78 | ナノ
カノマリとセトとキド

汗が落ちる。
ソファで蹲るように、小さくなって寝ているマリーの背中を撫でた。もぞ、と微かに動いて、髪の間から細められた赤い目が覗く。眉はしかめられて今にも痛みで声を上げそうな口はぴったり一の字に結ばれている。持ち上げた毛布はマリーも知らぬ間に落ちたのだろうか、くしゃりと床で布の波を打っていた。テーブルには錠剤の薬と粉末の薬と数個置かれ、グラスには空っぽになっている水と、カップには温くなっているお湯。
寝ようにも寝れないのか、またもぞもぞ動いたマリーに毛布をかければ、マリーはそれにお礼を言ったようだったけどか細くて聞こえなかった。具合が悪そうと一目で分かる、そんな様子。しかし僕はセトじゃない。マリーのことを一番よく分かっているセトなら、もっと上手いことマリーの痛みをマシにすることも出来るんだろう。じりっと嫉妬が肺を炙るが、それには鳩尾を撫でてやり過ごした。
マリーの背中を取り合えず気休めに撫でる。

「あたま......いた......」

マリーの小さな小さな声が不調の原因を訴える。痛みには滅法弱い子だけど、今回は特に酷いらしい。偏頭痛持ち。どうにか鎮痛剤を飲んでやり過ごすことで毎回耐えているようだが、それでも痛いには痛いだろう。踞って頭を抱えて耐えて、見れば見るほど可愛そうだ。何も出来ないことには不甲斐なさを感じるしかない。
半分空いているスペースにそっと座った。マリーがひくりと小さく警戒するように反応したが、さすがにいつものように苛める気は無い。寂しいからここで寝ているんだろうし、人の気配が近くにあれば、多少マリーの気分も良い方へ向くかもしれない。そう思いながらそこに落ち着けば、マリーは何故かもぞもぞと僕に向かって遅々と進み、のそおっと重たく感じるんだろう体起こした。膝でじりじりと近寄ってくるマリーに小さく恐怖する。髪がいつもより乱れ、顔は俯いていて見えないから、少しホラー映画っぽい。
マリーはそのまま僕の近くまで来て、倒れた。こてんと転けたようにも見える動作に、マリーが小さく呻く。頭に響いたのかもしれない。
膝枕くらいなら、マリーがわざわざ来なくても。言うのが恥ずかしかったのかもしれないが、それで痛みが増すよりずっと良いと思う。しかしもしかしたら、断られると、思われたのかも。それはそれでかなり傷付くマリーの中の僕への印象。思わず僕の方が頭痛で苦しみそうだ。
誤魔化すように膝の上に乗るマリーの頭を撫でると、少しだけマリーの力が抜けた。ほっと安心されたように思えて、僕も安心する。

「明日にはセト帰ってくるから、それまで僕で我慢してやってよ」

そう冗談混じりに言えば、マリーにまた力が入った気がした。あれ、とマリーを見れば、寝たままのマリーはぎろりと、明らかに痛さで細まった目じゃなくて僕を睨むために目尻をつりあげた目で睨んできている。僕は何か間違ったらしい。ご機嫌ななめとなったマリーを前に僕は内心慌てながら、表面上は笑顔で首をかしげた。それさえもマリーを逆撫でしたようで、髪が若干うにょりと動いた気がするのは気のせいにしたい。
取り合えず宥めるようにマリーの頭を撫でて続けていれば、マリーの目は次第に力を無くしていき、呆れたようにため息を一つ、ふうとつかれた。何がどういうことなの。
諦めたように目を閉じて体勢を変え、毛布を上に上げてマリーは寝入ろうとする。
マリーを揺すって起こして聞き出したいがそういう訳にもいかない。意味ありげに睨まれ知らぬ間に呆れられては気になって仕方無い。このまま気にし続けてマリーが治ったら聞こうかと考えはじめて、ふと上着が下に引っ張られた。マリーが少しだけ目を開けて僕を見上げている。

