34 | ナノ
セトシン

手渡されたのは小さな紙袋。目の前で自身の容姿への自信を滲ませる女客がにこりと顔を歪ませる。それにいつもの笑顔を振りかざせば、彼女はあからさまに顔を喜色に染めて俺に聞いてもいない言葉をぽんぽん吐き出した。
実際の本音は気持ち悪い事この上無いが、しかしこれはこれだ。ゴミだろうがクズだろうが、使える時はしっかりあるものだ。


心臓一直線。一定のリズムを作っていながらたまに乱し、体の内側から皮を打つ。人間の真っ赤な体液は二種類に別れて循環。俺を生かす。
それがじりっと焦がされ煮られ舐める火を作った。ぎしっと奥歯が軋む音を立てるんじゃないかなんてバカを思うほどには噛み締める。
俺より硬くてデカイ手に似合わない色を見つける。微弱な光も取り込んで主張を繰り返し、周りの色を反射させる輪。シンプルなはずのそれが酷く悪趣味に俺を見た。
テーブルにマグカップを置いた手が離れる。その時わざとらしさを感じるくらいに光が俺の目を刺して心臓一直線に言葉を吐いた。鋭利なそれを回避するには歯を食い縛って黙って悲鳴も上げず声を噛み砕き喉をいっぱいに蓋をしてしまうしかない。
置かれたマグカップを持ち上げる。手を焼きそうな温度に袖を伸ばした。服越しの温かさに少し警戒の色を解いた。ふわりと香るココアの甘さ。白が混じって柔らかく温度と安堵を孕ませている。その温度を一口迎えた。喉を通って心臓の近くにぶわりと暖かさが広がった。

「どうっすか?」

傍を香るコーヒーの苦さを含みながらも惹かれる匂いが鼻を掠める。ひた、と首に凍るロープが息を詰まらせた。脳裏に咲くは銀の指輪。それが巻き付くようにセトの指に居るのが不愉快を煽る。
飲み込んだ冷たい息をココアと共に流す。吐く酸素は温かいのに、吸う息は色も感じない。

「うまい」
「そうっすか?」
「なんだよ」

まるでそれが嘘のように言われると、俺の言葉なのに殺してしまった気分になる。睨みと一緒に絡ませて返せば、セトは俺をしばらくジッと見た後、俺に手を伸ばしてきた。それに絡む一本の銀色を見ると苛立ちで払いたくなったが、そんな事をすればセトが俺に触らなくなるのは分かっている。

「しわ」

俺の目の下を親指が撫で、そして眉間をぐいぐいと解すように押される。しわ。感情は顔に出やすい。特に無表情をこびりつかせていた頃には考えられない量の表情を作ってしまった今では、それこそ隠すのは難しい。
手は顔から離れて腕を引く。来いと言う声を俺に響かせて、セトが笑う。マグカップが両手から取られ、テーブルに置かれた。ごと、と中身が波を作る音。俺たち以外誰もいないこの部屋でそれを拒否するのは難しく、案の定俺は答えを出すのを待たれずセトの腕に縛られた。
体温の差は俺に温もりを与え、ついその魅力に擦り寄ってしまう。暖かさが俺の抵抗をざくりと無くし、甘えさせる。

「なんで、機嫌悪いんすか」

鼓膜を叩く声が、俺の喉も叩いた。言葉を吐きたくて、それでもグッと堪えれば鳩尾の下が気持ち悪くなる。否定を表し首を振れば、喋って欲しいと言うように唇に指が這った。
ちかりと、ひかる。

「なにが、不満?」

その声がまるで誘うように心臓に触れて脳を撫でるから、口が開く。香る二つの匂いが口内に充満して喉に届いた瞬間、口が動いた。

「あ、」

がち、と銀を噛む。それを引けば、サイズが少し大きかったのかするりと抜けた。
奥歯で噛んで、噛んで、砕ければと。まさか金属に勝てるわけもなく、それは俺に満足感も何も与えない。悔しさを感じてセトの胸ぐらを掴んだ。引っ張れば傾く顔に、口に。がつっ、と歯が当たる。痛みを感じて離しそうになるのを耐えてセトの口に指輪を押し込んだ。かち、と歯と銀がぶつかる音が小さく喉に響く。

「左手薬指、心臓一直線」

唱えた言葉にセトが目を細める。
左手薬指から心臓に繋がる血管。ハートに繋がる赤い赤い、いっそ黒い糸。つまりはそれが結婚指輪の意味だ。一直線では無いらしいが、心臓に繋がる指だ。
セトが指輪を吐き出した。かつんと床に落ちる。跳ねたそれはどこかに転がり床に倒れた音で終わり。

「お前の心臓は俺のだろ」

どこぞの誰かになにを言われたのか知らないし分かりたくもないし、そんな奴の顔も声も俺の視界に聴覚に入ることもなく朽ちてくれれば最高だと思うくらいには興味はない。だけど心臓を縛れる指を縛るのは俺が許せない。
セトが目を見開いたが、しばらくしてから小さく喉で笑い始めた。くつくつ笑う声が次第に大きくなる。

「心臓よりも脳を欲しがって欲しいっすけどね、なるほど」

性格が悪い。
一頻り笑った後セトが俺の頬を撫でて額を噛んだ。歯が立てられ、少し痛さを残して去る口はまだ弧を描いていた。爽やかな笑顔なんてこいつのパッケージはばりばりに剥がされ破られ見えなかった部分が俺を射抜く。

「嫉妬でもさせたかったんすけどねえ」
「嫉妬だけど?所有欲から来る」
「空振ったこっちとしては切なくて堪んないっすね」

からりと笑う声がいけしゃあしゃあとざれ言を紡ぐ。からりからり。歪んだ顔。
顎を掴まれ唇が合わさる。そんな触れ合いだけで終わる訳もなく舌が歯列をなぞり俺を舌を引っ張り出し絡ませた。ぼうっとセトの目を見ていると、服の上から脇を撫でられる。

「嫉妬なんて所有欲からしか来ない」
「俺としてはアレを刺しに来てくれれば最高だったんすけどね」

心臓の辺りにキスをしてにやりと笑う顔。アレと指を指すのは銀色が転がった方。俺に警察のご厄介になれとあっさり言うセトの頬を撫でて俺の方を向かせた。

「今の俺は最高じゃないのか?」

顔が自然と笑みを作る。目を見開いて少し固まったセトの脳にキスをして、頬を撫で、首を降りる。その手が掴まれて手の甲を滑るように辿った指が指の間に絡んだ。

「最高っすよ」

熱が声に灯る。年下に良いように弄ばれているんだから、こんな可愛らしい仕返しぐらい良いだろう。

「それは良かった」

皮膚を突き破る。


乱雑な足音は苛立たしげに去っていった。殴られてやるのも面倒で、思わず振り上げられた手を掴んで捻ったのがダメだったようだ。
ぐるっと巻かれた絆創膏が左手薬指。茶色のテープは銀色よりずっと緩い拘束だ。その下にある今だ血を滲ませる傷の方が締め付けるほどキツい。
ゴミは役に立ったと言えば立った方だろう。自分の姿で自慰でもしたような手で触った指輪を口に入れたと思うと気持ち悪くて仕方無いが、口直しは十分できた。

「心臓、ね」

面白い人だ。
絆創膏の上から赤い指輪にキスをする。抉り取って心臓を渡したら皿に乗っけてナイフとフォークで食べてくれるんじゃないか。それはそれで幸せだろう。

「帰ったら俺も、心臓噛んでみるっすかね」

赤黒い味が心臓一直線に届きそうだ。
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