19 | ナノ
シンカノ

気持ち悪いほどに顔に笑みを染み付かせ、その顔で人が良いように見せる。笑っていれば良いんでしょう、と言わんばかりのわざとらしさ。にっこり。ああヘドが出る。

「その顔気持ち悪い」

いい加減その顔に飽き飽きしてきた頃。二人っきりの留守番。ちょうど良いと思って言ってみた。二人だけだって言うのに、意味もなく笑っているその顔。
そんな顔が少し笑みを取っ払って俺を驚いたように見た。が、すぐににっこりと戻る。
残念、相変わらず気持ち悪い。

「癖だから」
「あーそー」

もう良いか。諦めよ。そう思ってその場から立った。
どこに行くのかと問う目にコンビニと告げてドアを出る。熱気がぶわりと体を叩くが、構わずさっさと足を進めた。あんな気持ち悪い笑顔よりこんな凶悪な太陽の方がマシで、そうヒキニートに感じさせるほどのもの。

珍しくしっかり歩いてきたお陰か、涼しい空気は思ったより早く俺を迎えた。しばらく雑誌コーナーで適当に捲り、飽きた所で飲み物を見る。目当てのやつを手に取り、レジに向かう。途中に合ったアイスを一個気紛れで取った。気だるそうなバイトがレジを打ち、商品を袋に詰める。今まで何十回と繰り返してきたであろう建前だけの挨拶をして俺を送った。
さあどうぞさあ歩け。そう言わんばかりの太陽と熱気。冷気を求めて俺は足を踏み出す。

「シンタローくん」

袋から出した俺の正妻飲料がぷしっと音を立てて俺に飲み干される準備を完了させるのに混じって聞こえた声にパッと振り向く。
気持ち悪い顔。顔に出ていたのか少し困ったように笑うそいつに、なんでここにいるのかと首を傾げた。

「暇でさぁ」
「こんな暑さに暇で挑むのか、マゾだな」
「やめてよ、恐ろしい」

何が。
腹を指差し、足を指差し、キドと笑う声。なるほど、毎日殴ら蹴られてるからな。もしマゾだったらあれ全部に興奮しないとってか。確かに恐ろしい事だ。
ペットボトルを傾け、口内に冷たく痛い程泡を出す液体を招き入れる。それを飲み込めばじわっと喉が痛くなり、息が詰まった。しばらくして息が通るようになる。ぷは、と息を吐いた。

「ホント美味しそうに飲むね。あ、パピコ」
「正妻だからな。金払うなら一本やる」「後妻がいるように聞こえるよ。ケチだなあ、払うけど」

払うのかよ。ばりっと袋を開いて一本取ったカノは、家に着いたらと付け加えた。これは払ってくれないフラグだ。ヒキニートの金をよくもまあ。
一回だけ睨んで歩き出す。それに当然のようについてくるカノを見た。気持ち悪い。いやもうホント、気持ち悪い顔。

「後妻はその他。一途だろ」
「端から聞いたら最低な言葉だ」
「何とでも」
「まあシンタローくんったらそんな人だったのね......!私にあんな事やそんなことしておいて!浮気者!」
「おいおい」

やたら感情込めて演技する声に呆れて頭を叩くぐらいしかできない。あいだっと間抜けな声に乾いた笑いを向けてやる。
まったく、端から聞いている奴がいなくて良かった。誰も居ない二人だけが歩く道。

「シンタローくんの乱暴者」
「パピコ返せ」
「もうありませーんっ」
「うぜー」

けらけら笑いながらゴミを袋に入れてくる。俺はアイスを出してカノにゴミ袋を押し付ける。カノは大人しく受け取ってわざとがっさがっさと音を立て始めた。うるせー。
ぶち、と口を切り取って、ゴミになった蓋をゴミ袋係に投げる。

「シンタローくんそれ好きなんだー」
「うまいからな」
「僕も、好きだよ」
「へえ」

横を歩くカノを見る。気持ち悪い顔は気持ち悪いまま。あーあとため息をつきそうになる思いでカノを見る。
視線に気付いたカノが俺を見て笑う。
にっこり。
手本みたいな笑顔。

「俺も好きだぞ」
「へえ」
「って」

興味無さげな声が小さく揺れた。
続く俺の言葉を待つカノににっこり笑ってやる。肩が一瞬震えた。

「言って欲しいなら、止めとけよそれ」

とん、と指でカノの目の下を叩く。息を飲んだ音が聞こえた。
立ち止まったカノを置いてさっさと歩く。アイスを今食べたのは失敗だった。うまいけど正妻飲料と甘さが混じって口が気持ち悪い。あいつの笑顔みたいだ。
その下の顔を見せれば望んでる言葉くらいやるのに、プライドなのかなんなのか。一瞬光る目に気付かないと思ったのか。バカだろ。
混ぜ込んで想いを告げられても気分が悪いだけだ。

「性格悪っ!」

後ろから聞こえてきた声に振り向けば、さっき立ち止まった場所から動かずにいるカノが見えた。更によくよく見れば顔が赤い。気がする。
まったく失礼な奴だ。

「根性無し」

親切に告白の手解きまでやってやったのに。

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