83 | ナノ
如月兄妹とメカクシ団

じっと机に伏せ、爛々と大きな目を輝かせるその様子は、待てをしている犬のようだと思う。じょりじゃりと削る音に合わせて手がひりひりと痛くて堪らなくなり、次第に汗で取っ手が滑って無駄に痛い思いをする。てんてんと横に綺麗に並べられた色の着いた甘いシロップとまだ出番を待っているガラスの皿。なんでこうなったんだっけなあと思いながらひたすら回せば、犬みたいにじっとしていた奴が急にそわそわし出す。オレを見て皿を見てと忙しない視線。ぱっと下に目を向ければこんもりと雪の山が出来ていた。恐らくもう良いと言いたいんだろうが、さっきあまりにも煩いから静かにしてろと言ったばかりだった。しかし律儀にそれを守ってどうする。相変わらず素直なのか頭が弱いのか、良いとも悪いとも取れる行動をする妹だ。プラスチックの安っぽい洞窟の中から積もった器を取り出して目の前に置いてやる。ぱあっと素直に嬉しがる顔に文句でも言おうかという気は瞬く間に萎えていった。仕方無いとまた空の器を入れて取っ手を回し始める。どのシロップにしようか迷っているのか、細長い容器の蓋の上で小さな手がふよふよと揺れている。どれを取るでもなく唐突に指をたんたんとリズムを付けて指し始めた妹から小さく懐かしの選び歌が聞こえた。歌が終わればその手はオレンジの液体が入った容器を選び取る。それをどんっと酒瓶でも置くかのように真横に置いた妹の将来への一抹の不安が沸き上がった。
がしゃがしゃ削る。こんもり盛り上がる。白い山。
ふと妹の方を見ればじっとこっちの白い山を見詰めてくるだけでシロップをかけて食べようとしない。スプーンも持って準備万端なくせに。

「食べないのか?」

聞いてみるとぱっと顔が起き上がる。オレの言葉をじっくり噛んで解して理解したようで、暫くしてからこくこくと何度も頷いてきた。それにそっかと返してまた回し出す。貰い物の新品かき氷器。新品のつるつるした表面と
氷が若干溶けて水がついたせいで滑る。

「お兄ちゃんまだ?」
「まだ」

尋ねてくる妹にそっけなく返事をすればぺたりと机に顔を伏せられた。もしかして、思い出すのはかき氷を作ろうと満面笑顔、嬉々として部屋に入ってきた時の妹の言葉。
一緒に食べよう。
ぺかぺかのかき氷器を持って器まで用意して、お兄ちゃん回してとオレの前に滑らせてきた。じーっと見てくる視線がちらちらと時々かき氷器から反れてオレを見ているのに気付く。食べない訳が分かると途端に妹ってものが可愛く見えてくる。いつもはちょろちょろウザいが、こういう時居て良かったと本当に思う。ぐしゃぐしゃっと妹の髪を撫でればきゃーっと女の子らしい黄色い悲鳴が上がった。

「食べたら髪してね!お兄ちゃんのせいだからね!」
「はいはい、出来たから食べるぞ」

ぐしゃぐしゃになった頭を押さえて文句を言うように妹が声を上げるが、にししと笑う顔はそのままだ。それにぽんぽんと今度は軽く頭を叩いて出来上がったかき氷を出した。それを見ればそわそわとシロップを差し出してくる妹が今にも椅子の上で立ち上がりそうで急いで一本取った。無難に赤のシロップ。

「あとでもう一回作って、お兄ちゃん」
「......父さんは何味だっけ」
「うーん、全部かけちゃおっか」

それはそれは、すごい色になりそうだな。止めた方が良いのかもしれないが、父さんなら喜んで食べて美味しいと言うんだろう。そしてその後オレにだけそっとやるなら止めといた方が良いぞと神妙な顔で忠告するんだろう。良い格好したがるくせにオレには妙に失敗談を聞かせてくれて、だから大丈夫だろう。
そうだなと頷けばモモはにっこりと笑って掬った一口を口に放り込んだ。途端にくしゃっと歪んだ顔にオレは思わず笑う。

「お兄ちゃん、団長さんがかき氷作るって!」

さっきまで台所でマリーとキド三人で話していたのはそれか。見れば買ってきたばかりなのか新しいシロップを机に並べているマリーと氷を出しているキドが見えた。モモは楽しげににこにことしてソファに寝っ転がっているオレを床に座って見ている。この断らないと思っている顔は相変わらずだ。のそのそ起き上がればモモは早く早くとオレの腕を引く。

「作るから寝てても良いぞ」
「モモに起こされたんだよ」
「ねえ、シロップどれにする?」

分かりやすくわくわくしているモモとマリー。結局一回使ったきりで押し入れの奥に仕舞われ、いつの間にか捨てられたかき氷器を思い出す。祭りもあまり行かなくなって、結構久しぶりだ。このままの勢いで居たらシロップ全種かけて食べそうだな。甘ったるくて食べれた物じゃないと思うが、驚異の味センスのモモにはちょうど良いのかもしれない。

「全部かけちゃおう!」
「思いっきりが良いですね、妹さん!」

ああやっぱりな。呆れた顔をするキドと褒めるエネ、選べなくて迷っているマリーがその考えに惹かれ出している。止めとけという意味で二本だけ前に出してやればマリーはあっさりとその二本の中から一本選び取った。

「お兄ちゃんも全部かける?」
「かけねーよ、甘くて食えない」

にこにこととんでもないことを勧めてくるモモの頭をぐしゃぐしゃになるよう撫でる。小さい頃のようにはいかず、モモはぎゃーっと女らしくない悲鳴を上げてオレの脇腹を殴ってきた。ぐふっとその場に踞ればモモは頭を押さえてオレを睨んできた。

「何すんのよ!」
「お前が、げほっ、何してんだよ......っ」
「あれ、そんなに強かった?」

これはアザになっていると確信しながら今だ痛む脇腹を押さえて踞っていればモモは思った以上のダメージの受けようにそわそわとオレの様子を伺っていた。あははと苦く笑うモモにそんな顔するならと怒りたい気分になるが言ったところで何だと言うのだろう。きっと全く聞かない。

「あ、お兄ちゃん髪して」
「自分でやれよ......」
「良いじゃん、久しぶりにやってよ」

むすっとした顔で座り込んでオレと同じ目線になるモモに面倒ではいはいと言えばにこっとした顔が広がる。約束ね!と言うモモにやっぱ面倒だなと感じながらもう一回頷いてやった。

「ただいまっす!」
「ただいま〜。あ、かき氷?」

ちょうど良く帰ってきたカノとセトがばたばたとテーブルに近付いてくる。賑やか。

「二人で食べるより、良いね」
「そうだな、誰かがオレンジになった舌を見て泣き出すことも無いだろうしな」
「うっるさい!」

踵でオレの足を思いっきり踏んできたモモにやっぱり昔の方が可愛かったと思いながらその踵を避けた。がんっという音と一緒にモモが声になら無い声で痛みを訴える。ふるふると震えるモモの体。
今度は避けた罰に何をされるか分からないため、宥めるようにモモの頭をぽんぽんと叩いておいた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -