23 | ナノ
カノマリ

ひっく。
喉がひきつったみたいな、思わず漏れた声。口に手を当てて次に備える。
ひっく。
準備も空しくタイミング合わずに声が出た。きゅう、と眉が寄る。ひっく、ひっく。鳩尾らへんが痛い。しゃっくりの度に肩が震える。

「しゃっくり」

ひっく。
声に答えるみたいに一つ溢れた。後ろを振り向けばにこにこと笑うカノ。毎月新しくなる雑誌を手にソファに座る私を見る。
見つかった。そう思ってぷいっと顔を反らす。ひっく。

「しゃっくりって鳩尾痛くならない?」
「ひっく、なる......」

こうやって話題を振られれば、答えざるを得ない。いくらカノでも、無視をする気は起きない。不思議だ。
カノが隣に座ってきた。ぐいっと体重を掛けられる。重い。私からもそうすれば、不意に重さが無くなり、くらっと体が傾いた。ぽて、とカノの膝に落ちる。ひっく。

「笑わないで......」
「笑ってないよ」

嘘つき。
くつくつ笑うカノを見上げる。引っ掛けられた悔しさと恥ずかしさでカノから目を反らす。
ひっく。治まらないしゃっくり。

「そういえばしゃっくりって百回すると死ぬんだよね」
「......、っく」

いや、まさか。そう思いながらも抑えたしゃっくりにカノがいっかーいと数え出した。一回目じゃないよ。
それでもちょっと怖い。嘘かもしれない。けど嘘じゃないかもしれない。百回なんて数えたことが無いから分からない。
ひっく。

「二回」
「止めてよ、数えないで」
「その前に止めれば良いじゃん」
「無理、ひっく、言わないでよぉ......」

自分で止めれるものならとっくに止めてる。それが出来ないから言っているのに、意地悪だ。
くすくす笑うカノ。どうにか止めようと息を止めてみる。ぷはっ、と苦しくなるくらい止めてみたが、止まらない。
ひっく。
四回。

「うう......」
「しゃっくり止めてあげようか?」
「要らないもん、ひっく」
「五回」

意地悪。意地悪。
しゃっくりする度数えられる。数字が増えるほど嘘なんだろうとは少し思っても、焦ってしまう。カノの顔から笑みは消えない。ひっく。

「止めれるの?」
「まあ、可能性は高いんじゃない?」
「うー......ひっく」
「十七回」

ぱら、と雑誌を捲りながら器用に私のしゃっくりを数える。そっと服の端を掴んで二、三度引っ張る。雑誌を置いて何?とわざとらしく聞いてくるカノに、言葉が詰まった。ひっく。ああもう。

「止めて、ほしい......」
「えー、どうしよっかなー」
「......ひっく」

勿体ぶるカノを睨む。からから笑いながら両手を上げて嘘だよと言うカノを、また睨んだ。ひっく。

「あ、」
「え?」

何かに気付いたように視線を外してドアの方を見たカノに釣られる。誰もいないドア。あれ?と首を傾げてドアを見ていれば、ぐいっと腕を引かれた。
ひっく。
しゃっくりが飲み込まれた。
目を閉じることを忘れるくらい、私はカノを見る。珍しく意地悪な笑みじゃない顔。目元が赤かった気がしたが、次の瞬間にはいつも通り。

「止まったでしょ」

私の腕を離してカノは立ち上がった。雑誌を持って、お礼は良いよーと笑う声。ぱたんと閉じたドアに、やっと意識が戻って。でも体は石にされたみたいに動かない。
ぽろ、と涙が渇いた目から出てきた。

「え、あ、あれ......え?」

口を押さえる。ぽろぽろ出る涙と熱くて熱くて堪らない顔。耳も首も熱が籠って。
悲しい訳じゃない、嬉しい訳でもない。怒ってもいない。ただ、びっくりした。

「くち、ひっついた......」

それがキスだって事が、がんがん頭に鳴り響いて、私はカノの居た場所に踞る。どういうつもりとか、ファーストキスだとか、意地悪とか、どんな顔して会えば良いとか。
でも不思議と嫌だと思わなかった。不思議と。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -