55 | ナノ

その店の目の前に来た途端、今もきょろきょろ落ち着かなかったキドはその店を見上げてぶわわっと喜色を溢れさせた。それをじっと見ていればようやく自身のあからさまな変化を自覚したんだろう。ハッと我に帰ったように首を振り、いつものようにかっこつけに戻った。いつもと違い女らしく可愛らしい格好をしているから、どうにも様になっておらず、逆に可愛らしさが増していた。ついにやけそうになった口元を手で押さえ、ちらちら店を見るキドを観察する。

「こ、ここは?」
「ああ、貰った紙にお土産ってこの店が書いてあったんだよ」
「は、入るのか?!」
「そうだな」

驚きや恐れなんか欠片もなく、入って良いのかと期待の目で見てくるキドに等々少しにやけるが、気付いていないキドは少し興奮を抑えてじっと店を見詰めていた。ショーウィンドウに飾られているのはかなりでかいもふもふのテディベアやウサギ、可愛らしい人形など。ぱっと見ただけでそういう専門店と分かる看板はインテリチックに濃い緑に金の英字。紙をもう一度開けばマリーとヒヨリからのリクエストと赤い線が店名の下に引かれている。絶対買ってこいの物かとも思ったが、キドの様子を見る限りそういう意味じゃ無いようだ。

「入るか」
「っ、そ、そうだな!」

ぱあっとキドの顔が輝いて、俺はもう口を隠すだけじゃ無理で、顔を逸らした。
いそいそと金の取っ手を掴んで引っ張るキド。思わずオレの服の裾を引っ張っていることに気付いていないのか、店内を覗いてまた嬉しそうにしていた。
至るところににふわふわもこもこ。小さな女の子が自分より大きく茶色のテディベアに抱きついて埋もれていたり、カップルが居たり、女子高生が居たり。女子高生に関しては金の有無もあるんだろう、ノートやシャープペンシルなどの文房具を手に持っていた。
しかしぬいぐるみやノートと言った物だけじゃなくティーカップや紅茶も売っている。奥に行けばカフェもあるようで、随分凝っているし手も広く扱っているようだ。

「何を買ってこいって言われてるんだ?」
「マリーは書いてるけどヒヨリは特に書いてないから、適当に選んで良いんじゃないか?」
「そうか」

澄ました顔で答えるキドがまた少し嬉しげに見える。たまに立ち止まってじっとぬいぐるみの顔を見たりちょっと撫でたり。

「時間的にここが最後だな」
「ああ、もう三時半だしな」
「奥のカフェで手作りクッキーと紅茶売ってるんだと。マリーはそれだな」
「へえ、カフェなんてあるのか......」
「寄ってくか?」
「え?、......あ、い、いやっ、そういう意味じゃ......!」

奥を覗いていた顔がパッとオレを見て、そして少しずつ慌て始める。わたわたと身ぶり手振りで違う違うと言うキドに成る程なと納得した。これはカノが弄ったりするのは仕方ないな。
否定はしているのにぎゅううとオレの裾を強く掴むのは何と言えば良いのか。

「だからなっ!」
「良いんじゃないか?」
「何が、って何笑ってるんだ?!」
「笑ってねえって、うん」
「あ、明らかに笑っているだろう!だから、い、行きたいとか、そういうんじゃ無くて......っ」
「じゃあ行きたくないのか?」
「え......?......っ!あ、いやっ......、そ、そのだな......!」

オレの質問に一瞬眉を下げたキドにもう無理だと額を押さえた。慌てすぎて自分の言動がどうなっているのか把握できてないんだろう。近くの子連れの夫婦がおやとこっちを楽しげに見ているのも分かってないらしい。取り合えず自分に掛けられた疑惑を晴らすべく必死に言葉を重ねるキドはどんどん墓穴を掘っている。

「ごめ、キド、キド落ち着け」
「俺は至って落ち着いているが?!」
「嘘つけ。それにマリーの買い物のついでだって」
「う、うううぅ......っ」

顔を真っ赤にして参ったキドは悔しさと羞恥に逃れられず唸り、オレから顔を必死に逸らしてスカートを握る。苛めすぎるとそろそろオレもキドから鉄拳制裁を貰っても可笑しくない。一回も貰ったことがないとはいえ流石に止めておいた方がいいだろう。

「取り合えずヒヨリの選ぶか。キドも何か買うか?」
「に、似合わないし、もう満足だ......良い」
「そうか......」

本心からなんだろう。けどそれじゃあオレは何のためにエネに邪魔されまくって金を貯めさせられたのか。いやオレが全部奢ったけど、それも昼食とかジュースとかそんな物だ。恐らくだがエネもそんな微々たる消費のために口煩く悉く邪魔したわけじゃないんだろう。
しかし本人にそう言われると、セトみたいな性格なら未だしもオレが何か言えるわけ無い。
似合わないとか、そういうことないと思うんだが。確かにいつもキドの部屋に可愛らしいぬいぐるみ一体がちょこんとあれば、まあ意外には感じるだろう。けどそれも意外と思うだけで似合わないってことじゃない。
と、一個でも二個でも説明して説得すべきなんだろうが。

「シンタロー、ほらもっと見るぞ」
「......ああ、分かった」

我慢強い団長だな。
少し悔しくなって歯を一回強く噛み締めた。


「お帰りなさい団長さん、ご主人!どうでしたか?デートは!」
「......ヒヨリ、マリー、お土産」
「わあ、ありがとう!」
「あ、やったあストラップだ」
「この前鞄に付けてたの取れたって言ってたからな。良かったか?」
「はい!」
「ちょっとちょっと、無視しないでくださいよ!」

エネの言葉を二人でガン無視してマリーには頼まれたものを、ヒヨリにはキドが選んだストラップを渡す。モモが羨ましそうに見ているのをキドと目を合わせて笑った。
どうせ勢いで要らないと言ってしまったとかそんなとこだろう。キドがモモに小さな紙袋を渡す。

「え?え?」
「お礼だ。生憎お前の趣味は分からなかったからシュシュにしたけどな」
「......あ、ありがとう、ござ......いやいや!団長さんの誕生日!」
「安心しろ、全部オレが出した」
「ありがとうございます団長さん!」

浪費したのが今日の主役じゃなくオレだと知ってモモの申し訳なさそうな態度は嬉々としたものへと早変わりした。きゃっきゃっと楽しげに見せ合う女子たちをキドは眩しそうに嬉しそうに見ている。

「じゃあパーティーでも」
「いや流石にこの格好は嫌だ。着替えさせろ」
「えー!」
「なんと言われても着替えるからな!」

むすーっと残念そうにするモモたちを横切って部屋に入ろうとするキドにオレは慌てる。いや後でもと思うこともないが、結局タイミングが見付からずなんてベタなことになるのは目に見えている。
がちゃ、とドアを開けたキドの腕を掴んで止めた。緊張でばくばく言う心臓が血を多く送ってくらくらする。振り返ったキドがきょとんとした顔でオレの名前を軽く呼んだ。ぐっと詰まる喉。柄じゃない、酷く恥ずかしいし照れる。

「オレが勝手に買った物だけど」
「へ......?......え、あ」

キドの胸のそれを押し付けて何か言いかけていたキドを無視してドアを閉めた。ふしゅうんと音でもしそうなほど顔が熱い。しぬしぬしぬ。

「おお、やるねえシンタローくん......。なんかすごく青春っぽいよ」
「なんかこう、もだもだするっすね。目の前に好きな子苛めてる男子を見てるのと似てるっす」
「やりますね、ご主人......。流石少女漫画読んでるだけあります」
「うるせえよお前ら!」

オレを見て言いたい放題の三人に盛大なる八つ当たりと羞恥を含めて叫べば、にやにやといった顔がオレを見ていて、無償に暴れたくなった。


目の前で閉まったドアに俺は全く動けず、暫くの時間を経てようやく押し付けられ咄嗟に抱き締めた物を見る。茶色い毛を持つふかふかのテディベア。首に赤いベルベットのリボンが結ばれている。
そのテディベアとじっと見詰め合い、ようやく理解が状況をしっかり残さず租借して、一気に顔が熱くなった。ぶわわっと耳も首も全部。

「な、なん......っ!」

ぎゅうっとそれを抱き締めてその場に踞る。大きな攻撃を受けたような、そんな感情。沸き上がるこれは嬉しいとか、そういうもので。
酷いと思った。

(ずるい)

今俺は酷い顔をしている。
きっと誰にも見せられない。
着替えれば皆が居るあの場へ戻らないといけない。だって言うのに体はちっとも動かず、ふるふると細かに震えるだけだ。皆が待っているという申し訳ない気持ちは確かにあるのに、シンタローがその場に居るという事実で俺はもう立てない。

「ず、るい」

好きになってしまった。
もっと好きになってしまった。
ばくばく心臓が耳の奥で鳴り響いて、血液を巡って、息も詰まって仕方ない。泣きそうになる。
なんでこういう時にこういう事をするんだろうか。もう十分だと思っていたのに、しんどくて仕方ない。

「もう、むり......っ」

かちっと時計の音が鳴る。刻々と誰かが待てずにドアを叩く瞬間が近付く。
ああ、。

こんな心臓に悪い誕生日プレゼントが合って良いんだろうか。

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