「カノだけ......」
「え、なにが?」
「にぶい」

最後に厳しい言葉を残してマリーは子供っぽくべーっと舌を出して目を閉じてしまった。暫くすると寝息がすうすうと聞こえ始める。眉間にはしわが作られたままで、寝ていても痛いのかと額を撫でた。
なにが、僕だけ?
マリーを撫でながら胸中で問い掛ける。マリーに言わせると僕は鈍いらしいから、言ってくれないと困る。なにが。

「覗きは趣味悪いよ」
「ずっと気付いてたんなら覗きにはならないと思うが?」
「能力使ってながら、よく言うよ」

静かな空気の中に声をかければ、途端にキドの気配が濃くなった。気付けはしてもふとした瞬間見失うんだから結局覗きと変わらないと僕は思うんだけどね。
いつの間にかテーブルに置いてあった薬とグラスは片付けられ、冷めかけのお湯は湯気の立つ紅茶を入れた三つのカップになっている。マリーは寝ているけどと言おうとしてふともう一つの気配に気付いた。
我が幼馴染みたちは似すぎていると思う。

「おかえり、明日じゃなかったの?」
「ただいま、途中で顔見知りに乗せてもらったんすよ」

それはまあ良かったですねえ。
にっこりと屈託なく笑う顔はマリーに近付いて寝ているのを確認してくる。手を伸ばそうもんなら叩き落とそうかと思っていたのに珍しくセトはマリーに触ることなく離れた。向かいのソファに座って紅茶を飲んだりテレビをつけたりするセトとキド。

「で、鈍いのか?まさかこいつ本当に鈍いのか?まさかだろ」
「よくもまあ何が、なんて言えるっすよね」
「本人目の前にして随分遠慮が無いね」
「いやだってお前が、」
「気持ち悪いから」
「何なの急に、仲良しアピール?」

二人で一文を完成させるなんて仲良しっぷりに妬ましさなんて芽生えることはなく羨ましさなんて微塵切りにされてゴミ箱に捨てられてしまったように湧くのは苛立ちの一言。何なのこの二人。
キドとセトは二人して笑いあっている。その視線は僕にというよりマリーに向けられていた。うちの姫は皆さん随分過保護に大切にしますねー。そんな嫌味をぽいぽい言いたくなる。

「あんまり苛めてやるなよ」
「なにそれ」

今日の僕はこれ以上無い親切さと優しさじゃないか。なんて。
キドはいつもより優しい顔で笑ってマリーを見る。セトはキドの言葉に全くだと言わんばかりに頷く。まるで、僕が、。居心地が悪くなって顔を反らした。
苛めている気は、全く無い。

「遠回しな言い方は、狡いでしょ」
「拗ねてる」
「拗ねてないから」
「拗ねてるっすね」
「拗ねてないよふざけんなカエル」

幼馴染み二人の微かな笑い声。拗ねてる拗ねてると囃し立てる声に目を閉じて歯を強く噛む。顔が熱くて堪らない。

「汲んで欲しいのが女心だ」
「......ずるい」
「どの口が言ってるんすか」
「今喋ってる口だけど何か?」
「段々言い返しが小学生染みてきているぞ?」

キドの言葉に自覚はあったから、つい口を閉じた。何も言わなくなった僕にセトのため息が刺さる。この居心地の悪さは一体どういうことなんだろう。
マリーがもぞもぞと寝返りを打つ。その顔にはもう痛みを訴える表情は無かった。それに安堵しながら顔にかかった髪を落とす。

「言ってよ」

二人に気付かれない程度に呟いた言葉は、僕の子供っぽさをじわりと実感させる。何だか僕の方が頭が痛くなって、結局淹れてもらった紅茶に手をつけずに目を閉じた。ため息が二つ聞こえた気がするが気のせいだ。
マリーがまた寝返りを打った。
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