74 | ナノ
セトシン

体の中に砂がある。眠くなると突然現れ、次第に血液を吸って赤い泥になる。睡魔って言うものは血管に詰まる泥のような物だ。泥は重くてくたりと起き上がれない。そしてその泥は瞼にも回り、目を落とす。意識は元から重たい泥を持っていて、その重さを意識させるのが睡眠欲だと思う。
つまり人間って言うものが睡眠中に無防備なのは、結局は形を崩さない固い皮を使った泥袋のような存在だからだろう。

「、ぅ」

喉が意図せず震えた。
今日、夜から朝にかけて理科の実験のような太陽の観測をするわけでもないのに眩しくうっすらとした朝焼けを窓からぼんやりと眺めたオレは、何か特別なことをしたわけでもないのに徹夜と言う脳の休息を欠いただけで十分な程草臥れた体にイヤフォンの小さな口から響く青い叱咤と言う鞭を渋々聞き受けながら灰色のアジトの一室に転がり込んでいた。それほどにげっそりと血の気を取った青白くも気分を最底辺まで叩き落とした顔をしていたのか、それともただでさえ目付きが悪い目を深い隈でラッピングした目をしていたのか、キドが若干引き気味にオレにアジトの一室を休息にと与えてくれたのは有り難かった。今日は一日中そこの持ち主が不在の日らしく、帰ってくるのも大分遅い時間帯であろうと言うのはそのキドの気遣いで何と無く察した。
だからオレはこうやって回復が心行くように赤い泥を血管に巡らせてただでさえ回転の効率ががたがたになった脳を休ませる為にせっせと長時間睡眠という起きるタイミングを間違えれば自律神経が壊れて激しい頭痛の原因となるような労働とも言えぬ怠惰にどろどろ浸かっていたというのに。
オレはよく横向きで寝ていることが多く、更に寝相を言うなら死体のように動かなかったと言われるほどの寝相の良さでそして一度寝ると滅多には起きないと言う強盗でも入ってきたら即世界からご退場願っても可笑しくないような無防備さを演出している。ただし慣れていない場で寝ると居心地が悪いのかごろごろ寝相が悪くなるのが欠点ではあるが。しかしそれは良いとしてもこの状況は全く持って理解しがたいと言うか何やってんだコイツと言うざるを得ないと言うか、何ヤッてんだコイツ。
意識の浮上と共に、背中に別の体温がぴたりと張り付いているのが呼吸と緩やかで微かな心拍でいっそう分かった。目が張り付いて剥がせず、どうやっても視界を開けられないオレはその体温に若干の安心感を覚えながらまた浮上してしまった意識を落とすつもりでまた寝直そうとしていた。過去形。ふと気付いた時にはオレの服の中にはそいつの手がごそごそと潜り込んでまさぐって、オレの肌を撫でている状態。何ヤッてんのコイツ。
焦りと共に沸く起きる面倒臭さと徒労の予感。吸い付かれて噛まれて舐める、それを繰り返されるうなじと両手を駆使して肌を這う手。本格的に始まっている行為。今オレが起きたとしても、この部屋の持ち主であるセトは抵抗するオレを押さえ付けることが出来る。悲しきかな、ただでさえ精神的に若くないと言うのにヒキニート的意味で恐らく普通の同じ歳の男どころか女でさえ劣るオレの体力を徹夜でがっつり削ってしまっているのだ、正直に言おう、セトに抵抗とか面倒以前に快調の日であったとしても無理だろう。持ちたくもない自信によってオレの脳内会議参加者が全員揃って力強く二回大きく頷くのが見える。

「っ......」

腹をなぞっていた手が胸へと移動する。無い胸を弄った所でどこが楽しいのかさっぱり理解が出来ない上にオレは巨乳で無くともそこそこ有って欲しい派で詰まりオレは男の胸になんの価値も見出だせないわけだが、しかしセトは違うようで、こいつの趣味の悪さはもはやオレの知る限りの数少ない人類を超越した不可解さだ。それに反応するオレは本当に気持ち悪くて死ねば良いと思う。びくっと震えた肩にセトが気付かないはずがないだろうとは思うが、それでも目を開ける気にはなれない。すり、と指の腹で擦られる感覚に歯を強く噛んでシーツに頭を擦り付けた。
さっきから血が出ても可笑しくないんじゃないかなんて思うほど噛み続けられているうなじからセトの歯が離れ、ぬるぬると温く柔くされた皮膚が口内と空気の温度差でひやりと冷えていく。その冷えの上からまた上塗りするように生温い舌が這っていく感覚がぞわぞわと不明瞭な震えを肌の表面に走って爪先に溜まった。思わずそれを外に逃がそうとシーツをぐしゃりと掴めば内側に折られて固まった指先に溜まった震えはじっくりと炙るように徐々に霧散した。
どうせ起きてるって分かってんだろうなとは思う。しかしそれでオレが素直に起きれるほど睡魔と言う赤く重たい泥は固まって剥がれて居らず、今だ血管をどろどろ煮詰まった固体と液体の中間としてゆっくりゆっくり巡っている。
はあっ...、と思わず詰まった息を吐けば、セトがうなじに唇を触れさせたまま笑んだ。分かりやすい笑い声を立てなかった静かな笑いに首全体が妙にひりひりする。それにまた息を吐けば、片手が腰を撫でながら下に下りた。いよいよもう抵抗云々より腹を括るしかない場面になってきたと実感し、濃い睡魔に今だ隙有らば身を委ねかけている自分を起こしにかかる。どうやっても眠れないと言うのに存外寝汚いのだと分かり、しかし徐々に高まる熱は丁度良くて、睡魔は勢いをつけて膨れたりセトの針によって萎んだりを忙しなく繰り返している。いっそ無視して寝てしまえるかもしれないと淡くぼうっと思いはするが実行する気は無い。

