50 | ナノ
黒コノエネ

書庫は一人の人間に、死んだ後は魂を使っても良いと許されれば出来る。つまり精巧な人形に人の魂を突っ込んで完成する。
失敗作の話をしよう。
書庫は魂を人形に突っ込めば出来るお手軽な物だったりするけど、それには準備が要る。書庫って言うものは脳に本棚が作られていてそこに記憶した本を詰めていく物だ。そうしてその本棚は広ければ広いほど良い。だからその本棚を広くするため生前の記憶と言うものは不要になる。だから貰った魂は綺麗に生前の記憶か魂かに別れさせられる。そして失敗作の話だ。
その分離が上手くいかずに書庫の人形に魂が入ると記憶を持ったままの書庫となる。一回入った魂は入った瞬間に人形に染み付いてこびりついて剥がすことは出来なくなるため、失敗作の枠に入れられる。それが目の前で嬉々として悪戯を仕掛けている青い少女、榎本貴音。書庫名はエネ。
かなり機嫌良くベーグルを口にくわえてパソコンをかったかったと打つ少女は、パッと見美少女だろう。だが中身は大分アレだ。エネの祖父は本屋を営み書庫の人形を持っていたため、祖母に頼んで私用として若くも死んでしまったエネの魂をそのまま人形へと移したらしい。意図して造られた失敗作。
失敗作にはもう一つある。
例えば人形が偶然二個、その場にあったとする。勿論魂は記憶と魂に分離されるだろう。常ならば行き場を無くした記憶は空気中へ消える。つまりもう一個あった人形に記憶だけが入った場合、記憶のある人形は失敗作と認められる。つまりそういうことだ。そうして出来たのが俺だったりする。事故で造られた失敗作。
ああ、語弊があるかもしれない。分かりやすく記憶と魂と言ったが結局は二つとも魂だ。つまり記憶がある魂と記憶のない魂とに分けられる。記憶がある方が俺で、記憶がない方がコノハだ。

「まーた変な顔してますねえ、クロ」
「クロって呼ぶな」
「分かりやすくて良いじゃないですか。どうせコノハのこと考えてたんでしょう?」

くつくつと笑いながらベーグル片手にエネが俺を見る。思わず沈黙を返せばエネはにやりと笑ってパソコンを閉じた。横に立ててあったメニュー表を開いて通りすぎようとした店員を引き留めた。自分の分だけを頼もうとするエネの手からメニュー表を奪って適当に目についた物をすらすらと読み上げた。かしゅかしゅと小さなバインダーに挟まった紙に書き上げられていく料理。丁寧に全てを読み上げて確認を取り、お辞儀をして消えた店員にメニュー表を閉じた。目の前でうへえとでも言いそうなエネの顔。

「どこにそれだけ入るんですか......」
「腹だけど」
「そんな薄っぺらな腹に入るなんて私信じませんからね!」
「薄っぺらとか言うな!お前が太ってるだけだろ!」
「乙女に向かってなんて暴言ですか!モヤシ!」

乙女?思わず不可解な単語にきょろきょろと周りを見回す。店内には確かに若い女は居るが席は遠い。はて、と首を傾げた瞬間がしっと両頬を前から掴まれ首が嫌な音を立てるほど急に向かいの席へと向かされた。
にっこりと引きつった笑顔を向けてくるエネにやっと気付く。まさか、そんな思いを抱いて俺は鼻で笑ってやった。びきっとエネから何かの音が聞こえた気がした。

「〜〜っ!折角人が誕生日だからって奢ってんのになんですかその態度はぁ!」
「恩着せがましいなデブ」
「ゲイの出会い系サイトに顔写真と本名で登録してやりましょうかこの野郎......!」

それは確実にコノハの方へ被害が行くだろう。エネだってそれが分かっているから多分しない。それがなんとなく気に食わなくて俺は押し黙った。エネの手を外させて背凭れに思う存分凭れる。急に不機嫌になった俺に疑問の顔を浮かべていたエネはぴろんっと軽い電子音でぱあっと一気に顔を輝かせた。いそいそとパソコンを開いて画面をじっと食い入るように見詰めるエネが、やっぱり気に食わない。
時折吹き出す音が聞こえるということは悪戯はしっかり成功したんだろう。ついにはぷるぷると震えて机に突っ伏したエネに冷ややかな視線を送る。画面の向こうに居るはずの俺らの主人が、悲痛な叫びを上げているのが手に取るように分かった。

「ほどほどにしろよ」
「ご主人の反応が、くっ......!面白いのがいけなっひ、〜〜っ...!ぷ、あはははは!最高っ、最高ですご主人......っ!」
「うるせえって」

堪えきれなくなったのか、エネは周りを気にすること無くばんばん机を叩いて大爆笑し始めた。一応の注意も右から左。近くの客は明らかに引いている。
止めさせるべきだろうが、言って聞くならさっきので聞いている。おずおずと料理を持って躊躇っていた店員に首を下げて料理を置かせた。何か言いたそうにちらちらとエネを見て俺を見る店員が流石に哀れになった。
エネの肩を何度か叩き揺すって起き上がらせ、常ならときめくかもしれない涙目を見ながらエネの口に一口分のパスタを突っ込んだ。途端にぴたりと止む笑い。祖母によって教育を受けていたエネは食事を吐き出すなんてことは絶対にしない。
大人しくもぐもぐと咀嚼を始めたエネに、店員はホッとしたように下がった。ご苦労様だな。

「いやあ、傑作でした......!」
「お前な......」

満足げにパソコンを撫でて閉じたエネに俺は呆れるしかない。何がどうなってあの目付き悪い常不機嫌な貴音からこんな悪戯大好きからかい上手へとシフトチェンジしたのか、今でも謎だ。多分ずっと謎だ。
自分の分に嬉々と手をつけるエネを見て、俺も料理へ手をつける。

「帰りにケーキ屋寄りますよ!」
「カロリー」
「煩い。あと今日の夜ご飯は皆さんで集まってですからね」
「分かった」

予定をつらつらと積み立てていくエネの言葉に耳を貸してやりながら、ふとエネの祖父に借りた本を思い出した。ちょうどこの日だったか。どんよりと暗く重い空に、あの日降らなかった雪。

「雪降ったら良いですねえ」
「......嫌がるかと思ってた」
「雪ですか?そりゃ寒いし冷たいし積もったら滑るしで良いことは綺麗だな〜くらいなもんですけど」

にっと笑う顔が俺を見る。
こういう時本当に貴音だと実感する。いくらどんな化学反応を起こして見せようと、外見が変わろうと。

「遥、雪好きでしょ?」

悪戯っぽく笑うエネから、眩しくて目を逸らした。
たまにこいつの相手は、酷く参る。
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