157 | ナノ
シンタローと蛇

 巻き付く冷えは手を掻い潜ってするすると逃げていく。早く行かなければならないという焦りに若干荒い手つきでまた掴もうとするが、それもまた躱される。躍起になればなるほどギリギリで躱される腹立たしさ。いよいよ服の中に入り込んで好き勝手に這われれば我慢の限界で。
「ああくそっ」
 悪態を吐き出すと同時にシンタローはばさっと着ていた服を脱いだ。シンタローの肌を這っていた蛇は突然の光に驚いたようにぼとりとフローリングの床に落ちた。赤いルビーのような目が不満そうにシンタローを見上げてくる。その目にシンタローはじとりと睨み返して時計を指す。
「急いでるっつってんだろうが、邪魔すると置いてくぞ」
 そんな少し焦りを含んだシンタローの言葉に、小さな蛇は知ったこっちゃないと言わんばかりにふいっと顔を背けた。その様子にシンタローはむかっと顔を引き攣らせるが、時間は本当に無い。脱いだ服を着直し、ばたばたと部屋の中を歩きまわる。その後ろに一々ついてくる蛇は、たまに踏まれそうになってシンタローにフシューっと文句を飛ばす。
 やっと慌ただしい準備が終わり、シンタローは慌てて蛇を引っ掴むように抱えて階段を降りた。その雑さも蛇は不満そうだったが、主人が本当に急いでいることを察して噛んだりはしない。
「どうする、巻き付くか鞄の中か」
 玄間の靴箱の上に蛇を置き、靴を履きながら問いかける。蛇はうーんと鞄とシンタローを見比べて悩んだ素振りを見せた後、すぐにシンタローの腕に巻き付いた。
「落ちんなよ」
 こくりと一度頷いた蛇は、そのまましっかりとシンタローの腕を締め付けない程度に巻き付き、冬眠中であるかのようにじっとし出した。蛇が簡単には振り落とされないことを確認し、シンタローは捲っていた袖を下ろして蛇を隠す。そしてようやく待ち合わせ場所に行くためドアを開け、外へと歩き出した。

 すべてのことに決着がつき、大団円とはいかなかった世界もゆるやかに時間を取り戻していった。その中で能力の乖離が起こったことは、大体シンタローの予想通りであったことだ。しかし予想を大きく離れた事態がそこにはおまけされていたのだが。
 能力は蛇であり、その蛇は女王に集うために外へと出されたものだ。女王はマリーがカゲロウデイズを受け継いだことによってこちらにいるまま。蛇たちは女王に引かれる蛇はマリーに新しく入ることも女王と離れてカゲロウデイズに帰ることもできなくなってしまった。
 そこで起こったことが、能力から蛇へと世界に自然に適応すること。つまり能力が乖離してこの世でいう蛇というものとして返されたわけだ。
 確かに何人かは能力が無くなる漠然とした不安を抱えていた。だがだからといって違う形で返却されるとは思っても見なかった展開だ。キドと貴音は隠すや覚めるに気絶しそうなほどパニックになったし、能力によって強いられた苦労を中々飲み込めず上手くいかない数人はいるしで、当初はかなり参ったものだ。
 シンタローは能力になにか苦労をさせられたことはないため、蛇というものに慣れる時間だけで済んだ。そのため何人か蛇との仲を取り持ったりなんとか蛇に慣れさせたり、むしろこっちが苦労だっただろう。そうして苦労と長い時間の末になんとか落ち着き、今じゃ各々の能力だった蛇とそれなりに仲も生活も良好である。
 だが蛇はそもそも女王に集まるもので、定期的に女王であるマリーと会わなければそわそわと落ち着かなくなり一匹で勝手に外に飛び出すため、定期的にマリーに会いに行くことが義務となっている。それならマリーが全て飼えばいいのではという提案も最初の頃出たが、蛇たちが揃って拒否して元主人から離れようとしなかった。そこまでされては悪い気はしないというのが人間。シンタローも当初は一々ビクついていたものだが、今ではかなり可愛いものだと思っている。
 シンタローはしみじみと一連の流れを思い返し、アジトへと入る。シンタローが成人となっても相変わらずアジトはアジト、メカクシ団はメカクシ団だ。誰かに子供っぽいとからかわれそうなことだが、懐かしくて羨ましいだろうと返せる自信がある程度には気持ちに余裕が出来ている。
 シンタローの腕から蛇がするりと解け、そのまま服の中を通って襟から顔を出す。きょろきょろと周りを見てから出てくるところがそっくりだと妹にからかわれたことは今だに釈然としていないことだ。
「シンタロー、いらっしゃい」
「悪い、遅くなった」
 マリーはシンタローの顔を見て迎え入れ、手元の本をテーブルに置いた。蛇がマリーへと素早く這って行き、頭をくいっと足に押し付ける。
「こんにちは」
 マリーは蛇をゆっくりと持ち上げ、膝において黒い鱗を撫でた。満足そうに目を細め、マリーの手に擦り寄った後、蛇はシンタローに向かって迎えに来いと言わんばかりに首を振る。そんな動作に腹立つが、シンタローは噛まれるのは御免だと大人しく迎えに行った。
「相変わらず、一番仲いいね」
「そうか?」
「うん」
 シンタローはマリーの言葉に蛇と顔を見合わせる。解せないという顔でもしていたのだろうか、蛇は差し出されたシンタローの手を尻尾で強く締め上げた。ぎちっと食い込まんばかりのそれに、ぎゃあっと叫び声。
「いたたたやめっ、ちょっと緩め……!」
「あわわっ、や、やめてあげて?シンタローは素直じゃないだけなんだって、カノが言ってたよっ」
「カノしばくっ」
 だからっほらっ、とマリーの訴えに渋々と尻尾を解き、蛇はそのままするするとシンタローの肩へと上った。今度は噛むからなと雄弁に語りかけてくる光る赤い目。この傍若無人とどこが似ているのだと、シンタローは妹の評価を今更詰った。
「くそ、エネに似てきやがって……」
 さあてなんのことかしら、と目を逸らすわざとらしい仕草までそっくりだ。シンタローの目の中にいてこういう性格になっているのだとしたら、嫌がらせの線が濃厚だ。蛇としてはシンタローを一番引っ張れる性格を選んだだけだが。
 ことことと二人のやりとりを見て肩を揺らしていたマリーは、ふと表情を曇らせてシンタローを伺う。
「明日、みんな揃うのに……シンタローは来ないんだよね」
「仕方ねえって、冴えるも来るんだろ?」
「そう、だけど」
 釈然としていないふくれっ面で、マリーは諦めきれずにぶつぶつと文句を言う。まだまだ子供のようなマリーの反応に、シンタローは仕方ないなと目を細めた。途方もないほど年上だが、それが似合うのだから微笑ましい。
「気が抜けているところに絞め殺されそうになるのはさすがにな……」
「カゴに入れちゃダメかな」
「た、楯山が後でやばいから、抑えろ」
 マリーのぼそりと呟いた不穏な言葉に、シンタローは庇いたくもない男を庇ってしまう。くにゃりと微かにうねった気がする髪は、気のせいにしておきたい。
「冴えるはオレが嫌いなんだし、な?」
 マリーがこうして自身のことで腹を立てたり考えてくれるのは純粋に嬉しい。だが、それで八つ当たりされるのは当のシンタローかケンジロウだ。幸いシンタローは周りのお陰でこれといった目立った被害はないが、ケンジロウはそうではない。今回もケンジロウが土下座せんばかりに、というかしてまで頼んできたのだ。何も出来ずに溜まったフラストレーションはケンジロウで発散されるというのは、さすがに少し同情しないでもない。
 マリーは今でも許せないらしく、冴えるを敵視し暇さえあれば耳栓をしてまで見張っている。そのためなにも画策できない、誑かすこともできないためにそこそこ大人しくはなっているのだが、やはり人間を基本見下し嘲っている性格。話すだけでもかなり疲労するので、シンタローも他の面々も説得は諦めている。ケンジロウだけは慣れていると遠い目で一応宥めることはするが、効果はない。
 シンタローとしては大きな被害が出る前にどうにかしてもらいたい。殺意が常に背中に突き刺さる時間は耐え難いものがある。
「冴えるが来なきゃいいのに……」
「嫌がらせに絶対来るだろ、あいつは」
「……石にしようかな」
「マリーさん、目が赤くなってますよ!」
 今度は気のせいではなく大きくうねった白い髪。前髪の間から赤く光っている目が覗いて、シンタローは蛇とともにばっと顔を背けた。とばっちりでかちんこちんにされては堪らない。
「とにかく、次は絶対来るからっ、なっ」
「絶対?本当に?」
「お、おう、本当に」
 赤色を急速に収めるマリーがバッと立ち上がってシンタローの顔を下から覗き込む。その勢いに思わずぎょっとするが、シンタローはこくりと頷いて近い距離に騒ぐ心臓を抑えた。今だ童貞歴更新中だ。
 マリーはそんなシンタローに気付かず、にこりと花が咲いたように笑う。
「絶対ねっ」
 すっと無邪気に差し出される小指。その指にきょとんとした後、シンタローはくっと釣られて笑う。
「約束な」
 結んだ小指にマリーは嬉しそうに目を細め、肩の蛇もシンタローを褒めるように頭を擦り寄せた。

 マリーが惜しんで引き止めるだけ引き止められたシンタローは、白く光る街頭だけの不気味な夜道を歩く。すっかり夕飯時で、どこの家もリビングに光が灯っている。
「なんか食いに行くか?」
 ついでだし、と暗いということで肩に乗ったままの蛇に問いかける。蛇はその言葉に待っていましたと言わんばかりにこくこくと頷き、尻尾でぺしぺしとシンタローの頬を叩いた。
「マック、ラーメン、寿司……焼き肉を一人では嫌だぞ」
 挙げられる候補に首を横にしか振らない蛇に、シンタローはじっとりと睨んだ。ええっと仰け反り、不満にもっと頬を叩く蛇。ええい鬱陶しいと尻尾を捕まえ、最初に挙げた候補に向かって駅前に歩き出す。
 普通の蛇とは違い人間が食べるものなら蛇はなんでも食べる。楽といえば楽だが、不味いものは絶対食べないし好き嫌いもあるため面倒ではある。そしてこの蛇、シンタローとは違い無類の肉好きだ。
「オレが肉そんな食えるわけねえだろ」
 そんなの知ったこっちゃないと蛇はシンタローに頭突きを食らわせた。特に威力はないが、ちょうどよく骨に当たると少し痛い。
「じゃあ誰か焼き肉行ける奴を今すぐ呼んでこいよっ」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
「お呼びじゃないです」
「えっ、酷い!」
 シンタローが蛇の頭を指で押さえつつ言えば、背後から聞き慣れたハイテンションな声。振り返らずとも分かる人物に、シンタローと蛇は攻防をやめてすたすたと歩き出した。
 しかしそれで諦めへこたれる人間ではない。どすっと後ろから体重をかけるように抱きつかれれば、立ち止まって転けないように全力で耐えるしかない。そのまま歩けるほど力はないのだ、悲しいことに。
「退けっカノ!重いっ」
「シンタロー君が焼き肉連れて行ってくれるならね〜。ついでに奢りだと尚良し!」
「ふっざけんなっ、お前に奢るくらいなら溝に捨てた方がマシだ……っ」
「え……それ結構傷付くんだけど……」
 ようやく体重をかけなくなったカノに、シンタローは膝を折って乱れた息を整えた。蛇がしゅーっと威嚇の声で鳴いている。
「お前なんなの……」
「え、さっき言ったじゃん。奢りじゃなくていいからさあ、焼き肉行こうよ」
「お前とだけは行きたくない場所に焼き肉はトップスリーに入る」
「そんなに嫌!?」
 ひどいひどいと騒ぐカノの袖から、するりと欺くが出てくる。欺くも話を聞いていたのか、カノに倣って体をぴょんぴょんさせて全身で訴えてくる。なぜか倍煩くなった気がしてシンタローはうんざりと肩を落とした。蛇も同じようにうんざりと首を振り、どうするかと主人を伺ってくる。蛇もこのコンビとの焼き肉は辟易するらしい。
 さてどうしたものかと蛇の頭を撫でながら考え出せば、不意に人の気配。
「あれ、なにしてるんすか?」
「これだ」
「これだね」
 へ?と首を傾げるセトの右にカノが、左にシンタローが素早く付く。そして二人同時にがしっとセトの腕を抱き、無理矢理歩かせる。
「うわっ、ちょ、ま、なんっ?」
「まあまあセトも焼き肉食べたいでしょ〜?」
「オレを助けると思って」
「焼き肉は確かに食べたいっすけどっ、この拉致はなんっすか!」
 それは気分。セトのつなぎのポケットから慌てて顔を出した盗むが現状を把握できずにわたわたし出す。シンタローが蛇に行けっと顎で指せば蛇は心得たと頷いてセトのポケットに入っていった。

 無理矢理拉致の形がよほどお気に召さなかったらしいセトは、シンタローの隣で頬を膨らませてメニューを見ている。こうなれば食ってやるという自棄だろう。焼き肉奉行とまではいかなくとも、世話やきなセトは肉を率先して焼いてくれる。それに三人ならばカノに集中砲火されることもない。
 蛇は盗むと欺くと一緒にセトが被っているフードの中でメニューを見ている。
「コノハ君は呼ばなくていいの?」
「あいつに食わせて割り勘にしてみろ、痛手を負うだけだぞ」
 オレは御免だとお冷を飲みながらシンタローが重く呟けば、コノハを呼ぼうとケータイを持っていたカノは大人しくポケットに仕舞った。懸命だとシンタローは大きく頷く。
「あ、すいません。牛タンとカルビとハラミ三人前、ベーコンとウインナー、上ミノの味噌だれとホルモン二人前」
「ご飯の大二つとロース三人前、地鶏二人前」
「お前らよく食うな……」
 初っ端からどんどん注文していく二人にシンタローはうわあと顔を引き攣らせた。最後まで付き合えずにシンタローは最期を見るかもしれない。あと生三つと二人が同時に注文して店員がぱたぱたと急ぎ足で奥へと引っ込んだ。熱されている目の前の網にフードの中でもわくわくしていることが分かる蛇たち。
「シンタロー君が食べないだけでしょ。ほっといたら平気で二食抜くんだって?」
「二食もっすか?大丈夫っすかシンタローさん」
「誰から聞い、いやいい。どうせモモだろ、くそ」
「ご名答〜」
 にやり、と口の端を吊り上げて人の苛立ちを煽るような言い方でカノは賞賛する。テーブルの下から蹴ってやろうかとシンタローがなんとなく足を伸ばせば、ごつっと鉄板につま先が当たった。
「実質一日一食っすか、よく保つっすね」
「家から基本でねえし、体力がいるってわけでもないからな」
「いやいや、それを加えてもよく保つよ。僕は無理」
「それでもガリだよな」
「本人の思いとは裏腹に」
「煩いよ季節外れのクリスマスカラーコンビ」
 気にしているらしく、カノはいつもよりテンションもトーンも低くシンタローとセトに言葉を返す。そこでちょうど頼んでいた生ビールがテーブルに届けられる。
「てか僕の話じゃなくてシンタロー君の食生活だよ」
「終わった終わった」
「キサラギちゃんになんとか出来ませんかねって相談された僕としては終わってないかな」
 チッと隠す気もなく舌打ちをすれば、セトはまあまあとのんびり隣から宥めてくる。舌打ちに蛇が少しだけセトのフードから顔を出し、素早く周りを見回して確認してからフードから出てきた。シンタローが慌てて手を伸ばせばそのまま巻き付いて袖の中へと帰ってくる。
「ほら、この子も心配しちゃったっすよ」
「いや、心配じゃなくて注意だな。オレが悪かったから絞めるな……っ」
「尻に敷かれてるね〜」
 ぎち、と本日二回目の絞め付けに指先がじんっと痺れた。血の流れが滞って、じりじりと冷たくなっていく。
「あ、牛タン来たっすよ」
 セトの言葉に途端に力が緩んだ。中二にありがちな、ぐおおオレの左手が、というポーズだったシンタローはハッと痛みから我に返って袖から顔を出してわくわくと牛タンを見つめている蛇の頭を指で加減して叩いた。こいういところはコノハに似ているし、痛みに訴えて出るところはキドやモモに似ている。本当にどこが似ているのかとシンタローはため息をついた。
「シンタローさんレモンいります?」
「いらね」
「あ、僕いるから頂戴」
「女子みたいな食べ方……」
「シンタロー君は本当に僕になんの恨みがあるの」
「胸に手を当てて考えろ」
 今だにアヤノやモモに欺いていたことを忘れたわけじゃないぞとシンタローは恨みを込めてカノを睨んだ。カノはわざとらしく口笛を吹きつつ牛タンを網に乗せはじめる。
「そういえばシンタロー君明日来ないんだよねっ」
「会話の切り替え方下手か」
「えっ、シンタローさん明日来ないんすか?」
 どんどん運ばれる肉をテーブルに隙なく置きながら、セトは残念そうに眉尻を下げた。
「父さんが泣きながら頼んだんだって?」
「冴えるが来るからな」
「げっ」
 セトが顔をしかめる。やはり殺され続けた記憶や恐怖はどうにもならないらしい。盗むがセトの反応におろおろと顔を出し過ぎて膝にぼとりと落ちた。幼少期のセトに似ているとカノとキドは言うが、しかし鈍臭い。何事もなかったかのように慣れた様子でセトは盗むを自然に拾ってフードにまた入れる。
「なんであんなのにシンタローさんが遠慮しないといけないんすか」
「あんなのって」
「余計なことしかしてこなかったんすから、十年くらい野山に放ればいいんすよ」
 セトは本当に嫌いなものには辛辣で激しくなる。無理矢理拉致してきた時より苛立たしそうにしていて、盗むも感化されて目を細めている。嬉しい事だが、いつもは爽やかで大抵のことは笑って流す人が舌打ちせんばかりに眉間にシワを寄せているのはシンタローとしては正直怖い。
「いや、その次はマリーと約束したし絶対行くから……」
「それだって二週間も後の話じゃないっすかっ」
「二週間くらいなら我慢しなよ、シンタロー君に会いたいのが自分だけと思わない。それに今は一緒に焼肉食べてるじゃん」
「それは、そうっすけど」
 むくれたセトは焼けた肉をシンタローの皿に何枚か放り込みつつがつがつと食べ始める。カノはやれやれと兄弟の拗ねっぷりに肩を竦めた。
「実はセトとか結構楽しみにしててさ。シンタロー君、仕事であんまり来なくなったし」
「勉強の邪魔だろ」
「そんなことないって、本当に。大学生なんて僕とキドくらいだし、セトはフリーターだし」
「そうっすよ!キドは勉強しっかりしてますし、カノの邪魔なんて全然していいっすよ!」
「僕だってしっかり勉強してるからねっ?」
 カノとセトがわいわいと口喧嘩を始めるのを眺めていれば、くんっと不意に袖が軽く引かれた。テーブルの下の膝の上で、蛇がシンタローを見上げている。その柔らかい喉を指で擦ってやれば、気持ちよさそうにもっとと強請ってきた。
「そうだな……」
 シンタローが小さく呟く。目元をほころばせ、口元を緩めて。蛇は細い舌でシンタローの指を舐めた。

 焼き肉の匂いが染み付いた服を洗濯機に放り込んで、シンタローはシャワーから上がった。蛇が肉を消化するためにテーブルの上でじっとしている。それを持ち上げて寝床に放り込めば、雑なやり方に対する不満の目が飛んできた。頭をぐりぐりと撫でてそれを隠し、シンタローはぼそりと蛇に囁く。
「次の土日のどっちか、アジト行くか」
 おや意外、と不満を忘れて見上げてくる目。蛇は寝床から抜けだし、抱えろとシンタローの足を叩く。
「なあ、お前は本当に、オレで良かったのか?」
 大人しく蛇を抱えて問いかければ、蛇はむっと目を吊り上げた。感情豊かな赤い目が、小さな怒りを宿している。
「アヤノを選んでも良かっただろ」
 蛇は更に怒ったようにべちべちとシンタローの手を叩いた。
 けれどシンタローはずっと、それこそあの夏を超えてからずっと、それだけを思ってきた。この言葉も何度も何度も蛇に投げかけた。
「悪い」
 シンタローが謝れば、蛇はふんっと顔をそっぽに向ける。シンタローが笑い混じりに謝罪を繰り返す。それがどんどん信用を下げていると気付いていない様子で。
 マリーに会い、二人に会い、会いたがっていると言われ、妹から心配され。
「かける」
 呼ばれた蛇は顔を上げ、泣きそうな顔に擦り寄った。
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