33 | ナノ
ヒビモモ

目の前のこの胃が痛くなるような、胸がどろどろした物で詰まりそうな光景は、なんだと言うんだろう。つい手を口に当ててしまいそうになるが、残念ながら慣れてしまった脳は普通にフォークを料理に突き立て口に運んだ。
オムライスにアイス乗っけて醤油かけて更にチョコかける人なんてこの目の前のアイドルらしく可愛らしい顔立ちではあるがアイドルにあるまじき常人なら一口で諦める味覚に美味を覚えているおばさん以外有り得ないだろう。辛さが足りないと一味をちろりと見て手を伸ばすこの人は本当に女子高生なのか。
周りにいた男どもはいつの間にかそそくさと口に手を当て退散している。しばらく物を食べれないかもしれない。ある意味自業自得だから同情はしないけどね。

「おばさん、さすがにそれ以上は怒るよ」
「え?」
「うん、取り合えず手に持ってるタバスコ置きなよ」

小首を傾げて何がと言わんばかりの目が憎たらしい。よく分からないという感じで置かれたタバスコ。一つの料理に使われるはずの無い量を使われた赤い瓶がホッと胸を撫で下ろした気がした。
さっきと違う意味で真っ赤なオムライスだったものを見る。もう原型としての味は無いんだろう。こんな女子高生に頼まれたばっかりに。
自分の前に置かれたパスタを一口食べる。真っ赤なオムライスだったものと対照的に、緑の野菜だらけのパスタ。お前は難を逃れたぞとつつく。

「ヒビヤくん、味薄くないの?」
「全然。おばさん、毎回言うけど皆が皆おばさんみたいに壊滅的で一度でもそれを理解した人は後戻り不可能な味を好むと思わない方が良いよ」
「そ、そこまで酷くないですー!」
「紅茶にコーヒーとサイダー混ぜてミルクと砂糖とソース大量に入れてケーキに掛けて食べる人がなに言ってるのおばさん」

メカクシ団アジトで行われた暴挙。シンタローさんは慣れたように見ていたが他の面々はそうは行かなかった。その時の反応を思い出したのかうぐうと言葉に詰まるおばさん。しばらく何かを言おうと言葉を探していたが結局見つからなかったようで、時間稼ぎか最早謎の物体Xと言ってゲームに居るようなモンスターに投げたら一発で即死させるようなオムライスだったものを一口食べた。

「あ、じゃあ食べてみない?美味しいよ、ヒビヤくん」
「言うと思った、絶対お断り!この世はゲームみたいにコンテニュー出来ないから!」
「ちょ、即死アイテムみたいに言わないでよ!」
「その通りだよ!即死アイテム(食)製造人間じゃん!」

がーんと分かりやすいショックの受け方をするおばさんを見てパスタを平らげた。それを見てしょぼしょぼとまた食べ始めるおばさん。
困ったことに、おばさんとこうやって外でご飯に付き合う人間は僕しかいない。と言うのも、おばさんのこの味覚破綻は主に外で活発になるようなのだ。外でしょっちゅう鉢合わせる僕は無理矢理連れてこられ耐性が付いたのだが、ケーキ事件で他の団員はこれは無理だと悟ったらしい。全体的に僕に回すようになってきた。シンタローさんは元から慣れてはいるが極度の外嫌い。宛にされる訳もなく。
こうして僕は無駄に耐性を付けておばさんの相手となったのだ。
しかもおばさんは能力制御が出来始めて外でやたらと食べたがる。それでも顔は良いから寄るは寄るは、男ども。街灯にふらっと寄ってくる虫のごとく。殺虫剤が僕じゃなく壊滅料理と言うのはかなり気にくわないが。

「ヒビヤくんのいじめっ子......」
「事実しか言ってないから。それにいじめっ子が嫌なら普通に食べれば良いじゃん。普通のも美味しいって思うんでしょ、皆それだったら普通についてきてくれるんじゃない?我慢すれば良いんだよ」
「それは、まあ、そうだけど......、うー......っ」

これ以上無い正論だろう。それでもそわそわ落ち着かないように視線をあっちこっち飛ばして唸るおばさん。言いたいけど言葉が見付からないのか、言いにくい事なのか。まあ後者なら僕の苛立ちはぐんっとメーターを降りきるだろう。そしてそれを狙ってばんばんおばさんに火を投げ付けて導火線に火を付けるんだろう。やってらんない。厄介な性格と恋心だ。何十年生きたと思っているんだか。

「なに、唸って。闘牛の牛みたいだよ」
「ヒビヤくん怒るよ」
「おばさんが怒ったところでおばさんが無駄に走り回って倒れるだけだよ」

ぎろりと睨んでくる目。ぎゅうっと眉間に寄ったシワ。スプーンを噛んだのかがちっと金属の音がした。
ちょうど良くウェイターが皿を下げにやってきた。丁寧に皿を持つウェイターに頭を下げる。こういうのは礼じゃなくてお疲れさまと言った意味を持つと母に言われた。まったくそうだ。
こんな変な客の相手、お疲れさま。

「口に出てるよヒビヤくん」
「わざとだよおばさん」
「もう、良いもん......」

からんと皿とスプーンが小さい音を立てた。いつの間にか無くなっていたオムライスだったもの。
おばさんが伝票を持って財布を出した。最近はお小遣いを増やして貰ったらしい。いつかケータイが一回沈黙したようで、どうにか増やして貰ったと聞いた。

「帰ったらシュークリームあるって」
「僕は和菓子の方が良いけど」
「シュークリームとあんこ......」
「おばさん、僕の言葉を何かに参考にしたらお金取るから」

先手を打つ。不満そうに声を上げられたが気にせずレジに進んだ。おばさんもすぐに来てさっさとお金を払う。早く、せめて高校生になればこうやってレジで何となく情けなく感じることも無くなるんだろうか。奢られるって結構情けない。

「なに変な顔してるの?」
「情けない気持ちをバネにパッと見て分かる成長を早くしようとしてるんだよ」
「......ふうん」
「分からないって顔に書いてるよおばさん」

ぎくりと肩を震わせたおばさん。まったく分かりやすい。ドアを潜れば夏の熱気に混じった小さな涼しさ。徐々に終わりを迎えている夏は、それでもちかちか眩しい。

「成長うんぬんは分かんないけど、私は今のままでも良いと思うなあ」
「なんで」

蝉の声はまだ空に届かせるように鳴いている。クーラーで冷えた体が温い温度を吸って、どんどん収まっていった。
おばさんがにこりと隣で笑う。夏よりずっとちかちかしている。

「だって私に我慢しろとは言うけど止めろとは言わないんだもん」
「......あんだけ楽しそうに食べてれば止めろって言う気も無くなるよ」
「まあ食べ方もあるけど、食べに行こって言っても、私が楽しいことは止めないでしょ?」

にへっと笑う顔はアイドルとしてどうなんだ。だらしないって言われるんじゃないか。だから、そうだ。そう。それは僕の前だけで良いって、思ってしまう。
ちかちか、ちかちか。

「だからそのままでも良いんじゃないかなー」
「それとこれとは別。情けないのは僕が僕に対してだから、絶対早く成長してやる」
「ヒビヤくんがおっきくなったら今は生意気で済んでるけど、ただの嫌な奴だよ......」
「おばさん覚悟しといてね、その言葉忘れないから」
「ええ?!」

くるくる変わる表情。それに口が緩む。この人と食事をするのが、ずっと僕であれば良いなんて思って笑う。きっと僕はずっとこの人の食事に何か言いながら付き合うんだ。そうなれば良い。

「じゃあせめて私の身長より小さく......」
「今決心した絶対抜かす」
「えっ、止めてよ!」

慌てるおばさんを見ながら、物好きであろうとも決心した。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -