75 | ナノ
少年兵とアザミ

ボクのつみをお教えします。

あるところに少年は居りました。
少年は目立つ白い髪を持っておりました。日に光れば輝き、月に当たれば銀色でした。
少年には重い罪がございます。
望んで負ったものではなく、考え無しの衝動的な物でもありません。しかしそれは少年を押し潰さんとするほど重い罪でした。

少年は人を殺しております。大事な人です。二人です。

少年は両親を殺しております。

綺麗で美しく、いつも背筋を伸ばしていた母。悪いことは悪いと怒り、良いことは良いと褒めてくださった母親です。
のんびりとしながらも少年を抱き抱え、ゆるりと諭してくれた優しく賢かった父。拗ねた少年を何度も諭して夢を聞いてくれました。

少年は二人を殺しております。
優しい両親でした。優しい、優しい。優しすぎたほどに。
その頃戦争が起きておりました。激しい国同士の鉛と血の戦争です。何年にも渡る国の争い。
父は優しく、母はそんな父を愛して同意しておりました。
平和な平和な日々でした。誰かの誕生日があったとか、何々の記念日だとか、そんなことは一個も無かった平常な平和な日でした。
お昼頃、少年は両親とお昼御飯を食べ、穏やかに穏やかに過ごしておりました。しかしそんな中にまるで殴ったようなドアを叩く音がしました。両親が怖い顔でドアを見詰め、急いで少年を奥の部屋の棚の中へと押し込みました。
何でと何度も問う少年に、両親は静かにしていなさいと強く言い、そしてドアを閉めました。ばたんと。
暫く殴る音は響き、しかし不意にそれはぴたりと止まりました。嫌な静けさがきんっと耳なりも付けて落ちてきました。重いと少年が膝を折るほど。
がしゃんと何かを砕いた音に続いてばたばたと慌ただしい足音がいっぱい広がりました。何かを倒す音、割る音、ドアを開く音、叫ぶ怒声。
バクバクと落ち着かない心臓を持って、少年は不安で震えそうになる体を抱き締めて小さくなっておりました。早く両親がもう良いと笑顔でドアを開いてくれるのを待ちながら。
しかしそれは叶いませんでした。
何人かの足音が近くを響き、ついには少年が隠れていたドアを開いたのです。全員男でした。男たちは少年を見付けて怖い顔を更にしかめました。一人が少年の髪を掴み、少年を引きずり出しました。痛いと訴える声に男たちは答えず、居間へと少年を引きずりました。
ばたんと開けられたドア。そこから見えた変わり果てた部屋に少年は声を無くしました。
棚は倒れて食器は全て砕かれ窓はひゅうしゅうと風をいっぱい入れておりました。
少年は頭を押さえられ床に倒されました。両親も同じように押さえつけられていました。少年を見て母がハッと暴れだしました。頭に突きつけられた長い筒も睨み、母は大きく怒鳴ります。

「子供は関係ない」

と。
大きな声に何人かが後退りました。少年はそんな母を見たことがなくてぽかんと口を開きます。父は叫ばないでも母と同じように男たちを睨んでおりました。
そんな男たちの中から一番老いた初老の男が両親を見下ろしました。

「では、こうしよう」

初老の男は少年を押さえていた男を退かして少年の腕を引っ張り立たせた。そして黒い鉄臭い物を少年の手に置いた。
少年は意味が分からずにおろおろと両親と初老の男を見たが、両親は理解したのかさっきまでの勢いを無くして黙った。そして母は泣き出しました。
初老の男は少年の手を取り、黒を正しく持たせました。

「撃ちなさい」

両親を指差して言った言葉は。
少年はやはり意味が分からず、それでもそれは恐ろしいことだと本能で理解しました。少年は必死で首を振ります。しかし初老の男はもう一度言いました。撃てと。
周りに居た男たちはにやにやと笑いながら少年に声をかけました。

「撃てば良い」
「指を引っ掻けて押せば良い」
「引けば良い」
「ぱんっと一発」
「それが良い」

「生きたいだろう?」

少年は喉が渇き、乾いた汗がだらだらと肌を落ちました。ぐるぐるとなんの意味もない脳は回り、少年にかけられる声一つ一つを大きく何度も何度も再生しました。
そして壊れそうな思考の中、冷たく優しく、しっかりとした声が言いました。

「撃ちなさい」

両親は声を揃えて言いました。少年が撃ちやすいように立って、黒の前に歩んできました。
汗を流して少年は首を振りました。

「撃ちなさい、生きなさい、どうか」

母は言葉を切り、濁った目で、笑いました。優しく。涙をぼろぼろと溢しながら。父は母の肩を抱いて、首を振る少年の頭を一度撫で、滑り落ちそうになっていた黒をしっかりと少年に握らせて、抱き締めて。

「撃ちなさい」

ばんっと音がし、少年は黒をごとんと落としました。
びりびしと手は震え、がくかくと膝は笑い、少年は赤い水溜まりにいる両親を見て理解しました。罪をおかしたと。

両親が嫌いだったかと言われれば少年は愛していたと叫んで言えるほどに愛し愛され大切にされておりました。
しかし少年は罪を負いました。望んで負ったものではなく、考え無しの衝動的な物でもありません。
しかし少年には罪がありました。

世界は残酷です。世界は残酷に言います。

「君には罪がある」

それだけは紛れもない事実でございます。


ボクのくろ

少年の世界は鉛と真っ赤と真っ黒の吸えば重くなる煙で構成されました。少年は少年兵となり、彼の名前は廃れ、埃だらけとなりました。誰も少年兵の名前を呼ぶこともなく、与えられるのは固いパンと銃声の弾き出す鈍い金色。
仲良くなった者は居なかったのか。いいえいいえ、同じ境遇の子は沢山、それこそ比喩ではなく腐るほど居ました。
しかし翌日には冬でも寄越すように冷たくなる体に、誰もが諦めさえ抱いておりました。
聞いた口から上は無くなっている友人が居りました。
楯突いて殴り蹴られの全てを受けた友人が居りました。
囮を命じられ体を穴だらけにした友人が居りました。
地面の火を踏んで破片に貫かれた友人が居りました。
絶望に置き去りにされて残った一発で脳を貫通させた友人が。居りました。
もう居りません。
拷問の叫び声、銃声、鬱憤晴らしの暴行、火薬の弾ける音。気が狂いそうな赤と黒の聴覚情報に晒され、助けを求めるように伸ばした手は誰にも掴まれず、掴まれたとしても後には離される。
残酷と言えば残酷ではある、けれど一番人間の性質臭い場所。
そこに少年兵は一人で居りました。
白い髪は煤に汚し、体に傷は絶えず、人より劣れば理不尽な暴行の餌食となる前に死にもの狂いで中の立場を掴み、慣れた凶器を持ち鈍い弾を込め、肌に染み付く鉄の水を浴びる。ナイフも使って。死にたくないの気持ちで一発をわざわざ残して。

「ああ汚いな」

少年兵は空を見上げて言いました。青い天井に向かって吐いた言葉は少年兵もすぐに忘れる物でした。どんな意味があったのかすら、呟いた後に少年兵は覚えておりません。
はて、それは誰に向けたのでしょう。
生きている自分か、生きているか死んでいるかも判断つかない周りか、敵か。それとも、世界の天井の空か。

少年兵は流されるように生きて、流されるように人を殺し、そして。
ある日少年兵に一通の手紙が渡されました。豪華な封筒でした。触ったこともないような手触りの、見ただけで分かるほどの上等な紙で出来ておりました。ですが、中には何も入っていませんでした。それはつまり。周りが少し青ざめながら少年兵から目を反らしました。
汗がばたたと空の封筒に落ちました。

「嗚呼、」

誰が呟いたんでしょうか。少年兵でしょうか。周りかもしれません。少年兵に封筒を渡した男かもしれません。しかしどうでも良かったのです。少なくとも少年兵にとっては意味など欠片もなかったのです。
敵が近づけば移動するテント基地。しかし移動中に戦闘に入るわけにはいきません。置いていくのです、何人かをそこに。
その中に、何千分の一に、少年兵は入ったのです。空っぽの封筒はつまりそういう事でした。何も要らないだろうと封筒はぱくんと口を動かした気がしました。

置いていかれたのは少年兵と同じくらいの年だったり、役に立たないと思われたのか片足や片腕が無い怪我人だったり。少年兵は微妙な立場に居たことを自覚しておりました。役に立つかと言われれば役に立たない訳じゃない、しかし弾除けに出来るかと言われれば勿体無い。まさかそんな割かし安全圏の立場がこうやって侵されるとは思っていなかったのが、少年兵の誤算であり不幸でした。
少年兵は置いていかれた人から離れ、争う前に先に取っておいた弾や食料を見詰めました。最低限の量を、しかし確実に。
それから暫く少量の食事が続きました。カーテンを上から徐々に引くような夜を片手の指ほど越え、そして。
弾を争う声と、残った食料を自棄で食い出す者、それを止めようとする者。
少年兵は残った食料を噛み砕いて飲み込み、ゆらりと立ちました。出来るだけ、出来るだけ、遠くへ。
靴を鳴らして走る少年兵に気付く者は、誰一人として居ませんでした。

