38 | ナノ
セトシン

シンタローさんが、人魚になった。
原因不明、非現実的。それでも人魚になった。淡い色が徐々に肌色に伸びて所々に鱗を散りばめて人間の形を取っている。水中でゆらりと歪む。

「人魚って言うと人魚姫っすかね」
「あー、不幸物語な」
「否定できない嫌な言い回し止めて欲しいっす」
「否定できないんなら良いだろ」

声も失い泳げる尾も失い、代わりに手に入れたのは近付ける足だけ。その代わりも泡となって失った。
皮肉に笑って不幸物語と言うシンタローさんは、しかし楽しそうだった。

「なんで人魚になっちゃったんすかねえ」
「わかんねえよ」
「呪いとか?」
「あーあーじゃあキスで解けるなーって、馬鹿じゃねえの」

ぱしゃんっと尾で叩かれた水が跳ねて光ってまたぱらりと落ちる。波が出来てシンタローさんや周りの壁にたとんと当たって溶けた。
ぽたとシンタローさんの真っ黒な髪から水が落ちた。持ってきたタオルを頭に乗せればシンタローさんは拭くでも無くぼうっとした。ちか、と跳ね返された光がシンタローさんの横顔に当たった。

「解けねえかな」

希望だろう。もう疲れたと言う顔でぼろっと溢した言葉は水面を滴と一緒に叩いて落ちて消えた。
死にそうになってもううんざりなんだろうか。

「こんなんじゃネット環境に居着けん」
「ネット中毒っすね」
「うう、ネットぉ......」

どうやら的外れも良いとこだったらしい。手をかたかた細かく震わせてネットが求める姿は同情を誘うが同意は一ミリも動かない。そこまで熱中できるものがあるって事でもマシなのか。人間に戻りたい欲はきっちりある証拠だ。

「もうやだ渇かせば良いけどもうやだ怖いし喉からからになるし面倒」
「一番最後が大きな理由っすね」
「おーう......」

ぐったりとしたまま力無く返事をしたシンタローさんに乗せたタオルを持つ。なに、とこっちに顔を向けてきたシンタローさんの髪をタオルでわしゃわしゃと撫でた。わぶ、とか変な声が聞こえたが、気のせいだろう。構わずに髪の水分を吸い込ませ、次第に諦めたように力抜ける体。
ちかっと瞼に思い出されるだらりと横たわった体を忘れようと目を開く。

「シンタローさん、泡になってくれないっすかね」

きょとんとした顔が俺を見て、段々嫌そうな顔になっていく。ぎろりと睨んでくる目は俺の言葉を貫いて俺の目に突き刺さる。非難するように尾がぱしっと水面を叩いて水を飛ばした。

「叶わない恋に焦がれて自己犠牲で死ねと?周りから何も知らないお節介を焼かされ心臓に突き立て抉るナイフの感触を思って震えて結局自分は死ぬしかないと覚悟しろと?死んでもお断りだな」
「いやあそういう意味じゃないんすけどね」

つらつら並べられた言葉は反論も出来ない。結局はそういう事だ。しかしそういう意味じゃない。
じゃあなんだと言わんばかりの顔を隠すようにタオルを被せた。抵抗しないが射抜く目はしっかりと光っている。
遠回しに死ねと言われた気分なんだろう。

「もしシンタローさんがそんなに恋い焦がれて相手を思って死ぬくらいには好きになって、それが俺なら、俺相手なら」

そう、俺なら。

「ナイフでも何でも飲み込んで脚がなくても愛してあげるのに、って」

思ったんっす。
ぱしゃんとビニールプールの底に手をついた。タオルで暗い。ちゅ、と掠めるほどの軽さで離れれば、胸ぐらを捕まれて引っ張られた。支えの腕も肘を叩かれてがくんと落ちる。中に引き釣り込まれて浅い水に沈む。

「キスして魔法でも解いて見ろよ、バーカ」

声が水をしっかり揺らして俺の耳に入る。ぼんやりする視界に、シンタローさんが笑った気がして残念に思った。だから引き釣り込まれたんだろう。見えない。
空気を吐いてキスしてみる。苦しくて呼吸を求める肺に入ってくる空気は湿ってて笑えた。

「っ、はっ!しんどっ、肺いたっ......!」
「息吐くからだろ」
「邪魔だったんすよー、あー......」

水中から出て辛うじてプールに入ってなかった足ももう中に入れた。ぐっしょり濡れた服が重い。上だけ脱いで腰で括った。しかし濡れて括りにくかった。
男二人が入ったプールは水かさを増している。ビニールシートはぎりぎり水を床に落としていなかった。タオルで申し訳程度に吸い込ませるため置いておく。

「お前どうやって出んの」
「誰かにバスタオルと着替え持ってきてもらえるまで無理っすね」
「バイト途中で抜けてただろ。さっき後で行くって言ってなかったか」
「もう良いっすよ。明日連絡するっす」

まだ何か言おうとした口を手のひらで優しく塞ぐ。もごもごと何かを言ったようだったがため息ひとつ溢して口を閉じた。手を退ける。

「もう、良い......俺は知らん」
「それで良いっすよ」
「優しすぎんぞオージサマ」
「たまには甘やかされて欲しいもんすねお姫様」

さっくりと切り返せばぐうっと押し黙るシンタローさんの腕を引っ張った。背中を向けさせて腰に腕を回す。シンタローさんの背中がもたれ掛かってくる。腰に回した腕を一度ほどかせようと手を伸ばしてきたが、結局その腕を撫でるように上に置いてきただけだった。肩に額をつける。髪がくすぐったいと苦情が来たが、軽く謝って置いただけにした。

「俺の我が儘に拍車が掛かったって言われたらお前のせいだからな」
「シンタローさんを甘やかせた証拠っすか、それは光栄っすね」
「もう、やだ、こいつ......」
「心臓早くなったくせに、いった......!」

ばりっと容赦無く爪を立てられ引っ掛かれた。じろっと見てくる目元が赤い。じわりとうなじも同じ色で思わず笑いそうになった。ぎりぎり耐えたと思ったが、やっぱり少し笑ってたみたいで、不満そうにたし、と尾で足を蹴られてしまった。

「もう喋んな」
「はいはい」

むす、とした顔。もうバレてるようだからとくっくっと笑ったのが悪かったらしい。口を閉じろと言われてしまった。
仕方なく声を無くして赤いうなじをを見る。じりじりと太陽に焦がされたように赤い。そこに滑り落ちる水滴を舐め取ってみた。びくんと肩が跳ねて尾がばしゃりと水面に出た。

「っ、おい!」

浮いた骨をTシャツの上から噛んで、上に舐めれば爪が腕の皮膚に突き刺さった。いたい。片腕を解いて爪を立てる猫みたいな手を絡め取った。指の間を撫でたり親指の横を爪ですっと辿ると嫌がるように離そうとしていた手が耐えるみたいに俺の手を強く握ってきた。

「も、やめ......っ」
「もうちょっと」
「んっ」

耳の後ろに舌を這わせ、腰に回した手でTシャツを少し捲って鱗と肌の境をなぞった。それだけでびくびくとさっきより跳ねる肩。はっ、と浅く吐かれた息にぞわっと震えた。

「セトっ......!」
「......えろ」
「お前ホントに馬鹿っ......、いっ、ひ......っ」

首を振ってもう無理と伝えてくるシンタローさんにじりっとなにか焦がされた。首の後ろに吸い付いて、ついた跡をがりっと噛む。境を撫でて、手をなぶって。耐えるように震える肩が可愛い。

「盛んなっ」
「なんかシンタローさんエロイんすよ......」
「まったく嬉しくない言葉をどうも!お礼にまた沈めんぞ!」

いい加減にしろと手の甲に爪を立てられる。ある意味そっちのせいだと思うのだが。渋々服から手を抜いて肩に顎を乗せる。離されていない手はそのまま繋ぎ、シンタローさんのホッと安堵した息を聞いた。

「元に戻ったら存分に盛れ、蹴り上げてやるから」
「お言葉に甘えて全力で行かせて貰うっす」
「あ!やっぱりまだしばらくはこのままで良いな!うん!」

青ざめ引きつった顔がぎこちなく笑った。遠慮しなくて良いのにと笑えばもう嫌だと嘆かれた。

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