43 | ナノ
黒コノエネ

ぱきっと構築される音に振り返った。びきびきと肌を作って頭から出来上がっていく青い女。ヘッドフォンをつけて、すうっと出来上がった体に空気を送るフリをする。元が人間だからしょうがないのかもしれないが、この空間に空気と言う概念は無い。するだけ無駄でも、この女はそれを捨てないのだ。
全く未練ばかりでアホらしい。

「いい加減この辛気臭い所で黄昏る癖、治してください」
「ほっとけ」

すら、と長い睫毛から青い球体が覗く。ちろ、と動くその目に黒い俺が映った、途端にしかめられるその顔。
きょろと周りを見てからかうように声に皮肉を乗せて奏でる。きゃらきゃらと可笑しげに笑う顔は、ついぞ最近まで見覚えがなかった。
見覚えがあるのは目付き悪く隈をしたため何でもかんでも苛々として睨んでくる顔だ。
眠気も食欲も無くなった望むべき姿を、さてコイツはどう思っているのか。便利か、不便か。ふわふわと浮かび漂うように進む。その度に撒かれる青い光。

「いい加減、出ませんか」
「ほっとけって言ってるだろ」

親切で言っているんだろうし俺もこんな所からは出たい所だが、しかしそんな訳にもいかないので乱暴にその優しい紙飛行機を叩き落としてみた。穏やかだった空気はぴりっと不穏に変わる。ひく、と嫌に輝かんばかりの笑顔の口の端が引きつって、不細工になっているエネに、はっと鼻で笑った。

「ほっとかない」
「ほっとけ」
「絶対いや」
「しつこけえ不細工」
「煩い格好つけ」

徐々に線路を変えていく会話。徐々に笑顔から目付きが悪くなっていく顔。その醜さを鼻で笑えば、今度は手が飛んできた。ばしっと叩かれた後頭部を押さえる。不意打ちだったから思わずいてえと声に出した。ざまあと嘲笑う声が得意気に聞こえる。

「てめえ......」
「あっはー!ごめんあそばせすっいませーんっ!ちょっとどこぞの格好つけがあまりにも可愛そうな頭だったんで叩いたら直るかなーって思いましてー」
「叩いたら直るとか単純すぎるその頭こそ可愛そうだと思うぜえ?そういえば最後の数学のテストの点数は赤だったけなあ?」
「ぎゃああああ過去のことでしょうがああああ!!」

堪らず叫んで俺の声を掻き消そうとするエネに追い討ちを掛けるため、最近思い出して作ったデータを手の中に出した。ぱっと見どこかの会社の資料にでもなりそうな折れ線グラフと表のデータ。次第に落ちていく折れ線。
最初は何か分からなかったエネが俺の肩からそれを覗いて、ざあっと音が立ちそうなほど一気に顔色を変えた。はぐはぐと何かを叫びそうな顔にニヤリと笑う。

「そ、そ、それ......!」
「懐かしいだろ?お前の夏休み前の、全テスト結果」
「ぎゃああああああ返せええええ」
「返せも何もこれは俺が作った物だから返せねえよ」
「ま、ま、マジレスしてないで消して!今すぐ!」

こいつは人が作った物は自分の物というジャイアニズムでも持っているのか。信じられないなとエネを見れば慌ててあぐあぐしているエネはばたばたと袖を振り回して俺の手にあるデータを取ろうと必死だ。俺以外にしか触れないように設定してはあるが、面白くて腕を持ち上げデータを高くにやる。ぎゃあぎゃあ騒ぎながらそれを取ろうと腕を上げるエネ。
身長差以前に、お前浮けるだろ。混乱してそのことをすっかり忘れているエネは消してえええと泣き叫ぶ。

「数学二十一点、理科ーー」
「読み上げるなあ!」
「うわ、お前総合点数ひっく......ぶはっ」
「く、くろおおおおおおおお!!」

にやにやと笑って読み上げてからかって、面白いほど反応するエネは顔を真っ赤にしている。今にもうわあああと叫んで耳を塞いで踞って死ぬとでも呟き続けそうなエネに肩が震えて笑いが止まらない。けらけらと笑ってやれば人でも一人確実に殺してそうな殺気の睨みが俺を見て、にやりと笑った。禍々しいその雰囲気に思わず笑いが止む。

「良いんですかねえ......私だって知ってますよ......」
「はあ?」

生憎だがお前に見られて困っていた成績じゃなかったはずだ。エネがふっふっふっと笑い俺を徐に指差した。人を指差すな。

「遥ちゃんは小さい頃可愛くって......って聞いたんですけどねえ......」
「......おい」

ぶわっと嫌な汗が滲む。だらだらと肌を走り落ちていく汗。嫌な予感なんて物じゃない、嫌な確信が脳の奥でばらばらとばらまかれていた出来れば忘れ去って思い出したくない写真を思い出す。流石に遥だった時も恥ずかしさと情けなさで速攻アルバムを閉じた。なんで知っている。
エネがぺらんとポケットから出したのは忘れたい物の中で一番輝く時代の物。

「ご近所からはモテモテだったそうで!」

女装写真......!
子供の時に撮られた複数枚の内の一枚だった。なんで知っている、なんで知っている?!ざあっと今度は俺が顔を青ざめた。可愛らしいワンピースに髪は今のように括りリボン。さらに麦わら帽子を被って満面の笑み。死にたい。
叫んでしまいたい衝動を抑えるが汗は止まることなく俺の肌に残る。だらだらだらだら。にやあっと更に女としてあるまじき顔で凶悪に笑うエネが片手をまたポケットに入れた。
まさか。

「遥ちゃんコレクショーン!」
「うわああああああああやめろおおおおおおお」

どっさりという効果音がこれほど似合う状態を見るのは俺は恐らく生涯初だ。出来れば二度と目にしたくない。
写真写真写真写真。全部当時の写真。
抑えた叫びを思わず思いっきり吐き出す。今すぐ捨て去り燃やしたい過去に手を伸ばした。しかし写真はすかっと俺の手を通す。このアマ......!

「これとかすごく美少女ですよ遥ちゃん!」
「......閃光の舞姫」
「っ......」

混乱で降りきれた頭はいっそ一周回って穏やかになる。恐らくこいつがもっとも嫌がるであろう痛い単語を口にした。満面の嬉々とした嫌な笑顔だったエネが一瞬で口を閉じて固まる。
そうか、それほど恥ずかしいか。

「閃光の輪舞エターナルロンド夢幻円舞ホーリィナイトメア」
「ぎゃあああああ遥ちゃんやめえええええ!!」
「遥ちゃんって呼ぶなああああああ!!」

中二炸裂の名前をひたすら綴って空中に書いていけばエネは写真を俺に向かってぶちまけてその口からは聞きたくなかった呼び名を叫ばれた。
暫くしてエネも俺も叫ぶのを止めた。二人して叫んで黒歴史に蓋をする。ぜえはあと叫び疲れた俺たちは何も言わず虚ろな目で頷きあった。しゅん、と手の中のデータを消し文字を消せば、エネもすぐに俺の写真を消した。しかしなんで知ってんだよ......。

「疲れた......気分......」
「ああそう......もう来んな......」
「遥ちゃーー」
「いつも勝手に入ってきてんだろ!」

止めろ呼ぶな死ぬ。
思わず叫ぶように言った言葉にエネは暫く考え込み、へにゃと笑った。エネがすっと手を上げて振る。

「優しいエネちゃんがまた来てやりますよ」
「言ってろ」

ずぶ、と体が壁をすり抜けてデータの欠片を落としていく。コンクリートのような壁に四方囲まれた監獄みたいな部屋は、出ようと思えば簡単に出れる。ケンジロウに無理矢理入れられていた場所だ、ケンジロウの手が離れた今、ここは自由に出入りが可能だし帰ってこなくても構わない。
でも。

「かわいい......」

思わず呟いた言葉にぼっと頬が熱くなる。何言ってんだ俺。恥ずかし。思い出した笑顔にぐうっと唸った。
ここに居れば毎日あいつは会いに来る。その為だけにここに居る。
きっとここ以外になったら俺は見付けて貰えないなんて、そんな不安を圧し殺して。そしてここで待っている。

「貴音、」

久しぶりに懐かしいクラスメイトで大切な大切な女の子の名前を呟いた。
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