16 | ナノ
セトシン
あるみるさまへ

目の前にてんっと白い皿を支配している色様々な果物をどさっと乗せた、貧弱のようでいてしっかりそれを支える固い生地。タルト。
小さく添えられたフォークを手に取って、それを見た。眩しいほどにきらきらと光る果物。窮屈そうだと感じる満員電車を思い出すほどぎっしりと詰められていた。
食べないのかと視線を寄越してくる男にうーんと思いながらもフォークを突き立てる。さくりと良い音がした。
果物が落っこちそうでさっさと口に放り込む。ぷつっと歯が皮を破った音と共に甘酸っぱさが口にぶあっと広がった。ざくっと甘い生地を噛み砕いて飲み込む。
突然視界のはしに入った大きな手に口の端を拭われた。

「どうっスか」

美味しいと意味を込めて頷けば、伝わったのかセトはふわりと笑った。それに感じる居心地の悪い、心臓の奥をすっと撫でられたような気分に、もう一口切り離して甘さの終わらない口に放り込んだ。
ほろほろと崩れていくタルトを見ると自分の事をまるで小さな町を崩していく怪物のようだと思ってしまう。
口からくわえていたフォークが抜き取られた。無意識にフォークの先を見れば、その先はさくりとタルトに刺さった。
食べたかったのかとセトを見るが、セトのケーキは一口も減っていない。タルトが良かったのかと考えるが、先に選んだのはセトだった気がする。
何かを言おうとした口に何かが入ってきた。甘い。そして下に合った冷たいものが口から出た。
あ、と思った瞬間には唇が合わさる。
甘い。
がた、と間にあるテーブルが鳴る。
ぼうっと舌が入ってくるのを受け入れる。口の中でどんどん崩れていくタルト。ごく、とやっと全部を飲み込んでも離れない。味わうように動く舌。もう無理、と肩に手を置いて押す。離れた口から息を吸い込むが、また合わされた。吸った意味がない。

「ふ、......んぅ」

もう諦めて満足いってもらえるまでされるがままで居ようかとも思うが、息が苦しいと抵抗するのが本能だろう。溺れるときに懸命に水面に出ようとしている時と似ている。
もう一度肩を押すが、もう通じない。手を無理矢理絡まされ繋がれて、押さえられる。
背筋にぞわぞわと何かが滑る。指の間を撫でるように繋ぐ手が何かを煽る。くすぐったいような、ざわざわするような。堪らず強く目を閉じれば、やっとセトは離れた。
ふう、と息をつけば、体はくたりと力を抜いた。まだ残っているタルトを食べる気にもなれない。

「おいで」

伸ばされたセトの手をすがるように掴めば、ぐいっと引っ張られて腕の中に囲まれる。居心地良くしようと動けば、一度抱き抱えられて膝の上に座らされた。もうなんでも良いかと体を預けた。
撫でる手が一々際どい。脇腹やら太股やら。セクハラだと言うのも面倒だ。

「ヤらねえからな」
「そうっスか」
「......」

それでも撫でてくる手に呆れる。首にちゅうっと小さく吸い付かれて思わず肩が跳ねた。それにくすりと笑いを溢したセトの頭を軽く叩けば、セトは仕方無さそうに笑った。

「跡付けたろ」
「そんな嫌っスか」
「嫌じゃなくてからかわれるんだよ」

ぎゅうっとしかめた顔に手を置いて、至るところにキスをするセトに、ああもうと思いながら顔を反らした。あ、と不満そうに声を上げられるが知ったこっちゃない。

「シンタロー」

ふいっとそっぽを向いたままでいれば、いつも以上に優しい声が甘く呼び掛ける。この野郎。
甘やかすみたいに首や髪や肩や腕やと触られる。じわじわ。じわじわ。耐えられずに顔を戻せばセトは楽しそうに笑って俺を見る。
それでも触る手が止まらなくて、睨む。

「顔真っ赤」
「うるさい、止めろ」
「シンタロー」
「だっ、から......!」

耳元で呼ばれて変な声が出そうになる。じわじわ。じわじわ。ちょっとずつ流されていく。

「シンタロー」
「っ、セト......やめ」
「ね、シンタロー」

意図して出されているのか、甘い声にぞわぞわっと脳に走る。べったり張り付くみたいな声だったら俺だって抵抗出来たのに。
くいっと中に着たTシャツの襟を指で引っ張られて、慌てて胸元を掴む。けど中に入るでもなく首に指を軽く這わせて鎖骨を辿るだけ。
それだけ。
そのはずなのに、かた、と掴む指が震えた。じわじわ。じわじわ。確実に煽る。溶かすみたいに。

「かわい」

はく、と声が出たがるように口を開いた。漏れる声は無かったけど、でも確実にセトには聞こえたんだろう。
くすくす笑う声が耳を通って体に響く。
それから一瞬逃げるようにテーブルに残ったタルトを見て、あーあと小さく笑った。すぐにそんな余裕無くなったけど。
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