145 | ナノ
セトシン、ファンタジーパロ
腐敗。

 ふと鼻についた臭いに、シンタローはくっと眉根を寄せた。
 暑いほどではない、穏やかな気候。木々の間から零れる日差しは眩しいが、辟易するものでもない。歩き通しでさすがに疲れがあるが、比較的すごしやすい日だ。
 けれど、とシンタローは隣を見た。生きている気配というものがないせいで突然隣に現れたような心地にさせられる。シンタローの視線に屈託のない笑みを返し、どうかしましたかと尋ねてくる顔は真っ白で血の気というものが無い。呼吸の動きもなく、整っている顔ながら存在感が異常に薄い。
 そして微かに臭う。
「お前、怪我してるだろ」
「え、そうなんすか?」
 ああまただとシンタローはこめかみに手をやった。
 セトが死んだのは一年も前のこと。当時レベルが三十だったシンタローは蘇生術が使えず、リビングデッドの術をセトに施した。蘇生術はレベル五十で手に入るからと、現在までレベル上げの旅を続けているわけだが。
「診せろ、脱げっ」
「こんなダンジョンで嫌っすよ」
「じゃあ怪我すんなよ、怪我した分だけ腐敗が早くなるってオレ言ってるよなっ」
 三日に一度は腐敗を止める術を施せばいいのだが、それでは収まらないのがセトだ。前線で近距離タイプのセトに無傷でいろというのは無茶な要求だが、しかし何度も何度も魔力を吸い取られる身にもなってみろとシンタローは言いたい。
 魔力消費を抑える補助アイテムや魔力回復の薬は必需品で、荷物のほとんどはそれだ。セトは食事は必要としないので食料はシンタロー一人分だが、それを軽く上回る薬の数。魔力を使わないようにと思考を凝らして自ら作り出した魔法補助の薬もある。
 別段シンタローは魔力が少ないわけじゃない。現レベルを見れば周りより多い方だろう。逆に体力は周りより低いが、それは見ないことにして。
「とにかく、前線に出すぎるな。オレだってちょっとは……」
「でも、シンタローさんレベル低いじゃないっすか」
「うっぐ」
 言いにくいことをばっさりと。シンタローの憎々しげな視線には気付かずにセトは見える範囲で傷を探す。
 リビングデッドはレベル凍結が付属されているはずなのだが、どうやら手違いで大まかな感覚がレベル凍結の代わりに取っ払われてしまっているらしい。だから怪我をしてもあまり痛くない。そのため気付かれない傷が多く、いつの間にか腐敗が進んでいることが多々ある。
「これは体質なのっ、好きでこんな体質じゃねえっ」
「でも一年で三レベルしか上がらないのは……あ、傷」
「だからもっと経験値欲しいのにお前が前線であらかた狩り尽くすからでなあ!診せろ!」
 セトが指す腰辺りのざっくりと肉が見える深い切り傷を手早く治す。
 僧侶ではないが厄介な体質を補うために現レベルで使える魔法を全て習得している。だが最近やけに回復系が得意になっているのは気のせいではない。
「シンタローさん体力低いから心配で、つい」
「お前がレベル上がってどうすんだよ。オレだよ、オレのレベル上げだよ」
「いやあ、長い付き合いになりそうっすね!」
「楽しそうに言うなっ」
 セトのレベルは七十。それに合わせて依頼は割り振られるため、レベル三十三のシンタローは戦闘面ではまるで役に立たない。精々回復魔法と弱点をついてこそこそ削る程度。
 セトの言う通り、長い付き合いになりそうで。
「大体、仲間探しはどうしたんだよ。はぐれたんだろ」
「そうなんすけど、まあ大丈夫かと」
「いやお前が大丈夫じゃないよね。ゾンビだけど」
「生きてりゃ色々あるもんっすよっ」
「ありすぎ!死んでるから、中途半端に生き返ってるから!」
 朗らかに大丈夫と繰り返すセト。顔色は悪いのに、どうも死んでいるように見えないのは表情のおかげか。
 そもそもセトがこうなっているのは、セトがシンタローを庇ったことにある。
 売るための魔法補助の薬のため、妹と自称妖精とで薬草を取りにきたシンタローだったが、その妹がわんさか魔物やら獣やらを引きつけてしまい、挙句その二人と離れ離れになり魔物やらに追われていたシンタローをセトが助けたせいだった。
 さすがに数が多く、当時セトもシンタローより多少上程度のレベル。その上シンタローはシンタローで魔力を使い果たし補助もなにもなく、けれど見ず知らずの人間のために奮闘してくださった賜物で。
 他の人間に蘇生を頼みたくとも魔力を極限まで抑え多くの補助に頼る独特の魔法スタイルが災いし、シンタローにしか術の上書きが状態。
 そのためシンタローとしては罪悪感やらお礼やらでいち早くセトを蘇生したいのだが、この有様。セトもセトで一年旅して情でも湧いたのか、やけにシンタローを心配する。
 捗らないレベル上げ、手に入らない蘇生術。
