63 | ナノ


ばちちっぃと雑なノイズが視界を走り、ばつんっとブレーカーが一気に押し上げられたように目覚める。ずいぶん懐かしい夢をいっぱい見たような気がする。目を開ければそこは変わらないアジトの床だった。どこか埃っぽく感じるけど、なんで僕はここに寝ているんだろう。
ぐあんと起き上がって立ち上がる。皆ソファで寝てたり僕と同じように突然起きてたり。そんなに眠かったっけと疑問を感じるけど、んぐしっと間抜けなくしゃみでそんな疑問も吹き飛んだ。風邪引いたかなあ。

キドがばたばたと掃除機をかけ始める。ごうごう音を立てる掃除機は、いつも思うが煩い。しかもキドは音楽を聴きながらやるものだからそういう時は話し掛けても絶対答えは返ってこない。何かを話そうと思っていた気がしたけど、その話そうとしていたって感覚があるだけで、内容はさっぱりとどこかへと流れていってしまっている。
何か探しに行くんじゃなかったっけと思うけど、まあ忘れてしまったのなら仕方ない。
キサラギちゃんがヒビヤ君と掃除機に負けず言い争っているのを見ていた。

むすーっと頬を膨らませるモモちゃんにどうしようかと困った心がふわふわ私の周りを浮かぶ。可愛い顔をしかめっ面にして不機嫌ですと声もなく叫んでいるモモちゃんにえっとと話し掛けた。ちょっと不機嫌そうにしながらもなあにと聞いてくれるモモちゃんに思わずホッとして笑った。なんだか懐かしいなあと思って、なにが懐かしいのか掴めない。しばらく間を置いて、お母さんのことかあと納得する。お母さんも私が不機嫌そうにしていたら話しかけてくれたなあ。
モモちゃんが黙っている私の名前を呼んだ。引っ掛かりを感じながらあのねと提案を一個だけ、そっとモモちゃんに渡した。

デパートに行こうと言った友達の優しさにぎゅうっと心臓のどこかが掴まれる。嬉しさと可愛さに思わずぎゅうっと抱き締めたほどだ。
ヒビヤ君も、下敷きにして寝ていたくらいであんなに怒ることはないだろう。決してわざとでは無く、むしろあんなチビッ子にのし掛かるならカノさんの方がずっとマシだ。
またムカムカと苛立ちが沸きそうになるけどぐぐっと押さえて支度をする。キドさんも誘って、結局全員で行くことになった。久しぶりだと笑みが溢れるが、どうしても誰か足りない気がした。

重くて息苦しくて体重を指摘しただけなのに、あのおばさん本当になんなんだ。デパートに行くことになったらしくおばさんの不機嫌そうな顔は嘘だったように晴れやかに、しかし僕を見付けると途端にしかめっ面に。面倒臭くて放置。支度も済んで、コノハがまだかまだかとそわそわしているのがちらちら見える。マイペースだからその内待ちきれずに勝手に一人で出ていくかもしれない。カノのおじさんは居ないから、仕方なく僕がコノハを見ている。
いつもなら楽できていたけど、仕方ない。
......そういえばなんで楽できてたんだっけ。

ぎろりと透明の板越しに団長さんを睨み付ける。すまなかったと何度目かになる謝罪も、どんどん呆れのような物が混ざってきて気に食わない。全くと怒りながら人に踏まれそうになっていた中でメールを飛ばして団長さんのケータイに飛んできた私を、誰か真剣に慰めてくれたって良いじゃないか。
色様々な靴底が上を通っていくのを思い出して、身震い。身体的痛みが無いはずなのに、いつ踏まれるかとひやひやした。
帰ったら酷いんですからねと一人呟いて、団長さんの画像を並べるうわあああっと悲鳴が聞こえたが気にしない。いくら触ろうともこの画像には触れられない。団長さんの生着替えー!と皆さんへの公開を楽しみにする。
団長さんの反応は面白いのに、何でか、とても物足りなかった。

綺麗な煉瓦道を歩き、ドアをくぐって、着いた頃には人がごった返していた。どうやら一階のシャッターが閉まっていたようで、開いた瞬間待っていた人々は冷気を求めてぞろぞろ雪崩れてきたらしい。
一階のフロアを通るのにもやっとだった。
マリーが一階だけでもう限界になり、仕方なく皆で中庭に行く。休憩用だからこっちも混んでるかもなと言い合っていたが、それは杞憂だった。人もあんまり居なくてベンチも空いている。早すぎるダウンが功を奏したようだ。
相変わらずデカイ樹だなと思う。窮屈そうに、ゲームの中、勇者が救いたがる世界樹を思い出す大きさ。

それが二本もあると、広いここも狭く感じた。


「オレを木にできるか?」

暫くの時間を貰った後、結局オレは普通なら耐えられるか耐えられないかで後の人生を左右する方を選んだ。セトが一瞬泣きそうに顔を歪めるが、それをそっと拭き取り、優しく微笑む。
こくりと頷いたセトに目を浅く閉じる。

「直ぐにでも」

そう言ってオレに一歩近付いたセトは、オレが逃げないのを確かめてからオレの肩に手を置いた。
思い出すのはアジトに植えられた仲間の姿。諦めみたいな感情で、出そうになった声を飲み込む。
頼むと代わりの声を出せばセトはオレに更に近付いた。お前も結構我が儘だよなと思いながら、目を閉じる。
噎せそうになる花の香りと青臭さ、それが呼吸に乗って肺を犯す。強張っていた体から、徐々に力が抜けていった。目を開くと、セトが目を見開いて固まっていた。
セトが思いっきりバッと後ろに下がり、オレを凝視する。やっぱりなと、オレはため息をついた。

「確かにセトの行為は正しかった。話を借りると、オレを植物状態にするには花は足りなかったんだろうな」
「なんで、」
「耐性がついてる」

種子は十分な数になる前に吸い取られて無くなり、血管を巡るには足りなかった。けど全てセトが請け負った訳じゃない。オレの肺には花が少なからず咲いていた。それを長い間体に馴染ませ種子に対する耐性をつけたオレの体。
結果は分かっていた。
ずっと知っていたと言っても良い。

「周りが静かになって、何年、経ってると思ってんだ」

オレの姿は変わらなかった。五年を越えてきたのに、体の成長が訪れず、ずっとそのまま。もし誰かがオレを見たなら人間と疑わずに居て、そうしてオレと時間を歩いていく奴等は気付くだろう。髪も爪も伸びないまま、姿形が変わらない、なんて可笑しい男だって。
セトには何年経っていたんだろうか、木になって、体感時間が変わっているのかもしれない。それか目を覚ましたのがオレよりずっと遅かったのか。
セトに近付いて頬に触れた。人間の感覚がしっかりとお互いに有るのに、オレらは人間じゃない。泣きそうな顔をしているセトがオレの手を握った。けれど涙は流れないし、目にもそれは溜まらない。泣き真似みたいにすら思える顔がオレをじっと見ていた。

「オレはお前と居る。けど絶対に」

絶対、いつか。
目を閉じれば、ぼろぼろ頬を流れた。人間じゃないオレは泣けるのか。声が震えていて、ゆっくり喋らないと喉に引っ掛かりそうだった。セトの手が痛いほどオレの手を握って、息が詰まったように呼吸を震わせている。

「オレを、木にしてくれ」

そういう意味を、オレはセトとの関係に付ける。
目を開ければ、セトは泣いてないのに泣きながら、オレと視線を合わせた。鼻先が当たりそうなほど近い距離でオレは意味もなく泣いて、セトも泣いた。

「たぶん、シンタローさんも、元には戻れないっすよ」
「今の状態で、その決意は十分だろ」
「そうっすねえ」

すいませんとセトの金色の視線がオレに言うから、それに全くだなと堂々と返す。不老不死なんて望んでなかったんだよ、オレは。
きっとこの建物の屋上から落ちたら、いくら人じゃなくても死んでしまうんだろう。潰れるように一瞬で死ぬ、綺麗な死に方なんてもの存在しないから。それでもそれを選ばないオレ自身に呆れる。

「我が儘、言い過ぎたっす」
「今さらかよ」

いつかに木にして欲しい。そんな途方もない約束をオレらはする。利用している取引を出す。

「シンタローさん、好きっす」

セトはそれでも幸せそうに噛み締めて言う。
その顔にオレは笑った。

「知ってる」

世界は静かに終わった。


「、あれ?」
「どうしたの、エネ」
「あ、いえ、このケータイ壊れているみたいで」
「やっぱり誰かに踏まれたんじゃない?」
「元々家に置いてあった余りだし、修理に出した方が良いのかな」
「どこが壊れているんだ?」
「日付です。大分ずれてますよ〜」
「うわ、本当だこれズレすぎ」
「何日なの?」


「ええっと、」

年もズレた、誰も覚えていない世界が終わった日。

「二月七日です」

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