カノセト
もるすさまへ
どうにもこの男は酷い。なにが酷いって色々と。
「マリーは日に日に可愛くなっていくっスね」
「そうだね」
「もちろん昨日のマリーも一昨日のマリーも可愛いんスけどね」
「あーそー」
わざとなんじゃないか。そう思っても仕方ないほど口から溢れるのはマリーマリーマリー。森の奥で孤独に過ごしてきたお姫様のお話。マリーが可愛いマリーが愛しい恋しい。いい加減にしろよこの鈍感。
「セトってマリー大好きだねー......」
「当たり前っスよ!もう大好きで収まらないほどには......!」
マリーの姿を思い出しているのか目を閉じて悶えるセトにもう何も言えない。この野郎、人の気も知らないで。そう言えたらどんなに楽か。
マリー廃めと心中で毒づく。
「セト」
「なんスか?」
「えい」
油断してにこにこにこにこしているセトの肩に手を置き、力と体重を乗せて押した。油断していたセトはあっさりぽすんとソファに背中を打つ。
不思議そうな顔で、それでも笑みを絶やすことはない。
「セトは僕の事は、好き?」
「好きっスよ?」
「僕も好き」
当たり前だろうと答える声。うんそうだよね、好きだよね。幼馴染みとしてね。好きだよねー。
その質問と押し倒された事がどうにも分かってないセトは僕の名前を呼ぶ。
「じゃあマリーと僕どっちがす「マリーっス!!」
どちくしょう。
輝く笑顔は迷うこと無く僕を選ばない。ちくしょう。泣きそうだ。せめてもの救いはこの笑顔が物理的に僕に向いてるって事くらい。
脱力してセトに乗っかる。もう良いよ、もう。ぎゅうと抱き付けばマリーが良いなあって雰囲気が漂ってきた。死ね。
「カノ、抱き付かれるならマリーが良いっス......」
「お願い死んで」
「嫌っス。まだマリーの顔を堪能してないっス」
「マリー廃煩い黙れ」
しょん、と少し落ち込んだ雰囲気。
せめてセトが僕を「盗んで」くれたら、こんな事もないのに。いや、普通に断られそうだ、やっぱやだ。
僕の事好きになってくれないかな、と願いながら抱きつく。もう願うしか方法がない。
「カノ」
「なに」
「別に嫌いとは言ってないっスよ」
顔を上げれば、笑う顔と目が合う。くしゃ、と髪を両手でかき混ぜられる。にししと笑う顔が可愛い。なんでこんなのに惚れたのか。お前のために可愛い女の子を一体何人振ったと思っているんだか。
知らないだろうなあ。僕も知って欲しくないよ。
「セト、好きだよ」
「俺も好きっスよ。マリーは何千倍も好きっスけど!」
そういう意味じゃないよ。鈍感。マリー廃。くそ。悔しい。なんで今マリーの名前出すかな。
「そういう意味じゃないよ」
「うん?」
僕の言葉に首を傾げるセト。考えて。気づいて。
セトがふと僕と目を合わす。マリーしか見てない目が、僕を見る。好きだよ、すごく。そう思いながらセトを見る。
「あ」
意味ありげな、何かに気付いたような声にドキッとする。いや、いやいや、高望みはダメだよね。うん。
セトが僕をじっと見る。
あ、うん、やばい嫌な予感。
「ま、マリーはダメっスよ......?!」
「セトに期待とか一番しちゃダメだよね。違うよバカじゃないの」
かたかたと顔を真っ青に震えていたセトが僕の言葉であからさまにホッとした。警戒心まで取っ払う。
キスしても良いってことー?自棄になってきている。
「カノは難しいっスね」
「これ以上無く分かりやすい方だよ」
真剣な顔で僕に鈍感発言を飛び出させるセトに、もう好きなのを止めたくなった。まあ、それでも僕は止めれないんだから、どうしようもないんだけどさ。