シンコノ、伸遥
ぼんやりと、ぐうらりと。それは溶けて消えるようなもので、記憶の残りカスみたいなもので、残滓であり人間であり。
遥はそんな自分を自覚しつつ目の前を見据えた。いつも柔和な笑顔を見せていた口を引き結び、真剣に目を細めて、握りこぶしを作って、ただ見ていた。
誰よりもそんなことは自覚している。自我さえもその記憶によってもたらされているのではと、蹲って叫びだしてしまいたくなる。
遥はただそんな不安定な足場で、シンタローを見ていた。
黒いパーカーにハサミを持って、首からおびただしい量の血液を流してベッドを染める、伸太郎だったもの。いつまでも光の刺さない眼差しに、うっすらと不気味に笑うのは夢でだけ。起きれば絶望の吐息を吐いて生きていく。
そんな伸太郎とはまるで違う、赤いジャージを身に纏って、悩みながら笑いながらからかわれながら生きているシンタロー。仲間の中で楽しげに楽しげに。
けれど、それを嬉しいとは遥はひとつも思えなかった。
「なんで死んだの」
遥はシンタローがここにいることが、イコール死という生の途絶えによるものだと知っている。シンタローは死んだと、紛れも無くそれが真実だとこの現状が何よりもの証拠だ。
何度も何度も繰り返し、何度も何度もまた死に、何度も何度も何度も何度も。
「なんで死んだの、シンタロー」
繰り返せば、言葉はその分重くなる。
「なんで捨てたの」
いつだって羨ましかった。聡明な頭もすごいと思ったが、何よりも遥が望む健康体を持っていることが。健康で、病気もなくて、走り回れて。だと言うのに、それを食い潰すように何もしない。羨ましくて羨ましくて、欲しいと願っても届かないもので。
「死んで、自己満足で」
ハサミなんて、刃物なんて、そんな下らないものでそれを台無しにして。病気なんて抗いようのないものじゃなくて、自殺だなんて、自らなんて。
「じゃあ僕に頂戴よ」
遥がひたすら願ったその体を、その普通を。どうして、どうして。唇が切れそうなほど噛み、慣れない舌打ちしたくなる。
「それ、僕に頂戴よ。僕に生きさせてよ、僕に時間を頂戴よ」
足りないと、寝る時間さえ恐れたこともあるのに。足りないと、走れもしない体に歯痒さを何度も覚えたのに。サンタにも織姫にも誕生日にも、すべての願い事を費やしたのに。
「なんで僕じゃないの……っ」
シンタローはふと隣を見て笑う。その笑顔の種類が違うことなど、遥にしか分からないだろう。それを向けられて、その顔を好きになったのに。
「なんで君のとなりに僕はいないのさ!」
シンタローはコノハに笑いかけた。遥を見ない。シンタローの中に遥はいない。
コノハは遥だが遥ではない。羨ましい、羨ましい。何よりも、シンタローよりも、コノハが。
「僕、が……ほしいの、は」
シンタローが生きて、シンタローが死ななくて、シンタローが、忘れないでいてくれれば。
「ちょうだい、よぉ」
そこにあった、遥に与えられたはずのものが。