54 | ナノ

良い顔をしている目の前の四人に俺は震える。前髪は嫌だ止めろと拒否しまくったお陰で顔にかかる髪は健在だ。無かったらいよいよ泣いて、いや泣かないけどな、比喩だ比喩。まあそんな気分だ。
薄いワンピースにタイツに上着にブーツに鞄に化粧に。今までわざと蓋をして来ていたのにまさかこんな。そんな。髪もキサラギのように横を編んで後ろで留められ、羞恥が顔を焦がす。
白というよりクリーム色に近いひらひらシフォンのワンピース、下に黒タイツ、そしてシンプルな皮のブーツ。上に袖がブカブカとしたふわふわした生地の上着を着て、もう無理だ、死のう。

「まだ全然シンプルな方ですってば、団長さん」
「キドかわいいよ!アクセサリーもやっぱり付けない?」
「あと香水かあ、柑橘系で良いかな。あんまりシンタローさん気にしなさそうだし」
「良いと思いますよ!しかしもっと選びたかったんですが、仕方ないですねえ」
「いっそころしてくれ......」

一思いに殺された方がずっと良い。フードはどこだと叫びたい。せめてフード、フード、パーカーを今すぐ返してくれ。
顔を覆って下を向き、どうしようと途方に暮れる。似合っているわけがない。こんな格好で今から五時まで帰ってくるなとか死ねって言ってるようなもんだ。実際死にたい。
やれやれとキサラギが首を振り、化粧品や鏡を片付けていく。マリーも残念そうにしながらアクセサリー類を片付け、ヒヨリは俺の手を取って手首につけたりした後にっこりと可愛らしく笑って俺を見た。
うーうー唸る俺を仕方なさそうにエネが見て、そして暫く何かを考えてから画面の奥へと消えていった。どこに行ったのだろうかと思う余裕すらない。手元で死守した音楽機器から伸びるイヤホンをつけて音楽を流した。もう無理だこのままずっと五時まででも一ヶ月でも引きこもってても良い、お願いだから俺を出さないでくれ。半ば本気でそんなことを願いながら顔を上げれば、キサラギはなぜか俺の前に背中を見せて立っていた。はて、と首を傾げれば、マリーにイヤホンを引っこ抜かれる。
何をするんだと文句を言いかけたところで、耳に入った声に固まる。はくはくと口を動かしてキサラギの背中を見た。なんで。

「はいはいシンタローくん入って入って!」
「はあ?!さっきまで入るなって......」
「解禁っすよ解禁!」

叫びたい。お前ら何してくれてるんだと。
ばくばくと激しい心臓の鼓動に肩が震える。似合ってないって言われたら、いやこんな姿見られたら。マイナス思考と恥と緊張とでない交ぜになった感情が体を細かく震わせた。第一にして、ずっと言いたかったことがある。
なんでお前ら俺がシンタロー好きなこと知ってるんだ。
言ってない、言ってないはずだ。俺みたいな目付き悪い男口調の胸もなければ可愛らしさもない、女らしくない女なんて、誰がどう見ても魅力的には思えないだろう。ぎゅうっと下を向いてスカートを握る。
引かれたら、どうしよう。

「エネちゃんびっくりしたよ、もう......」
「いえいえ、早い方が何かと決心も付くでしょう!第一お二人とも焦れったいんですよ......」
「気持ちは、分かるけどね......」

エネとキサラギの会話に何となくだがエネが呼んだんだろうことが分かる。可愛らしい青い美少女の笑顔が、憎みたいのに憎めない。
今ならぎりぎり逃げられるんじゃないか。ふと気付く。そうだ、俺は今誰にも触られていない。そうだ、何故今まで気付かなかったんだ、俺にはこの能力があるじゃないか。そうと決まれば、と能力をちょっとずつ発動させてそっと立ち上がる。誰も気付かない。

(よし、行ける......!)

