40 | ナノ
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「楽しかったー!」
「そりゃ、よかったな......」

まぐまぐと隣で美味しそうにあんまんを頬張るアヤノは、確かに楽しそうだった。あっちこっち連れ回された俺はもう体力空っぽのへとへとだが。あっち行こうこっち行こうあれだこれだあれ食べようこれ食べよう。女子ってなんでこんなに目についた物が好きなのか。今日一日で一気に広がった俺の中の地図。
小さな紙袋を何個かと顔馴染みに渡されていたプレゼントで俺の両手は軽く埋まり、比べてアヤノはぺったんこな鞄のみ。随分な差だ。

「シンタローどっかで休もっか」
「そうだなそれが良いそうするべきだ」
「え、えへへ」

心底疲れましたと内にしっかり包んだのが自覚できる声にアヤノが曖昧に笑う。ざり、と固い道路に散らばった砂が俺に踏みつけられた。公園。ほんのり赤くなっている太陽光を受けて影を作る遊具たち。アヤノはその中にあるベンチを見付けて走り寄り、こっちこっちと手招きした。ベンチに近付き、隅に重ねて紙袋やらなんやらを置いて俺はアヤノの隣に座った。歩き通しの血が溜まって痛かった足がじわんと広がるように痛みを薄くする。

「楽しかった」
「知ってる」
「うん」

噛み締めるように言うアヤノは、言葉を紡いで何度も何度も確認する。逃がさないようにしっかり掴んでいる。そんな、不安がるような気持ちが少し伝わる。
俺も、と素直に言えたら良いのかもしれない。しかし体は素直と言う行為をひたすら拒絶する。覚めた気持ちはこっそりと、もう良い。しんどい。どうせどうせどうせ。今日は何だかそれが酷く煩い。

「シンタロー、有り難う」
「......ああ」

ゆっくりと一文字一声、声に出ていることを確かめるような言い方が、じわっと心臓に緩く刺さる。痛い、ような、甘い、ような。複雑な気分でついアヤノから視線を外し、緩やかに夏より早く沈む太陽を眩しく見る。刺さる白い赤い光線。
ポケットに突っ込んだ小さい紙袋が、腕で光線を遮ったことで存在を示す。ああ。
アヤノに視線を戻すと、俺の影で夕日に晒されないアヤノがにこりと、光でしぱしぱとする視界に映った。

「飲み物買ってくるけど、シンタローは何が良い?」
「コーラ」
「いつも通りだね」

くすくす笑う声が優しく響いて、立ち上がった。ぱんっと一回叩かれたスカートが、パッと舞う。待っててね、と言って自販機に向かう背中。何と言うか、何とも言えない。
ポケットから紙袋を出し、大量の荷物に埋もれた、埋もれさせていた箱を取る。うあー、と気恥ずかしさに喉が震え、思わず視界を両手で押さえて空を見る。さっきから浮かぶ汗がどうにも酷い。こういう瞬間が苦とハッキリくっきり感じる。

「......、しにたい」

アヤノが座っていたところに二つを置いて必死にそっちを見ないことで逃げ出したい衝動をひたすら耐える。いやもういっそ逃げて良いんじゃないか。
声に出るのは自分を責める言葉だけ。何してんだ、俺。喉がさあっと水分を奥にやって渇かしていく。もうアヤノが来なければ良いのにと思い、それはダメだろうと繰り返し繰り返し脳内会議。会議にもなっちゃいない。会議は踊るって言葉あったな。
とうとうアヤノの足音が聞こえて、俺は立ち上がりたがる足をどうにか手の平に爪を立てて耐えた。アヤノが止まる。何も言わない。俺も沈黙。
暫くして聞こえてきた、かこがさと開ける音。ああああと叫びそうな口をぎゅっと引き結ぶ。
息の詰まった音から、暫くまたの沈黙。なんか言えよおおおと脳内が荒れに荒れている俺は、後ろなんか向けない。
でもやはり気になるのが人間だ。一瞬ちらっと見る、一瞬、一瞬。度胸があるのか無いのかの決意。よしっと行動しかけた途端、ばしっと背中が大きく震えた。いたい。
ばんばん遠慮無く叩かれる背中につい文句を言おうと体全部で振り向いた。あまりにも痛いしあまりにもな扱いだったから。

「〜〜〜っ......!」
「いっ、だ......っ、いてえってっ!おいっ!」

まだ叩こうとするアヤノの手首を掴んだ。アヤノのはくはくと何か言おうとする口が、声は音にならずに響く。じんじんと痛んでいる背中はきっと真っ赤だろう。まっか。

「ず、ずるいぃ〜......っ!」

ああでも、こいつの顔には勝てないだろう。はく、と今度は俺の口が動いた。声は出ない。夕日だろう、なんて言うほど俺もそんな馬鹿じゃない。火がついた顔が、泣きそうに歪んで下を見る。

「きょ、きょー、たんじょうび......」
「あ、......、しってる......」
「おっおぼえて、ないって......おもって」
「そ、れは、失礼、だろ」

安物だぞ、良いのかよ。もっと良いもの貰ってただろ。それにあんだけプレゼント渡されてて、気付かないわけ無いだろ。どんだけ鈍感なんだよ俺。てかちゃんと朝から覚えてたんだぞ。
くしゃっと顔が、一個水を落とす。びりっと背骨に走る。

「おおげさ」
「シンタローの、ばかぁ〜......!」
「馬鹿はおまえだろ......」

とうとう泣き出したアヤノに俺は動揺もなく、ただ、ああやっぱ良かったと思った。これが良かったと思った。手首から手を離すと、アヤノは抱き付いてきた。仕方ないから、これが最後と、腕を回した。

安物だ。
結婚ごっこなんて物から拝借した、銀色の安物。と、箱の内側には花が描かれた、その中にてんとまあお高めな小さなケーキ。それだけ。
たった、それだけなんだけど。

「お、お世話、かけました......」

深々とお辞儀をするアヤノを目の前に、俺は何か言おうとして、口を閉じた。泣きに泣いたアヤノ、空は赤さを失せさせて黒くひんやりと閉じている。買ってきて貰ったコーラはベンチから落ちて開けるに開けれない状態だ。生憎缶である。アヤノは紅茶だったからか、全くの無傷のペットボトル。

「帰る、か」
「うぅ、あい......」

情けない声が俺の言葉に頷いた。そんなに後悔されると、少し嬉しがった俺に罪悪感ちくり。
荷物を持って、立ち上がる。足はすっかり回復してずいぶん軽くなっていた。アヤノがとぼとぼと後ろに着いてくる。俺のプレゼントは何故かしっかり両手で抱えたままなのが少し、いやかなり恥ずかしい。
沈黙が俺たちの間を駆け、足音だけがとんとんと響く。

「あっ、のさ......」

情けなく引っくり返った声に、泣きたい。うひゃいっと変な声で返事をしたアヤノに俺はもう何も言いたくなくなるが、そんな事を無視して口をまた開いた。白い息がすっと俺を横切る。

「誕生日、おめでとう」

言い切った。気恥ずかしさで冬なのに熱い顔。しかし達成感を感じて俺はホッと息をついた。アヤノは何も言わないが、それも気にならないくらいに。
しばらくして背中にぽすっと何かの衝撃。多分殴られたんだろう。今日は背中が狙われる日なのかもしれない。

「シンタロー喋っちゃダメ」
「はあ?」

突然の横暴な言葉に振り返る。
笑顔が言う。

「また泣いちゃう」

それも良いんじゃないかなんて、少し思った。
絶対言わねえけど。
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