69 | ナノ
セト+カノとマリーとキド

「鉄パイプ」

その一言で和やかだった場に乱暴な空気が降りてくる。何かの合図のようなその言葉は、しっかりとセトの耳へ入っていた。マリーと穏やかに話していたセトは、途端に口を閉じてカノを見た。マリーもその言葉に口を嗣ぐんで少し不満そうにカノをじっと見ている。

「持ってこない?」

にやっといつものように笑む口に似合わず、目は鈍く闘争心で光っている。セトは一瞬言葉を探したようだったが、しかし次には穏やかな笑みを取り払い、ぎしっと音でもしそうなほど狂暴に笑って立ち上がった。十分過ぎるほどのセトの答えにカノの笑みは深まる。優男の風は軽くなくなり、ただ近付けば何をされるか分からない空気。
マリーはキドに手招かれて早々にその二人の異質な場を離れている。

「外でやれ」

キドの呆れた声に、カノは滑るようにたったんっと軽やかな足音で玄関に向かう。それはキドの言葉を聞いたようにも見えたし、最初からそのつもりだったようにも見えた。
カノが横切った瞬間、セトの目にはカノが愛用するナイフが視界の端を陣取った。カノの場合隠してこそのナイフだ。おそらくは挑発の意味も込めてセトに見せつけたのだろう。その挑発にくっと喉で笑った後、セトも玄関へ向かった。

グッとカノは伸びをして準備を行う。体のバネ、固さ。解してざしゅっと地を一回蹴った。コンクリートの固さは靴底を隔てていてもしっかりと足裏に伝わってくる。その固さは地面に投げ落とされでもすれば隙が出来るのは必須。しっかりした踏み場なだけに必然的に出来るデメリット。

「うーん......。まっ、こんなもんでしょ」

準備体操に腕を巻き付けて引っ張っていた腕を解く。
青い空は忌々しいほど遠く高いままその存在を主張し、狭くも無いが人目にもつかないそこを照らす。四方は高い壁に囲まれここに通れる道一本しかない。まるで意図的に作られたような四角い行き止まり広場。お誂え向き。
この欲求が発散できればカノは何でも良いと思っている。それはセトも同じことだろう。最近全く乱暴な依頼が来ないことへの不満が溜まりに溜まった結果だ。
セトはゆっくりとその一本の入口であり出口である道から悠々と現れた。手には所々錆が見受けられる鈍色の古い鉄パイプが握られている。
カノの目の前に数メートルの距離を持って立ち止まったセトは、頻度が低くなっていた鉄パイプを器用に回して何度もがしゅっとわざと地面に先端を擦らせた。時折がぎゃっと嫌な音が出るがセトはお構い無しに地面に見えない線をがりがりと書く。
その線がセトの周りを囲み終えた後、すぐにパッと地面と鉄パイプは離れる。そして、セトの手からも。
ブンッと音を立てて振られた鉄の棒は、そのまま真っ直ぐにカノへと飛んでいった。
ぎいん......っ!
鉄は反発の高い拒絶的な音を立てた。カノの立っていた地面からその音は響く。人体に当たればタイミングと合わせてかなり怯むことになる効果が出るんだろう。不意打ちの攻撃、しかしそれは失敗と終わった。
一歩でそれを避けたカノの視界には自分へと真っ直ぐに地を蹴るセトが写っていた。

「へえ......」

感嘆の声。思わず漏れた感心。悔しく思いながらカノはそれが口から出てくるのを拒まなかった。
そしてカノはそんな声に似合う嬉しげな顔で脚を地面から離し、蹴った。だんっとカノの体はセトに突っ込んでいった。そのまま行けば二人の体はぶつかるだろう。そのまま行けば。
しかしセトは勢いそのままで姿勢を低くする。それに合わせてカノが上体を倒して地面に手を付く。
跳ね返り地面に倒れていた自分の鉄パイプを掴んだ。そして横から迫っていたカノの脚と自分の体の間へと滑り込ませる。鉄パイプを蹴った音に混じってひゅいっと口笛が高く鳴った。

「不意打ちも出来なかったのに」
「いつの話してんすか」

楽しげなカノの声と呆れたセトの声。そして二人の間にぎしりと立つ鉄パイプ。カノの回し蹴りは鉄パイプによって受け止められていた。
早々にカノはバク転の要領で立ち上がり、その場から逃げた。純粋な力比べとなればカノはセトには勝てない。連戦の結果、二人に戦闘における種類が確立していた。
セトは力でごり押しするような性格だ。多少の無理をしてでも押し通す。筋肉が付きやすい体とそれに伴い出来た体力、それを生かしたスタイル。
そしてカノは力が無い分、他者より自分の人体が分かっている。力は無いがスピードにおいてはカノはセトより優る。何より連戦によって今では意味もなくなってしまったが、カノはセトより遥かにズル賢い。不意打ち奇襲、なまじ能力がそれに合っているためにカノのスタイルは正しくカノを勝ちへと導いていた。

「あんまり服汚させないで欲しいんすけど」

セトは腕を持ち上げる。肘より上、赤い線がそこにはあった。一直線の傷は浅くはあるが確かに血を流し、セトの服を汚している。
カノがその傷を見てからからと笑った。手を軽く振って自身の靴、足先を指差した。その足先から赤い尖ったものが見えている。普通の靴には無いそれは、ゴムの靴底と皮の部分に仕込まれた刃物だった。

「知ってたのに気を付けない方が悪いでしょ」
「今日その靴とは思わなかったんすよ。また凝った真似を」

それは灰色を基調としたブーツだったが、しかしその姿は次第に揺らめいて消えていく。あとにはカノがいつも履くいつもの黒いブーツと赤い目が残っていた。楽しげに歪む口はセトにとって忌々しいことに、本物だった。
欺かれていた悔しさはセトにはない。むしろまたかと言った諦めが思考を冷静にさせるため冷たい空気を混ぜただけだった。

「たったそれっぽっちで止めるのかい?」

わざとらしい、演技がかった口調。それはカノの口からするりと歌ように出てきた。カノの手にはいつの間にかナイフが握られている。それを見てセトは笑う。
乱暴で適当に見繕ったような笑顔が二人の顔に貼り付いた。

「まさか」
「だよねえ」

乱暴なだけに、それは似合っていた。
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