「ん......っ」

下着の中に入る手が迷わず性器に触るのがたまに本当に嫌になるのはこうやって心の準備って物をもう少しさせて欲しいからという都合によるのだが流石にそれを主張できたことはない。した所でセトが聞くとは思えないし逆にいつもの朗らかな笑顔で分かったとも嫌だとも言わずそれを耳に入れたことだけに対して頷かれて流されるのは分かっている。
突然のちりっとした痛みとも言えない感覚に少し体を折る。セトの手が荒れているのはいつもだ、それこそ荒れていない時を見たことが無い、水仕事もあるって言うのに荒れない方が可笑しい。それについてはオレは頑張ってるなーくらいにしか思えないし感心することはあっても尊敬してコイツを目指してなんて目標を建ててしまうことは無い。だがたまにこうやってコイツの手が酷く嫌いになる。
固い皮、デカイ掌、骨張った指、時折割れている手。それがこうやって触ってくる時、痛みにも換算出来るような、けど嫌だとは言えない感覚に陥る。理解しがたい、理解したくない。ひくっと喉が声を飲み込んで震える。

「はっ」

体を更に折って踞って力を込めて耐えていたい。がち、と歯を強く噛みすぎて音が鳴った。その音に耐えきれなくなったように笑いがくつくつと後ろの男から聞こえてきた。睡魔はもう飛んで、汗も出る熱さが体の内側に存在している。
擦られ続けたせいであっさり起ってる性器と動かされる度にぐちと原因を判明したくない音がすれば、もう無理だった。いい加減にしろと瞼に裂け目が入り、そこから我先にと入ってくる光の大群に瞬いた。何度か瞬きを繰り返して白い清潔なシーツが光でじわりと歪んでいるのが見える。壁の色は見慣れたままで、机やら本棚やらが視覚に情報として入り、ドアの方にはご丁寧ご親切にきっちり鍵が掛けられているのが記憶された。

「あ、っ!」

思わず心中で複雑な感情に苛まれていたのが悪かったらしく、油断したオレの声は思ったより大きく喉を通って部屋の空気を破いた。そんなオレの声にセトの手が一瞬止まり、また動き出す。しかしさっきとは違ってただ快感を得させようと言うより、今はどこか急ぐように早く動く。突然増す感覚に喉が引きつって筋肉がつってしまいそうに思える。やめろと言うには遅い上、ここまで反応しておいて何を言っているという気分になるのはオレだ。
ぐ、と先端を擦られたりぐちぐちと全体に触れるような動きに息が荒くなっていく。コイツのツボは今一わかんねえ。しごく手と反対の手が下腹を撫でたりたまに押すのが確実にオレを射精を促していく。

「ひっ、っ......!」

もう無理だと目を閉じた瞬間、暗くなったはずの視界が一気に開いて光が急激に網膜と水晶体を焼いた。次いでじわっと緩んで崩れた視覚。はっはっと荒く短い息が喉を打つ。
イッてない。

「おま、ひっ、...も、っ、ふざけんな......っ」
「あ、やっぱ起きてたんすね、シンタローさん」

つい悪態をつけばいつも通りの声が全く求めていない言葉を返してきて思わずシーツから離した手で今も服の中に突っ込まれたままの腕を爪でつねった。痛いっすと欠片も痛くなさそうな声と宥めるようにうなじに唇を寄せるセトに整わない息の中で限り無く沸く悪態をつきたくなった。うなじに触れるそれさえざわざわして体が震える。
無理矢理塞き止められた白濁が残る下半身からもう泣きたくなる。まるで思い出したように急な寸止めに痛さする感じた。

「や、イッてもらうと困るんすよ」
「オ、レは、こまらな、......」
「だってシンタローさん眠くなっちゃうでしょ」

ぜは、と漸く深くなった息を吐いていれば突然ぐいっと肩を引かれて仰向けにされる。足の間に入ってきたセトに予想はしていたけれどとげんなりしたのは仕方ないと思って欲しい。オレの上でにかっと爽やかに笑う顔が憎たらしくて憎たらしくて涙も出ない。
降ってきた唇同士の触れ合いは触れ合いだけで終わらず、そのまま薄い肉を開いて中を暴く。上からのキスって唾液飲み損ねて咳き込みそうになるよなとか思っていたが今回は難を逃れた。ごく、と無味を飲んでやればセトはよしよしと言うようにオレの額を撫でて頬に滑り、輪郭をなぞって服の上から胸を通って腹を軽く押す。それだけで快感にぶわわっと肌が粟立ってセトを睨み付ける。

「帰ってきたらベッドにシンタローさんって、据え膳なんたらってやつっすよね」
「しね」
「ま、相手してください、っと」

ベッドの片隅で倒れていたローションを手を伸ばして取るセトの鳩尾に僭越ながらも膝を入れさせてもらおうとしたらあっさりもう片方の手で受け止められてぐいっと胸板に膝が付きそうなくらい体重を掛けられた。重さで若干息苦しさを覚えて、悪態の意味も込めて小さく一回咳き込んでおく。

「寝てても良いっすよ」
「もう寝れねえよ、くそ」

ぱちんっと固い蓋がセトの親指で開けられた音に顔を思いっきりしかめれば、まあまあと意味もなく宥められた。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -