42 | ナノ
セトシン♀

ストーブがぼっと中で火を燃やし、肌が静かに凍っていきそうな寒さを温い空気が染めていく。ごうごうとストーブの前だけ真夏よりも熱い風。その風を真正面から受けて寒さに耐えていた細い体がソファの隣に帰ってきた。ストーブがあるとは言え温まってない部屋の中、俺の冷たさにまとわりつかれた手をその暖まった体の頬の部分に当ててみた。暖かい。

「あったかい」
「つめたい」

文句を言うような声じゃなかった。そのことに少し面白さを感じて両手で両頬を触ってみた。暖かい。白い肌に血色が混じっている顔が俺をただじっと見た。ふふ、と笑う声が出てきた。まだ寒い手を離してその体を抱き締める。
あったかいとまた言えば、今度はああそうと適当な返事が笑いを含ませ帰ってきた。

「あ、」

淹れておいたココアはほうほうと白く水蒸気の息を吐いていた。甘いココアの匂いに伸ばされた腕は、少し目標を掠めてカップにかつっと爪を当てた。思わず漏れた声は静かに溶けていく。
笑いを堪えて出来るだけ自然にカップを持った。はい、と彼女の手に納めてやる。面白くなさそうな顔が俺を睨む。しかしそれでもお礼を忘れないのは良い家に生まれた証拠か。少しだけ羨ましいがそれはきっと如月って家を持つ彼女を困らせるんだと思うと、今の空気に相応しくない気がした。

「伸菜さーん」
「んー?」

ココアに一回口をつけてぴくっと肩を震わせたのを見逃さない。両手にカップを包んで膝に置いてもう少し冷めるのをじっと見る顔を撫でてこっちを向かせた。ちゅ、とその唇に唇を当てる。俺が口を開ければ彼女も口を開いた。甘い匂いと味で菓子でも食べている気分になって、舌を舐めれば伸菜さんに離れられた。ぺち、と口に手を当てられる。

「俺の口は予約でいっぱいなんだよ」
「もう一回」
「予約」
「伸菜さーん......」

ココアを飲み始めた伸菜さんはいよいよ黙ってしまった。その下で笑っているのが分かっているものだから、敵わない。伸菜さんから腕を離してソファに転がる。伸菜さんの膝に頭を乗せてぎゅうと腰に抱き付けば、くしゃくしゃと髪を撫でられた。

「ちゅーしましょー、伸菜さん」
「最後尾」

もう一回だけ言ってみたらやっぱりダメだった。くすくす笑う声が俺の耳を撫でる。温い空気は部屋に広がる。あったかい。予約はココアですか、俺はココア以下なんですか。
不意に髪を撫でていた手が俺の頬を撫でてつついてきた。

「なさけねえかお」

ふふ、と今度は伸菜さんが笑う。ごろっと寝返りを打って伸菜さんと天井を目にいれた。黒い髪の間の黒い目が細まっていて、可愛い。
いつもなら膝から落とされたり、ぎろりと睨まれたりするのに、今日はなんだかいつもより優しい。眠いのか、も。

「ちゅー、しませんかー」
「しつこいなあ......」
「したいっす」

伸菜さんの首に手を伸ばす。すり、と少し肌を指で擦れば、ココアを飲まれて放置されてしまった。ほうちぷれいと最近聞いた言葉を呟いてみれば額にカップをこちっと置かれた。あつくてちょっといたい。

「伸菜さん」
「なに」
「ちゅーダメならえっちいこと、いたたいたいっす伸菜さん」
「あ、爪伸びてた」

首を撫でていた手をぎりぎりとつねられた。爪が立てられて痛いとか思ってたら、伸びてただけだったみたいで。つねるのを止めた伸菜さんの手を捕まえて目の前に持ってきた。切るのを面倒くさがる伸菜さんの爪はかなり長い。ぎりぎりまで切ると痛くなってしまうから、切ってもちょっと長かったりするのだ。

「今日お風呂入ったら、切るっすかー」
「今日も泊まらせんの」
「えっちいこと」
「はいしませーん」

だめだった。然り気無く言ったはずなのに。
伸菜さんの手がするっと俺の手から魚みたいに出ていってしまった。ああざんねん。
温かい空気と温かい体温と温かい匂いと。少し眠気を感じて起き上がった。寝るのは勿体ない。自分用に淹れておいたココアを飲む。白い泡が黒さに張って、チョコの色をしていた。喉を通って心臓辺りで散った熱さ。それが広がったのを感じていれば、くあっと欠伸をひとつ。

「セト、寝んな」
「伸菜さん抱きしめて良いならねないっす......」
「はいはい、ネットやってるから適当にどーぞ」

棒読み。ひどい。
かち、と彼女の手の中で液体の光が強く灯った。まあお許しも出たし、と伸菜さんを持ち上げてみる。さすがにマリーみたいにはいかなかったけど。膝に乗せて、腕を回す。俺にもたれ掛かる体を後ろから抱き締めた。
部屋がオレンジで支配されて居る。ストーブは空気を食って咳みたいにこふこふと風をひたすら出していく。

「ほそい」
「普通だ」
「ほそいっすよー」

あったかいけど、細い。比べる対象は常連の客だったり幼馴染みだったり妹のような子だったりと様々だが、この体が一番細い気がする。ぎゅうと腹に回した腕を強め、痛んだ髪に隠れたうなじに唇を寄せた。わざとらしくチュッと音を立てれば、腕の中の体はくすぐったさにか小さく震えて。かわいい。伸菜さん、かわいい。
弱い光しか返さない目も、痛んだ髪も、細い体も、面倒見の良い性格も。可愛くて、仕方がない。
細い腕が俺の腕をぺちと叩いた。振り向いた顔が呆れていて、俺はどうしても頬が緩むのを感じる。可愛い。あったかい。

「良い子だから、大人しく」
「ちゅーしましょー」
「いーやーだー」

高いとは言えない。可愛らしい声かと言われれば、唸って考える。男並みとは行かないが、どちらかと言えば、低い方の声だろう。そんな声が耳に入って鼓膜を揺らし、俺の思考を煽る。かわいい。あったかい。ねむい。
駄目元でもう一回頼んでみたけど、伸菜さんはすぐに顔を液晶に向けた。四角のテレビより小さい画面に映る文字は、よく分からない。たまに映るイラストも綺麗とは思うが、心惹かれない。
心、牽かれる。こっちを向かない一重の目に寂しくなった。
肩に顎を置き、暖かい体温にそんな想いを溶かす。一日中でもこの液晶を見ていれる人だ、こんなこと思っても仕方ない。どろどろ暖かさに溶けていく脳が、それでも諦めず欲を起こす。きすしたい。
すり、と擦り寄って、目を閉じて。

「ふ、っ......」

笑うように、ふっと軽く揺れる肩。何か面白いものが合ったのかと目を開いて液晶に目をやれば、特に変わった物もなかった。なにがこの人の琴線に触れたのか。知りたいと言う至極簡単な欲求に駆られて目を巡らせていた俺に、手が伸びる。

「くすぐったい」

くしゃ、と撫でてくるいつもより暖かい手が細い。髪の間を通った指が細い。笑った顔が俺をちらりと見たのが視界いっぱい。ぎゅうっと心臓が小さく縮んだ。その癖大きくどくっと音を響かせる。頬や耳に柔らかい火が灯る。かああ、と音でも立てそうな血が。あつく、なった。
かわいい。この人は本当に、かわいい。
細い体を抱き締める。細い腰、細い。する、と黒いTシャツの裾から手を入れた。ぴと、と指先に肌の感触。びくっと大きく震えさせた伸菜さんが、。

「しないって、言った」
「ちゅー、だけっす。えっちいことは今ダメって、言われてないっす」
「それはへりく、つ......」

詰まった焦りの声。かわいい。
すすす、と腹を指でくすぐり、かぷっと服の上から肩を噛んだ。かちゃんとカップが鳴く音に、彼女がテーブルに手を付いたことが分かった。
指はすぐに胸に辿り着く。その瞬間に息を飲んだ音に、ひどく耳の奥がどくどくと笑う。心臓の奥が。
細い。細い。欲しい。
脱がせて触って、。
もうちょっと、伸菜さんに会う前は、性的なことにはまだ淡白だったはず。いつの間にかこんなに一心に求めている。噛んで吸って貫いて。さっきまで存在感すらなかった記憶が、その喉が高い声を思わず漏らすのが、艶やかに再生される。柔らかいと言うより細い体。
ふに、と指で触り、そっと手で包む。柔らかい女性の脂肪が手に収まった。

「う、っ......おま、こら......」
「伸菜さんが、可愛いから」
「ひとのせ、に、......あ」

腹に回して支えていた方を、太ももに這わせる。ズボンの上からじゃ満足できなくなって、ゴムを伸ばして中に入る。びく、と震える足の内腿を撫でる。
離れようと、テーブルに手をついたままの伸菜さんを引っ張り、膝を立てた。ちょうど伸菜さんの足と足の間に膝が立つ。さっきより密着した体温に、満足感と欲求を一緒に、同時に、感じた。逃げられない彼女を早く早く、それでも時間を掛けて。
処女膜を貫いて破ったときはまさか、こんなに彼女に夢中になるとは、思わなかったなあ。猿じゃあるまいしとは理性が言うが、求めて止まない体を前に自制は効かない。きす、したい。

「伸菜さんかわいいっす」
「う......、っ、おい」
「かわいいっす」

麻薬みたいな人だと思う。すればするほどもっと欲しい。この人が啼いてぐちゃぐちゃになる姿をこれからすると思うと、ざわわと肌に痺れが走った。
震える内腿からパンツのゴムに指をかける。ぐっと強張った体が、ちょっとの間を開けてため息と一緒に緩んだ。諦めた。それが何だか残念だと、か。そんなの馬鹿な思考は、軽く吹っ飛ぶ。

「、ぁ......っ、わかった、から」
「伸菜さん、」
「いっかい、はなして」

くるりとこっちを向いた顔は少し笑って、仕方ないと言った顔で。ぺちりと頬を軽く叩く手が愛しくなって、逃がさないように掴みたくなった。でもあっさりと手は滑るように去って、俺の腕を剥がす。かわいい。あつい。
伸菜さんは呆れた顔で、今度は俺の膝を叩いた。怒られても逃げられても、結局俺は彼女を抱く気なのだけれども。えっちいこと、するつもりだけど。
下ろした膝に伸菜さんはホッと小さく息を吐く。余韻なのか、耳が赤いのがかわいい。

「伸菜さん」
「ははっ......、はい、ちゅーしろ、ちゅー」

ぐっと腕に力を入れて立ち上がると思った彼女は、依然、俺の膝の上で。今度は、正面。膝立ちでちょっと高い所にある呆れて笑う顔が俺を見る。嫌がる仕草は無くて、堪らなくなって伸菜さんが許してくれたしと、唇を合わせた。目を閉じる伸菜さんに、ぶわりと沸く、さっき以上の欲求。触れるだけから肉を開けて舌を絡める。腰に腕を回した。細い、欲しい、欲しい。
あったかい空気が熱い。
さっき去った手を取り、手のひらを親指で撫でた。きゅう、と握ってくる動きに耳鳴りでもしそうだ。爪が少し甲にあたる。

「かわいい、っす」
「お前くらいだよ、それ言うの......」

それは、良いこと。ちょっと長い睫毛とか、細いとか、白いとか、流されやすいとか、俺にこうやって譲るほどに優しいとか。俺だけ。おれ、だけ。
細い。かわいい。啼かせたい。
すき。

「すきっす」

俺だけずっと知っていれば、それでいい。じゅーぶん、だ。
足に当たった机の、最後にかちゃんって鳴ったカップに思い出す。あ、ココア、冷めたかも。
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