「からかったんすか......」
「そんな無駄なことしない」

それなら何だと言うのだろう。今も喉の奥で笑い続けるシンタローさんに恨みにも似た思いで睨めばひらんと目の前で手を振られた。好意を逆手に取られてからかった訳じゃない、とシンタローさんは言うがどうにもこの笑い様じゃ信用できない。

「お前があまりにもオレに好意を言ってくるから」

俺の隣に座るシンタローさんが嫌な笑顔をして俺を見る。

「可哀想で答えてやろうかと思ったけど、同情で答えてやる方が可哀想だよな」

つまり、これで答えてくれたと言う意味だろう。もう言うなと釘を刺される。同情でしか俺を見れないという威嚇と警告。
シンタローさんが俺の胸にひたりと手を当ててきた。ぎくりと体が震え、しまったと思う。未だに顔から熱が引いていない。

「ドキドキしてんの?趣味わっる」

ふはっと可笑しそうに笑うシンタローさんに後少しで顔をしかめそうになった。ぎりぎりで耐えてどうにか平常心を保つ。この人は自己保身がずいぶん上手い。人を傷付けるという嫌悪すら抱いているんだろう行為をしてまで俺を遠ざけて一人になろうという魂胆が見える。
ぐっと色んな物を抑えてにこりと笑う。シンタローさんの笑みが一瞬薄らいだ。

「シンタローさんは性格悪いっすね」
「嫌いになったか?」

間髪入れずに言葉を投げてくるシンタローさんにいいえと首を振った。明らかに笑みは無くなっていく。嫌いになれって言ってくる言葉に俺が頷くはずもないことは知っているはずだろうに、それとも俺の好意は全く伝わっていなかったのかもしれない。テレビの音が戻ってくる、ノートパソコンの微かな音も。ようやく痛い沈黙ががりがりと剥がれてくる。俺の胸に置かれた手を取ってぎゅっと握ればびくりと肩まで震えて俺を睨んできた。

「そういう所も好きっすよ」
「趣味悪いな」

離させようとぐっと引っ張ってくるがそれでも離さず、シンタローさんに顔を近付ける。顔をしかめて俺から顔を背けるシンタローさんの首に、シンタローさんとは違いあっさりとキスする。悔しそうに歯を食い縛るシンタローさんの頬を撫でて横顔に何度も唇で触れた。やめろと不機嫌そうな声にホッとする。

「好きっすよ」

耳元で言えばばちんと叩くような勢いで口に手を当てられる。その手の下で俺が笑ったのが分かったのかシンタローさんは困ったような悔しがっているような顔で唇を噛んだ。
以外にも可愛そうなのはこの人かもしれない。
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