72 | ナノ
セトシン♀

草木も眠る丑三つ時とはよく言うが、ワタクシは眠ると言うことがどういうことだかとんと分からない。一度足元で寝ていた男を見たが、目を閉じて意識を腹の奥に落とし、煩い雑音を一人喚いていたくらいであって、それが寝ていると言うものならばワタクシは寝たことがない。所詮は人間が考えた言葉であるにしても釈然としない。第一最近ではそんな時間でさえ起きている者は多いではないか。
ぎらぎらと凶悪に光る人工の色のついた太陽を複数も持つ街に、ほとんどの家の光は消えていると言うのに煌々と硝子の火を灯す幾つかの部屋。そして何よりも、ワタクシの足元で人を腕の中に抱えて座る男だ。
奇特な。そう思わざるを得ない。
ワタクシはワタクシと似た者からはかなり離れ、丘の上に立っている。ずいぶん自由にさせてもらっているため、たまに一部を伐られることもない。そうしてワタクシはそこから周りを眺め、春になると思い付いたように花を咲かせるのだ。その頃になるとこうやって足元に座られるのも全く珍しくはないのだが、しかし今は冬だ。人間は肺から白をどうしてか吹き出させ弱い肌を更に隠す。太陽はせっかちに落ちていき、夜はゆるりと散歩でもするように長く留まる。そんな冬の夜、今日もゆっくりと黒を深くし、きしりきしりと温度を奪う時間の中で、男は二時間ほど前からずっとここで座っていた。息を白く、細く吐く男。年はそこまで多いとは思えない。苦く臭く灰の色をつけた息を吐かせるあの棒は早い年か。かなりの時間じっとしているが、眠る様子もなく安心する。曰く付きとなるのは御免である。
そしてそんな男の腕にいる人間。はて男か女か。まあそんなことはどうでも良いが、しかしこの人間、来たときからであるがちょっとも動かないのだ。寝ているにしてもこの寒さ、目が覚めるか体温を求めて動くかするはずである。
しかし動かない。男の方は着込んでいるが、人間の方はそれほど着込んでいるようには見えない。
ああ、やはりワタクシは曰く付きとなる定めであるのか。なんと面白くない。もしワタクシが咳でも出来ればこの男は去ってくれないものか。
しかしそれは現実的ではない。喋れぬからこそ最初の言葉に誰も訂正を入れることが出来なかったのだ。それはそれで残酷なる真理だ。人間は地を開拓し押し開き、石を溶かして流し込んで空を目指さんとする。無謀だ。
がしょん、と薄い鉄の音に我に帰る。男は人間を腕に掻き抱いたままシャベルで私の足元を掘り出した。掘りにくいだろうに、男は人間の細い体を離さなかった。その目に塩の水なぞ無かったが、柔い男の樹皮が歪であったことは私でも分かった。
ぞしゅ、と地面の肉を抉る音は痛いほどの空気を震わせ、次第に男からはぜはっと言う荒い息まで漏れてきた。人を抱え、掘り。ああ全く持って理解ができない。
男はどこか手慣れたようであった。しばらく掘り続けた男は人間を両腕で抱き締め、何事かを呟いていた。さすがにワタクシにはそれは聞こえず、まあ聞こえたところで何だったのだろう。男はやっと人間から腕を離した。女。
ふうむ、と思わず唸るが、それもまあ聞こえるわけは無い。
ワタクシの絡む足の間にその動かぬ体は横たわった。顔は見えず、女の容姿と言うものは掴めなかった。人間は容姿という見てくれを大事にすると聞く。確かに確かに、ワタクシの下でがちゃがちゃ煩いのも、綺麗などと言うのは分からなかったが、胸部の膨らみが周りより大きく顔に色が乗っている女を複数の男は囃し立てていた。理解に苦しむ光景を思い出してしまった。これ以上面倒なことは避けよう。ワタクシはまあ良いと若い男が沈黙を刻みながら土を直すのを見ていた。

終わりましたって言葉で、自覚する。何てことを、したんだろう。
こんなはずじゃ無かった。そんな思わず殺人を犯してしまったような事を今更言ってももう遅い。殺人を犯してしまったのは本当だから、違うのだ、違う違う。かくんと倒れるような光景を、ごろんと落ちていくような風景に、したかった訳じゃない。
嗚呼、。
呟いた声は喉を震わせただろうか。確認も出来ず目の前を見る。震える体と震える世界。嗚呼、これは涙か。震えてどろりと歪んだ世界はずるりと風景を多く持っていくように落ちる。ばたんとそれが落ちるのと同時にドアが開いた。ぜえはあと息を荒くしてこっちを見てくる。
嫌われてしまっただろうか。
笑って見せた、いつものように。世界は大きく歪む。アナタの顔も大きく歪んだ。白い肌になっている。赤を纏ったアナタに小さく呟いた。

「遅かったな」

もうお仕舞い。御仕舞い。おしまい。号外のベルは空気を裂いて鳴っている。哀れな哀れな人の話であろう。
嬰児の声は高らかに、誇りも持たず、哭いたから。

赤いマフラーで絞め殺して貰った。

こんにちは。
男の声は毎日毎日飽きもせず。しかしどうにもこうにも最近ワタクシの思考はそれを楽しみにしているようだった。そんな感情を持つはずがないと言うのに。

最近寝ると言うことを覚えた。
私は眠れぬはずなのに。

どうやら私は、埋められた人間に、しこ、う、...あ。
あ、。

どうもハジメマシテ。

「伸菜さん、」

あ。きた。あれ。
あれがわたしをころしたひとです。

「こんにちは」

ころしてくれたひとです。
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