15 | ナノ
ヒビモモとコノハとシンタロー

ああもうやってらんない。
ぶっすーっと頬を膨らませて拗ねている精神小学生止まりのおばさんをちらりと見る。拗ね方が高校生とは思えないほど子供だ。頑としてコッチを見ない、分かりやすいほど顔をしかめる、ソファの上でクッションを抱えて座る。
僕でもしないよ、おばさん。
はあ、と気付かれないように小さくため息を吐く。おろおろと僕とおばさんを交互に見るコノハは疲れてきたのかかくりと危なげに頭を揺らしている。それを見て仕方ないなと立ち上がった。
キドさんに許しを貰ってタオルケットを持って戻る。こくこく頭を揺らしているコノハの肩を強めに叩いてソファに倒した。その上にタオルケットを被せる。
寝ぼけ眼でうろうろした視線も次第に瞼の裏に隠された。世話が焼ける。

「コノハさんには優しいんだね......」

声にパッと振り返れば、おばさんは僕を少し睨んだ後、すいっと視線を反らした。むすーっとした顔に呆れる。確かに僕も悪かったけど、たかが小学生の僕の言葉にそこまで本気で怒る高校生ってどうなの。
ふとさっきの言い合いを思い出す。

「おばさん僕の宿題も出来ないんじゃないの」
「おばさんって呼ぶなチビ!それぐらい出来るわよ!」
「小学生が高校生より低いのは当たり前でしょ。ま、おばさんの頭じゃね......」
「〜〜〜っ......!貸して!やる!」

まあ結果は散々。見事真っ赤な零点を出したおばさんに僕はよほど酷い顔をしたんだろう、涙目でぷるぷる震えた後もう一回!と叫んだ。

「いらない。自分でやった方がずっとマシ」
「ちょっと間違っただけだもん!」
「それせめて半分は取ってから言わないと説得力無いから」
「う、うう......っ」
「おばさんってホントにシンタローさんの妹な、......の......」

不意に見た顔がぎゅうっとしかめられる。本格的に泣きそうな顔にぎくりと体が固まり、ぱく、と何かを言うように口が開いた。
しばらく言葉に詰まっていると、不意に衝撃が走る。どんっと体を押され、ソファにぼふっと頭を打つ。痛みはないけど何をするんだとおばさんを見ると、おばさんが何かを迷うように口を開き、堪えるように閉じてから、言葉を吐き出した。

「ヒビヤくんの性格最悪非モテ野郎!ヒヨリちゃんに二度と顔見せないでって言われちゃえ!!」

どんな悪口だ。しかし想像してみるとダメージはすごい。精神攻撃なんて馬鹿なおばさんが出来るなんて思ってなかったから油断していた。
そんなショックを受ける僕を見もせず、ソファから僕を蹴落として陣取ったおばさんは、それからずっと拗ねている。
思い返せば僕も悪い。シンタローさんがその能力を良く思っていないことも、それのせいで何かしら合ったことも気付いていたのに。それを妹であるおばさんが気にしていたりするのも当たり前だろう。
まさかこんな所で遠回しに誰かを傷付けると思っていなかった。
さっきのおばさんの顔を思い出して小さな罪悪感が顔を出す。コノハもその場に一応居たのだ、気付いてるんだろう。

「おばさん」
「......」
「......っ、モモさん!」

ちろ、と視線がこっちに向けられる。それでも顔や体をこっちに向けないからその拗ねようは相当だ。
色々喉につっかえそうになるのを耐えながらどうにか口から声を出す。そうだ、これは声だ、言葉じゃない。そう言い聞かせながら。

「ご、めん......」

視線をつい反らしてしまう。おばさんがどんな顔をしているかは知らない。見えないし。それでも微かに何かを言おうとした欠片か、小さな声が聞こえた。意味を成さない欠片だったけど。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと小さな声が聞こえた。

「アイス、買ってきて......」

思わず顔を上げる。クッションに顔を埋めて言われた言葉に、窓を見る。お昼を過ぎたとは言え、まだ熱中症要注意な外だ。
けど、謝った手前嫌だとは言えない。

「......、なにが良いのさ」
「コンビニで一番高いの。種類があるなら抹茶かチョコ。あとあたりめ」

アイスだけじゃないのかよ、足元見やがって。
よっぽど嫌そうな顔だったのか、おばさんはクッションから目だけ見せて、僕の顔をジッと見てから、ふっと笑った。
いつもみたいな無理矢理作った笑顔じゃなくて、自然に。

「ふふ、嘘だよ......。二人で食べれるアイス買ってきて、はいお金」

呆けている僕の手にお金を握らせてよろしくねと言って立ち上がった。そして、いつの間にかふらっとアスファルトの上を歩いていた。自分の靴を見る。手に握ったお金が体温を吸って温い。

「さいあくだ」

ぽろっと口から何か溢れた。それは僕の耳に入ってさっきの映像を鮮明に思い出させた。
笑った顔が網膜に焼き付いた。つい目を擦るが、もちろん取れるわけない。

「もう、さいあく......」

思い出したようにばくっと心臓が鳴った。どくどくと血液が沸騰したように音を立てる。そのせいで顔に熱さが溜まる。

「ヒヨリヒヨリヒヨリヒヨリヒヨリ......」

大好きで堪らない子の名前を呟くが、その子を思い起こす度にさっきのおばさんの笑顔が鮮明に鮮やかになったようで、堪らず座り込んだ。
ぽんっと、肩を叩かれる。
不意打ちにも近い形で思わずうわあっと悲鳴を上げて立ち上がる。思いっきり振り向けば、そこにいたのは

「だ、大丈夫か、ヒビヤ......」
「シンタロー、さん......」
「座り込んでるから熱中症かと思ったけど、大丈夫そうだな......」

ホッとしたように頭を撫でてくるシンタローさんに少し落ち着く。お礼を言おうと目を合わせた瞬間、どうかしたかと言うように微笑まれる。
おばさんとシンタローさんは兄妹。実感した。
さっきのおばさんの笑顔を思い出して思わず叫んだ。

「違いますから!!」
「ひっ......?!な、なにが......あ、ヒビヤ?!」

困惑した声を聞きながら走る。違う違うと真っ赤なバツでおばさんの笑顔を掻き消す。
それでも蘇る色に、声に。

「違う!」

絶対認めてなるものか、僕は好きな子がいるんだから。
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