37 | ナノ
セトシン

さてどうしようか。
にかっと笑っている頬を引っ張りたくて堪らない。差し出された手は俺に腹を向け、催促していた。ぱた、と周りを飛んでいる蝶に苦く顔をしかめる。蝶化身なんてマイナーすぎるだろう。何をしたのか、セトの周りにちょろちょろ飛び回る。一匹に指を伸ばせば、警戒心を感じていない自然界に生きるものとしてどうなんだって無防備さで指に止まる。綺麗な羽根とは違い虫らしい胴体は女子にしたら気持ち悪いかもしれない。

「とりっくおあとりーと!」
「発音めちゃくちゃだぞ」
「日本人っすから!」

英語嫌いの典型的な言い訳を呆れの顔で返せば、まあ置いといていてと蝶の止まる手を掴まれた。ぐいっと近くなる顔。さっきまでの爽やかさははてさてどこに行ったのか、猫の毛皮を被るのが上手くて何よりだな。

「Trick or Treat」
「......お前、化け猫とかの方が似合うだろ」
「いやあ、それはカノっすよ」

それ絶対、猫っ毛と猫目で決めただろ、おい。
さてどうしたもんかなとポケットを探る。ポケットにある一個のカラフルなビニールに包まれた甘い石。さて、どうしたもんか。
まあ期待を裏切ってお約束をぶったぎるのも、また一興。セトの目の前で飴を手の中で弄べば、少し残念そうな顔で不満の声を飲み込んでいた。いつもは余裕で大人な年下の顔がこう年下らしくなると、俺も少しは甘やかしたく苛めたくなる。
じわ、と広がる小さな優越感。かわりに震えに変わって俺の肌を走った。

「残念そうだな」
「そりゃあ、ねえ......。上げて落とすなんて趣味悪いっすよ」
「そうか、じゃあもう一回上げてやろう」

はあ。気の抜けた、呆れた声。それを吐き出す口にビニールに包まれたままの飴を少し押し付けて、にっこり笑ってやる。

「まだやるとは言ってないぜ、お化けさん」

目を見開く顔が可愛らしい。見せつける飴を離して、そのビニールの体にキスを落とす。そしてそれを握り、もう片方の手も固く閉じた。そのまま両手を差し出す。セトの目の前で行われたそれは、しっかりとセトの目に届いて脳に繋がっているはずで。まあ言ってしまえばバレバレなのだ。どっちに飴があるのか。

「witch?」

外国のイベントらしく、英語で言ってみる。どっち。迷うようにゆらっと一瞬揺れた目が、俺を射抜くのが楽しくて面白くて愉快で。良い顔、と笑って言ってやりたい。しかしそれは堪えておく。別に欲を煽りたい訳じゃない。
しばらくの沈黙の末、セトが俺の片手の甲を撫でた。滑るようなそれがくすぐったい。
手を開く。その開いた手をセトが掬い取り、騎士のように唇を落としてきた。気障だな。選ばれなかった寂しい石っころは、まあ妹にでもくれてやろうかな。
中身空っぽの手に、さてどうするんだろうとセトを見た。

「お菓子、無いな」

くつ、と喉が鳴った。
セトはするりと目を細めて俺のtrickと発音良く声を出し、一回手を叩いた。途端にぱたぱたと床に落ちる蝶の死骸、あーあ可哀想に。壁に押されてシャツが持ち上げられ、すっと冷たい液が引かれる。びくりと体が跳ねた。
なにしてんだとセトを見たいが顎を掴まれ上を向かされている。こそばい。ようやく離れたセトを小さく睨めばにこりと笑われいなされる。この男はこういう所が年下らしく無くてムカつくのだが、それを言ったところで俺の子供っぽさが際立つだけだろうから口を閉じておく。
シャツを捲って線を見る。濃い黒い線が腹に伸びて駆け、文字を作っていた。瀬戸幸助。うん、叩き倒してやろうかこのくそ野郎。trickにしては随分濃くて消えない。水性か油性か、もちろん油性。
セトが楽しそうに手の中でペンを回して俺をくつりと笑って見た。

「俺の物って、事で」
「うざい」

からっと笑う声が憎たらしくて仕方ない。うざいうざいうざい。セトの顔に飴を投げれば難なく受け止めるのも気に食わない。さっきまでの優越感返せとセトに心中で文句を投げる。苛々脳に震えが伝わる。

「死ね」
「いやっすね、シンタローさん」

俺はお化けっすよなんて宣うセトの頭を叩く。
そのくそ詰まんない口から青い血でも吐き出せたら信じてやるよ。くそ。
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