確信で思わずにやりと笑う顔。ここから全力で能力をかけて誰にも当たらないように出口へ。

「シンタローくん!隣掴んで!」
「は?!、っ!」

カノの声にシンタローが半ば反射で俺の腕を掴んだ。
なんで、バレた......っ!
触られたことでざあっと一気に能力が砂みたいに落ちて解けていくのを感じる。すぐ近くに驚いたシンタローの顔があって、思わず勢いよく下を向く。

「あっ!団長さん何逃げてるんですか!」
「猫目さんよく分かりましたねえ」
「いやごめん、フライングして見ちゃおうと思ったら居なかったから、セトと一緒に全力で探したんだよ」
「あとちょっとで能力使おうかと思ったっすよー、もー」
「わ、気付かなかったぁ......」

わいわいと何か言いまくる団員の言葉は全部右から左へ抜けていく。捕まれた腕に震える血液が通って、そこからバレるんじゃないかってくらい心臓が痛い。体が無意識にかた、と震えて、顔を上げられない。
シンタローの顔が見れない。
何も言われない状況はひたすら痛くて怖くて、じわっと涙も浮かんできた。

「全くご主人は......、キドさん!顔上げてください!」

エネの声に首を振る。髪が視界の端で俺の動作で揺れたのが見えて、もう一回振る。無理だ。
勇気を持って顔を上げたとしよう、その時に見えた顔が、引いてたりしたら、どうしたら良いのか分からない。そんな物を見てしまったら、きっと俺はもうシンタローの顔を見ることは無くなる。

「良いから!一回!お願いですから顔上げてくださいって!」
「ーっ、余計なこと言うなエネ...!」
「ご主人が何も言わないからでしょうが!このヘタレニート!」

シンタローの視線が俺を外したのを感じる。エネの方を向いている、のなら。どっちにしろこのままじゃ埒が明かない。さっきからずっと腕は取られたままで目隠しも出来なければどこかに行けもしないんだ。
そろっと顔を上げてシンタローを見上げ、

「......っ、!」
「ーっ、......!」

目があって顔を一気に下げた。
ぐわあああっと熱が上がる。視界に残る赤が消えなくて目を擦ろうとして、化粧をしていたと手を下げた。なにか叫びたいような可笑しな衝動で身体中が震えて訴える。
見間違いじゃないかともう一回ちょっと見れば、シンタローは俺から目を逸らしたまんまで。
自惚れかもしれないし、気のせいかもしれない。そう思うけど、目の前の男の反応に俺はホッとする。

「きゃーご主人顔真っ赤できもーい!」
「良かったですね団長さん。バカ兄、分かりやすいでしょ?」
「いやいや、これでちょっと肩の荷が下りたね」
「全くっすね」
「ヒビヤもコノハも、入ってきて良いよー」
「キド嬉しそう!」

ボッと顔が熱くなる。うぐうぐと唸りそうになるのを噛み殺し、どうにか団員の顔を見た。シンタローはエネを睨み付けながら何も言わない。
今も腕を掴んでいる手が震えていて、少し、嬉しい。

「はいはい、じゃあ出て出て!」
「五時まで帰っちゃダメですからね」
「シンタロー、割引券とチケット......」
「この紙も持っていきなよシンタローさん」
「用意周到か......っ!」

全くだ。
団員全員に押されて玄関をくぐらされる。シンタローに押し付けられた紙やチケット。門限五時。

「楽しんできてねー」
「いってらっしゃい」

カノとマリーのお見送りの言葉でドアが閉まる。あまりのどたばたとした見送りに俺たちは二人で呆気に取られ、暫くそこから動けない。
ようやく我に帰って二人で顔を見合わせたら、知らず知らずに二人で笑っていた。

「じゃあ、まあ、行くか」
「そうだな、オレは一日奴隷らしいしな......」
「奴隷なんて言うもんじゃないぞ」

リボンを巻かれていたシンタローを思い出して、つい今さら笑ってしまう。エネがあんなに笑っていたのも分かる。

「俺のプレゼントだからな」

シンタローが少し目を見開いた後、なるほどと可笑しそうに呟いた。
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