弾の切れた長い銃で男の顎を思いきり突き上げ、少年兵は走り出します。気を失う寸前に撃った男の弾は浅く腕の肉を抉りどこかへ飛んでいきました。
生き残れば少しは役に立つと見なされます。圧倒的不利な状況から出てくればそう認めざるを得ません。少年兵はそれを知っておりました。だからひたすらにひたすらに、足を動かし敵を蹴り上げ、銃で殴って脂と赤で刺さりにくくなったナイフを叩き込みました。
逃げれば良いと誰かが言ったことがあります。それはもう風化しかかっている記憶でした。その友人はもうあの何千には居りません。脱走すれば罰を受けます。役に立つか立たないかで決まるその重さ。その友人の不幸は、大きく役に立ったことでしょう。
思い出せば思い出すほどおぞましい吐き気は少年兵の汗を増やします。
役に、立ってはいけない。小さく、中立に。一種の強迫観念でした。それを目の前で行われた少年兵には、脱走も、大きく役に立つことも。人を殺すより何より。
その友人はもう居りません。敵兵に情報を売り、その後自ら冷たく動かなくなりました。
なぜそんな所に居るのか。そこが一番安全だったから。それでも危険なのに、なぜ生きるのか。母の望みであるから。少年兵にとってそれが生きる目的であり、義務であり。少年兵は両親に、呪われておりました。
少年兵は目の前の最後の男の首へナイフを突き出し、しかし手首はがしりと掴まれました。にやりと笑う男に少年兵は目を見開き、そして無防備に油断した男の足へと腕からぶら下げていた銃を向けました。弾切れ。がきんと何も出ない銃口に、男は少年兵を馬鹿にしたように笑いました。

しかし銃身は少年兵の足で蹴り上げられ男の首へと向けられ、男は少年兵の動きについていけずに目を見開きました。少年兵はその向いた銃口を男の喉へと一気に押し込みます。ぐえっと蛙が潰れたような声に、するっと緩んだ手の力。渾身の力でそこから腕を引き抜き、少年兵は男の頸動脈へ滑り落ちそうなほど濡れたナイフを突き立てました。
男の口から声が出た気がします。叫んだのかもしれません。
少年兵は男が倒れる前に男の口に自決用だった手榴弾をピンを抜いて突っ込み、走りました。ごとん、と口から落ちた音が、思っていたより大きく響き。

少年兵は倒れていた体を起き上がらせました。
もう近くには誰も居りません。ですが爆発の音に誰かやって来るはずです。しかし少年兵は、動けませんでした。もう走ろうとも思えません。
ナイフも手榴弾ももう無いのです。長い邪魔な銃は弾は無い。少年兵には武器がもうありませんでした。
諦めていたのかもしれません。もう無理だと。ここから仲間の所までかなりあります。そこまで誰にも気付かれず仲間の仕掛けた土の中の火薬を踏まずに行けるかと言われれば、答えは疲れきった少年兵でもはっきり分かっておりました。
しかし。

「お前は、何をしている」

少女。と言えるでしょう。黒い髪、黒い服。そんな中に赤い瞳。少年兵を覗き込む少女。
少年兵は幻かと思いました。こんな荒れた地にこんな少女が居るわけがないと。しかし少女はまた問いました。まるで答えない少年兵に苛立ったようでした。

「何をしている。答えろ小僧」

まるで自分の方が遥かに年上だと言うような、そんな口調でした。
少年兵は驚きながらも、つい口を開きました。

「人を、殺している」

そして答えた途端、少年兵はこの答えに恥ずかしくなりました。涙すら出そうなほど。
黒い少女は少年兵の答えを聞いて目を見開きました。そんな少女の反応に少年兵はもう舌でも噛み切ろうかと決意しかけたのです。

「なんて無駄な」

しかし、少女の声は、言葉は、呆れと困惑をたっぷり含んでいました。全身で馬鹿らしいと罵ってくる少女に、少年兵は目の前がちかちかしました。衝撃。まさしくその通りでした。
少女はそんな少年兵に気づかず続けます。

「人間なんて直ぐに死ぬ。何十と生きて年を食えば勝手に死んだぞ。なのに今こんなに殺して徒労とは思わないのか。いつか必ず死ぬのに、なぜだ」

「なぜ、そんなことをする必要があるんだ」

少年兵は何も言えませんでした。
ただただ、黒く美しい少女の真っ直ぐな言葉の破片を受け入れて、グッと堪えていました。
少年兵は重い銃を捨てました。

「なぜ、泣く」

少女は意味が分からないと驚いた顔で、声で、言いました。少年兵はそんな少女がなんだか可愛らしく感じ、笑いながら答えました。

「勝手に出るんだ」

少女ははたはたと涙を落とす少年兵を不思議そうに見て、言い返しました。

「やっぱり人間は変だ」


ボクのつみをお教えします。
両親を殺しました。他にもいっぱい殺しました。
戦争だったから仕方なかったと言った人も居ます。
ですがボクはそれがつみであることを知っています。
ボクの手は真っ赤で真っ黒です。今でも両親に引き金を引いた夢を見ます。ナイフを突き立てました。腕が痛くなるほど爆弾を運びました。
ボクが関わったのは何万の死体の何分の一か。そんなことは関係ないのです。関係ないのです。
ボクは確かにこの手で殺めました。
だから言いたいのです。だからこそ言いたいのです。
君の手を握り、笑い。冷たい手に温度を分けて。

「このまま生涯を暮らそう」

滑稽でしょう。ええボクも思います。
しかしボクは、ボクを救ってくれた君を、愛していたいのです。老いていくボクは君を置いていくのでしょう。不老不死と寿命のある人間。
それでもボクは......ーー。

「幸せになろうよ、アザミ」

ねえ、薊。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -