70 | ナノ
セト

温く暑く緩くほどけている街の中に手足をちょんぎられた赤子のように無理矢理引っこ抜かれ植えられた固く脆い街路樹。ずらっと一直線に並ぶそれは排気ガスに晒され自由に伸びた指は切られて立っている。そこに張り付くサイレンが夏の音を叫んでいた。がこんと鉄製の長いバケツを店先の日陰に置いて肺を炙る酸素を吸い込んだ。
昼を越えようが暑さは衰えない。クーラーの効いた店内を通ってトラックで送ってこられた箱を開いた。中に詰まった花。窮屈そうに居る花を出していく。箱を潰し、また新しく開け、潰し。たまに入ってくる客に声を掛ける。
これはあれでこれと合うと説明する店長の声を聞きながらたぽんと浸かった花を見る。綺麗に開いている花。一本取る。

「、あ」

ぱち、と俺が返ってくる。目の前に無惨になった一本の花。店長も客も気付いていないようで、そっとそれを折ってポケットの中に落とした。あとでレジにお金を入れておこう。
ぐいっと口を拭う。花粉と、小さくなった花びらが取れた。またやってしまった。口の中に広がる甘い香りと味。
花を食べてしまった。
味わうように口内を一度舐めて、ぽっかり空いた暇な勤務時間の内に数字のシールを見て財布を取ってくる。小銭を出してまた戻れば、どうやら中々決まらないようで店長は客と話しっぱなしだ。
他の店員もいるにはいるが夏季休暇と言って休みをほとんどが取っており、残っている店員は配達。単車の免許はあるが自動車免許はない俺は自然と配達より接客が主になる。
ようやく決まったみたいで店長が奥に引っ込んだ。すれ違い様に俺に値段を告げたから、先に受け取っておけと言う事だろうと判断してレジに来た客に値段を告げた。
四桁の数字。渡された五桁の紙にお釣りを返す。鉄と紙。昔はなんで硬い方が大きい値段じゃないのか不思議だったな。鉄の方が強いから大きいはずだと、よく分からない持論で困らせた。
つい昔の記憶に顔が緩みそうになったが、無理矢理違う笑顔で押し込んだ。さっさと出ていく客に、予約かと判断する。また来るのか、あの女客。
万札と一緒に放り込んだ小銭。はあ、と息を吐けば、充満していた花の匂いが外に溶けた。
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