49 | ナノ


冬は灰色。太陽が遠くなってどこか色褪せてくすんだように感じる街。かっとかっとと靴を鳴らす人々は鮮やかなほどのコートで身を包み守り道を歩く。その度に通り過ぎられる街路樹はそんな色を不満げに枝を揺らして見ている気がする。
学校が終わったチャイムはもう遠く。病弱貧弱な僕はゆっくり真っ直ぐ帰路を辿りながらぼうっと然程多くない人の波を眺めた。友達と道草でも、と僕の年齢ぐらいなら思うことなんだろうな。でもそれが出来る環境に居ないから、こうしてせめてゆっくり歩いて街に浸る。第一僕は休んだ分の補習で行っているのでそんな友人が居たとしても、だ。
ディスプレイの弱々しくもゆるりと穏やかにぺかりと返される光。その中できらきらと輝くような商品や飾り付け。赤と緑を基調にクリスマスへと染まっている店店は、眺めているだけで楽しい。ちかちかと光り輝くこの街で赤い服のおじさんが色んな顔をして至る所に居る。
はあっと白い息を空中へと泳がせ、マフラーを上に上げた。寒いなあと見上げて、どんよりと濁ったみたいな重たい空に期待する。雪が降ると確か天気予報があったはずだ。ホワイトクリスマスになるかもしれない。クラスメートのあの子は喜ぶのか、それとも寒いといやがるのか。
ちりん、とちょうど通り掛かった店のドアが開いた。小さく微かな鈴の音。出てきたお客は腕に紙袋を持って去っていく。そうっと閉まり掛けのドアから店内を覗くと、天井にまで引っ付いた高い本棚にびっちりと本が綺麗に詰められていた。思わず圧倒されてそのままぱたりと静かに閉まったドアを暫く見詰め、そろっと近寄った。道草をすれば心配をされる、けれど、ちょっとくらいなら。わくわくと冒険の気持ちでドアをそっと開ける。ちりんと客として僕を認めた鈴の音に背を押され、木製の床を靴で叩いた。

「いらっしゃい」

カウンターで本を読んでいた初老のおじさんの声が静かに投げ掛けられ、僕は慌てて小さくお辞儀を返して本棚の影に隠れた。なんだか気恥ずかしくなって本棚の分厚い本を眺めてみる。見たこともないような言語の本や難しそうな本、中には僕も知っている有名な本もあった。しかし最近の子が好みそうな漫画や小説は見られない。別にそういうのに興味がない僕は、むしろこっちの方が見ていて楽しい。指でさらっとした背表紙の感触を楽しみながら本のタイトルをなぞる。たまに手に取って、眺めて、戻して。そうして広い店内を片っ端から見ていった。
そろそろ最後の棚に近付き、時間も気になり始めた頃。さてここを見たら帰るかと時計を見て最後の棚の奥を覗いた。覗いて、目を見開いた。きょろっと何故か周りに誰も居ないか確認して、恐る恐るそれに近付く。暖房がある店内とはいえ、さすがに窓が無く光が射さない奥まで来ると少し寒い。こつ、こっ、と冷たい床をゆっくり蹴って、それにそっと手を伸ばした。つるりと磨かれたケースに紙が一枚貼ってある。

「書庫......?」

聞いたことは確かにあった。作家は一体の書庫を持つ。それに今まで書いた全ての話を籠めると。
ショーケースに入れられた、眠る人間に見える人形を、僕はぼうっと見詰める。今にも起きそうなその姿に少し期待をしてしまうほどに。
いったいどれ程の時間が経ったのか。僕はごーんぶおーんと大きく店内の空気を揺らした音にハッとした。自分の腕時計を急いで見て、慌てる。随分時間が経っていて、もしかしたら家族が学校に僕が居ないかと電話してても可笑しくない時間だった。ばたばたと迷惑だろうと申し訳無さを感じながら店内を走る。そしてドアに駆け寄った瞬間、「おい」と僕を呼ぶ声がした。振り向けばカウンターの初老のおじさんが立って僕に向かって手招いていた。はて、と思いながら僕は初老のおじさんを見て僕を指差して首を傾げた。こくりと一回頷いたおじさんに、僕はもしかしたら叱られるのかなと慌てながら近寄った。
しかし予想と反して僕に向かったのは重い叱りの声じゃなくて一冊の本だった。思わず受け取ればおじさんはカウンターに貼ってある紙の一枚を叩いて奥に引っ込んでしまった。ぽかんとした僕は手の中の本を見て紙を見る。古いその紙には黒く大きく「一ヶ月後返却」とだけ書いてあった。あ、貸本屋もしているのかな。
何の本か気になりその場で固い表紙を捲れば、書庫とだけ書いてあった。詳しい筆者も何もない、ただ簡単なタイトルだけ。なんでこれをと思いながら、気付けばその本を閉じて軽かった鞄に入れていた。

帰ってくれば心配したと言われ、こんこんと連絡を入れるようにと言われ続けてしまった。全くと言われながらケーキが用意され、「メリークリスマス」と言えばきょとんとした顔の後いっぱい笑われ「お誕生日おめでとう」と言われた。すっかり忘れていた僕はその言葉に狼狽えやっぱりまた笑われてしまった。
食事が済んでもう眠るだけという時間、ふと思い出して鞄から本を出した。
ぱら、と固い表紙を開く。

「エネ」

一番最初の本文の天辺に書かれた言葉は、あのショーケースの中の青い少女の名前だった。
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