30 | ナノ
カノセト

真っ白な天井、壁、床。置いてある家具まで。絵画は真っ白のまま。花も葉まで真っ白。
目が焼ける。
ソファから起き上がって周りを見る。はて、ここはどこか。答えなんて僕の中に在るわけ無く、また答えてくれる人もいない。
日本じゃ見ない海外ドラマでよくある豪邸の一室真っ白バージョンって感じの部屋をくるりと回る。可笑しな点は無く出口も無く。

「帰れないじゃないか」

ばたん。
ドアの閉まったような音に振り返る。はて、あんな所にあんな豪華な装飾のドアがあったか。近付いてドアノブに手を掛ける。がちっと拒否する金属の声に思わず苦く笑いそうになった。
そこでドアノブに掛かったタグに気付いた。取ると、結構分厚い紙に綺麗な筆記体でbackと書いてあった。従うように後ろを向く。
ぎょっとした。
高価そうな花瓶が床に落ちていっていた。やばいと思ったが、間に合わないと悟る。距離がある。思わず耳を塞いで目を閉じた。
塞いだ鼓膜に小さな破壊の叫びが届いた。ぱちりと視界を閉じる蓋を開けた。無惨に割れ、水と花を飛び散らせた花瓶が写る。目を反らすようにドアを見てドアノブを下ろす。がち。

「あれ、二枚......」

ぱらぱらとぶつかって揺れるタグが二枚。一枚は部屋と同じ真っ白なタグ。一枚はこんな部屋じゃ浮く真っ黒なタグ。
白い方にはさっきのback。黒い方には白い筆記体でflower。
花瓶の方を見て床に散った花を見る。緑色。近付いて水浸しの花の中で一本、茎も葉も通常の緑色をする白い花を取った。白いリボンが結ばれ、プレゼントのようになっている。
かちん。
鍵の開いた小さな音が聞こえた。
恐る恐る近付いて、ドアノブを下ろした。かちゃん、とあっさり開いたドアに、はあ、と安堵の息をついた。
安心して足を踏み出した途端、後ろでばたんとドアの閉まる音。あれ。振り返る。ついさっき、一瞬前に開けたドアが堂々と立っていた。前を見る。紫の長い廊下。

「なんなのこれ......」

呆れたように声を吐き出す。しん、とした空間を裂いた声は直ぐに広がり霧散した。
一歩踏み出す。ばたばたばたっと紫の壁が等間隔で剥がれ絵画を現した。ぽかんと驚きで固まる。
近くの絵画をちらりと見れば、なんと言うか、絵の具をぶちまけた感じの絵。黄色や紫、青に黒に灰色、白。ごちゃりと混じりあったその絵は抽象的すぎて芸術なんか分からない僕には価値なんて無いに等しい。どうせこの色ならビル並ぶ夜景でも描いていれば良い。
もう気にしないで置こうとそんな不気味な絵の具ごちゃごちゃ絵の前を通りすぎる。

「ん?」

不意に視界に掠めた絵に、数歩戻った。その絵だけ絵の具をごちゃごちゃさせた物じゃなかった。白い花。手に持った白い花を見る。そっくりだ。
その花の奥に、人影が合った。立っている。手前の花みたいな、真っ白なフードを被って。絵に、手を伸ばす。
幼いアイツだ。
がちゃ、とドアの開いた音にハッと我に返って先にあるドアの方を見た。紫の中で、緑が見える。ドアの隙間から覗いただけだったそれが、網膜に張り付いた。ばたん。
ドアが閉まった。僕は動けないままでそのドアを見詰めた。しばらくして、やっと歩き出す。足早に。ばんっ、と乱暴にドアを開けた。真っ黒。
は、と思った途端、どんっと背中を押された。不意打ちのそれに成す術もなく体がぐらり傾いた。足が床から離れて宙を蹴る。落ちる。
せめてと押した奴の服を掴んで思いっきり引っ張った。

「おお?」

が、聞こえてきたのは嬉しそうな声だった。いやそれより、聞き覚えがある。振り返って目を見開いた。

「せ、セト?」

緑のツナギ。にこにこ人懐っこそうな笑顔。ヘアピンをつけた髪。正しくセト。しかし、セトを呼んだときに疑問符をつけた理由を挙げれば、馬鹿らしいものがついていたのだ。頭に。
白いウサギの耳が。
ぞわぞわするような浮遊感を味わいながらからから笑うセトを見る。何も言えない。

「ようこそご主人」
「はあ?!何、ふざけてんの。てかなにその耳、似合ってないけど」
「紅茶かコーヒーどっちにするっスか?」

聞けよ。
ふざけているとしか思えないセトに顔をしかめながら紅茶と言う。了解と笑うセトにやっぱりふざけているのかと言いたくなる。こんな落ちている中、どこから紅茶が出てくるのか。

「うわっ!」

がくんと振動で声を上げる。下を見れば、チェックのつるりとした床のようなもの。ごうごうと耳の音は止み、僕は前を見て驚く。
ずらっと並んだお菓子やパンや。和菓子や何や。セトがポットを持って忘れてたと言わんばかりの声を上げた。

「カノ、紅茶か抹茶どれが良いっスか」
「え、こ、紅茶」
「そうっスか、あー良かった」

安心した声と一緒にカップに注がれる紅茶。はい、と渡されるカップを思わず貰ってどうしようかと頭を回転させた。
セトがテーブルの向こうに座る。向かい合った僕ら。
なんだこのお茶会。男二人とか。片方ウサミミとか。いたい。

「なにここ」
「しいて言うなら居心地抜群エレベーター」
「ああうん、そう......」

こんなエレベーター要らない。色々諦めてセトに適当に返事をした。もう理解するのは面倒だ。
湯気を上らせる紅茶を一口飲んで目の前のクッキーを口に放り込む。さくさくと甘さを噛んでバターの香りを飲み込む。
飲み込んだ途端セトがにこりと笑う。

「順応性高くて安心っス」
「それはどうも。で、これどこ行くの」
「言えないっス」
「じゃあ君はセトじゃないよね」
「勿論っス」

あっさり答えるセト、じゃなくてセトに似たウサミミ野郎にため息を噛み殺す。なんて心臓に悪い格好をチョイスしたんだか。
にこりにこり。セトはそんなに笑わない。

「俺は貴方が一番聞き役として望んでいる姿を借りたんっス」
「僕はセトになにを話すって?」
「恋心とかっスかね」
「そう、それは君に言っても意味がないね」

ざくっとパイにフォークを突き刺す。不愉快とは言わないが、浅ましいとは思う。段々分かってきたが、これは僕が望んだものなんだろう。望んでいないのもあるが、そこはご愛敬か。

「ね」
「なんっスか」
「好きって言ってみて」
「カノ好きっスよ」

ふむ、とパイを口に入れてウサミミ野郎の言葉を噛み締めて噛み砕いて飲み込んで、パイも飲み込む。気持ち悪い。気分が悪い。しかし満たされているのも本当で。多分犯そうと思えば簡単にこれは押し倒されてくれるんだろう。

「やっぱ、良いや。気持ち悪い」
「そりゃ本物じゃないっスから」
「まあ夢だもんね」
「気付いてくれて嬉しい限りっスね」

ウサミミ野郎の言葉が拍手と共に響く。祝福か、子供扱いか、馬鹿にしてるのか。まあ良いけども。
味がしっかりと舌に染み入るこれも夢。まあなんて出来の良い気持ち悪い夢だ。
ぶわっ周りを囲んでいた黒がばりばりと剥がれてビルの並ぶ夜景を下に、月を天井に張り付けた夜を現す。

「悪夢だね」
「お土産は」
「貰えるなら貰っておくよ」

ウサミミ野郎の言葉にへらり笑みを返す。手を振るウサミミ野郎に手を振り返し、丸いチェックの床から足を踏み出した。落ちる。
白い花からリボンがほどけて空に溶ける。花びらをぶつ、と千切る風。夜景が下で口を開ける。
体がばらっと崩れてきた。手を見れば、白い花びらが手から剥がれた。ぶわりと、白が舞う。

「やっぱり悪夢だ」

笑って目を閉じた。


ぱち、と瞼が眩しさに堪えきれず開いた。カーテンを開けて寝ていないはずだがと不思議に思いながら起き上がる。

「......う、うわー......」

顔がひきつった。
ベッドに散乱する白い大量の花びら。葉だけの茎に巻き付いたリボンを見つけて手に取る。
ざあっと窓から入ってきた風が花びらを巻き上げた。がちゃんと音がして、うわっと驚いた声が聞こえる。

「なんっスかこれ......」
「セトじゃん、おはよー」
「おはよう、って、これキドに見付かったらどうするんスか」
「僕は知らないって......」

疑わしいと視線を向けられたが、僕がやったことじゃあないのは本当だ。困ったように笑って見せれば、セトはあれっと顔をしながら大人しく信じた。

「なに、ご飯?」
「いやまだっスけど起こしてこいって」
「じゃあ起きようかな。朝から蹴られたくないし」

さてこの花びらどうしてくれよう。あんのウサミミ野郎、根性ひん曲がってるな。そんな非現実的なことと笑えれば良いが、僕がそれに少なからず関わっている身だ。疑いはしない。

「そういえば変な夢見たっスよ」
「へえ、どんな。てか手伝ってくれないこれ」
「嫌っスよ。なんかカノと俺みたいなのが話してたんス。俺にウサギの耳が生えてて気持ち悪か、何してんスかカノ」
「なんでもないから続きどうぞ」

思いっきりぶつけた足を押さえながら続きを促す。いやそんなまさかまさかそんなそんな根性ひん曲がってるけどさすがにプライバシーは尊重してくれるだろウサミミ野郎。いやあれが僕だって言うなら話は別だ。僕なら嬉々として......。ああ、しかしそれがもしそうだとしてもセトは夢だと思っているんだそうだそう。
残念なような安心したような気持ちでセトの言葉を待つが一向にセトは声を出さない。はて。

「セト?」
「な、なんでもないっス。キドにカノ起きたって言ってくるっス」
「ちょ、そんなの後でも出来るでしょ、続きは?」

突然切られた話にすがってみる。まさか最後まで聞いていたわけないだろうと願いが叶ってない。それは困る。すごく困る。セトのツナギの端を掴んで見るがこっちを一向に見ようとしない。頑なにこっちを見ない。じわっと赤いうなじが目に入った気がした。

「......〜っ!キド!カノが部屋すごいことにしてるっスよ!」
「うわっ、まっ、裏切り者なんてこと言うんだ!ちょっ、まっ!」

セトに何か声を掛ける前に開いたドアに向かって大声が発せられた。さあっと血の気が失せる。こんな惨状見せたらキドになんて言われるか。いや何の技を掛けられるか。
セトが僕の手から逃れて、代わりにキドの足音と恐ろしい僕を呼ぶ声。え、うそ、まって。緑の髪と入れ違いに出ていった緑のツナギに最後に裏切り者と叫んだ。
ばたんと閉じたドアが何故か終わりの合図に聞こえて。
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