カノマリとモモとキド
「......で、後ろからひた、ひた、って足音が」
午後を過ぎて梅雨の冷たさがスウと肌を撫でる時間、団員であるモモとマリーは暗い雰囲気を醸し出していた。
怪談。夏の風物詩であるそれは、梅雨の時期では少し早いのでは無いだろうかとカノは思う。
「その後ろから......」
「ひゃあああ...!」
しかしこれのお陰で役得でもあるとも思う。
モモがバッと手を挙げてマリーを驚かし、マリーは語っている側としては嬉しくなるだろうほど驚き怖がっている。現に、モモは口元ににやにやと笑みを浮かべ、マリーの様子を見ていた。
「あ、マリーちゃん、後ろ......」
「えっ?!」
意味深に後ろを指差して言葉を詰まらせるモモに、マリーは慌てふためいた。ゼンマイ仕掛けのオモチャのように、かたかたと震えて後ろを振り向くマリーの顔は真っ青だ。
「え、......、あ、なんだ、誰もいない......」
ホッと、心底安心したと言わんばかりのため息を付いて、マリーはぎゅうっとカノの腕にまたしがみつく。
カノが役得だと思った訳は、これだったりする。
楽しげに怪談を始めたモモに、怖がりなマリーが一人が耐えれる筈もなく、泣き出しそうな顔で偶然任務から帰ってきたカノへと頼み込んだのだ。
一緒に聞いて欲しいと。
ここで聞きたくないと言わない辺り、マリーにも怖いもの見たさと言う感情があるのだろう。二つ返事で承諾したカノに、マリーは安堵の息をついて「からかわないでね......」と不安げにちょっと拗ねたように言った。そして今。
「な、なにもいないのに、酷いよモモちゃん......!」
「えへへー、ごめんねー!マリーちゃんが余りにも怖がるからさ」
にへらーと笑うモモにマリーは小さく呻く。どうやら自覚はあったようだ。「だって、だって......」とぶつぶつ不満を呟いている。
「キサラギちゃん怪談上手いねー」
「スタッフさんに教えてもらった秘訣がありますから!」
えっへんと胸を張るモモに、カノはそれにしては口が笑っていたなあとマリーに未だしがみつかれながらも思って、口には出さないでおく。コレを言えばマリーが気付いて更に拗ねるだろうから。モモに恨まれるのだけはごめんである。
「うう、カノ〜......」
「うんうん怖いねえ」
「怖い......」
さっきより更に抱きついてきたマリーに、カノはニコニコと上機嫌で言葉を返す。その笑顔も俯いて弱ったマリーには見えていない。だが、目の前のモモにはバレバレだった。現に今カノの目の前でアイドルとしてどうなんだと言う、うわあ......、と言いそうな顔でモモはカノを見ている。
「うう、もういや......」
「おい」
「っ、きゃあああ!?」
恐怖で弱ったマリーは突然後ろから掛けられた声に思いっきり叫んだ。何もいないと安心していた手前、後ろからの突然の声に驚いたのだろう。
ぽかーんとマリーの後ろで肩を叩こうとしただろう手を行き場もなく挙げたまま驚くキド。モモもマリーの叫びには驚いたようで、キドと同じくぽかーんとしている。
えぐえぐと驚きと恐怖で本格的に泣き始めたマリーはカノの首にしがみついていた。困惑が場を支配する。
「......、どうしたら良い」
「うん、僕も分かんないかな」
マリーを宥める為にとりあえず背中を叩くカノは、呆然と呟かれたキドの疑問にサックリと答える。しかし内心一番焦っているのはカノなのだ。まさかこんな本格的に泣かれるとは思っていなかったカノは、不謹慎ながらも抱きつかれてドッドッと不整脈を刻む心臓に焦っていた。
「と、取り合えず、マリーは任せたぞカノ。キサラギ、兄貴さんが呼んでたぞ」
「え?」
「あ、じゃあちょっと......。カノさん任せました」
「ちょっと?!」
そそくさとマリーへの罪悪感に耐えられなくなり居なくなる二人に、カノは焦って声を掛けるが、任せたと親指を立てられるだけで二人は立ち止まろうとはせず、あっさりとドアをくぐっていった。
残されたのは泣いているマリーと呆然とドアを見るカノだけ。
「え、ええー......」
カノの困惑した声は存外部屋に響いた。