 そのせいで拠点にしている街ではネクロマンサーと密かに囁かれていたりする。水分補給は人一倍、体が腐らないように腐敗防止魔法、睡眠を自動で取れないが体にガタが来るため毎日睡眠魔法、食事を取らないが栄養失調にならないように薬を作る。こんなにメンテに力を入れるネクロマンサーなぞ聞いたことがない。
「気にしないでゆっくりでいいっすよ」
「悪い」
「大丈夫っすから」
 気遣わしげに触れてくる手は冷たく、汗をひとつもかいていない。やっぱり早くしてやらないとな、と決意を新たに、シンタローはまた謝った。
「これが終わったら一旦街に戻りますか」
「そうだな、モモも帰ってきたかもだしな」
「シンタローさんの妹っすよね」
「ああ、新規のギルドに入れてもらえたからってそっちに入り浸ってる。勝手にオレも登録しやがって」
 はぐれてから数日後、エネとけろっと帰ってきたと思えばはしゃぎながらそんなことを告げられた兄の心情は筆舌に尽くし難い。一時間は本気で叱った。
 ゼットさんとやらをそのギルドの仲間は捜しているようで、聞いたら教えてくれと言われたが。さて、あれはどうなったんだか。
 しかしシンタローとしてはそんな得体の知れないギルドよりセトの蘇生が一番重要なわけで、レベル上げの旅で一度として挨拶に行っていないのが現状。面倒だがそろそろ一度は行かねばと渋くなった。知らない人間が多くいる、それだけで心が折れそうで堪らない。
「なんてギルドでしたっけ」
「モモが言うにはメカメカ団らしい」
「機械っぽいっすね」
「変な名前だよな」
 名前が更にとっつきにくさを醸し出している。
 セトがうーんと少し考え込み、小さく気のせいっすかねと呟いた。それにシンタローはどうかしたかと尋ねたがいえいえと首を振られて流れる。
「一度行くか……」
「ギルドは入っといた方が何かと便利っすからね」
「便利なあ」
 不便の方が多くないかとシンタローは首を捻る。ノルマがあるだろうし、不和をもたらさないために人付き合いが必要。世話になっていた商人ギルドは争いが絶えなかった。
「ギルドに入っていると同行者のレベルに依頼を合わせる必要ないって知ってるっすか」
「え」
「あ、やっぱり。やけにシンタローさんにはレベル高いからチャレンジャーだなって最初は思ってたんすけど」
「言えよ!」
「普通知ってるもんっすよー」
 確かに早く経験値をためてレベルを上げたいとは思っていたが、そこまで無茶して死に急いではいない。出てきそうになる不満を洗いざらい叩きつけたいと思うが、セトの反応から見るにシンタローのあまりの人付き合いの悪さ及び外に出ないことが原因。情報不足で止まらない世間知らずさ。
 常にびくびく構えている必要はなかった。そう考えると足から力が抜けてその場にへたり込みそうになる。もちろん出口付近とはいえダンジョンの中、さすがに出来ない。
 その代わりにもうやだと口に出た弱音に、セトはまあまあと宥めるように背中を撫で、シンタローはいよいよがくりと肩を落とした。

 目の前で言い争う兄妹。初めて見たシンタローの妹に、セトはどうしたものかなと頬を掻く。
「お前もっと先に言えよ、なんだよメカメカ団ってっ」
「い、言ってないっ。たぶんそんな変な名前言ってない!」
「ほお、バカのお前がっ実家の住所も言えないお前が、オレの記憶力を疑うと?」
「ぜ、ゼットさんとは絶対言ってない!あっても近いセットさん!」
「どっちにしろ間違えてんだろ!なにが近いだこのバカ!」
 シンタローの家に着いた途端待ち構えていたエネが大きなサイレンでモモを呼び出し、ギルドがメカクシ団でセトの仲間がいること、その仲間がセトを捜していること、そしてシンタローのネクロマンサーの噂を悪いように捉えた仲間が危うくシンタローを狙っていたことを洗いざらい説明した。
 その説明に三時間辛抱強く聞いていたシンタローをセトは純粋に尊敬する。モモの説明はあっちこっちに脱線しまくり、それを戻すエネと逐一分かりやすくまとめてセトに説明し直すシンタローに分かれていた。慣れているなあと思わず感心したほどだ。
 そうして説明し終わったモモはシンタローに怒られていた。シンタローが狙われている辺りで問答無用でモモが殴られたせいだ。最初は萎縮していたモモもそこまですることないだろうと喧嘩に発展し、現在まで続いている。エネは最早関与する気はないようで、ふよふよとセトの肩で寛いでいた。
 しかしそろそろ夕方、気が引けるが止めないととセトはシンタローの両肩に手を置いて自分の方へ引く。うわ、とセトの胸に倒れたシンタローの顔を見下ろし、すいませんと一言先に謝る。
「もう夕方なんで、とりあえず行きませんか」
「あ、わり。お前もそいつらに会いたいよな、遅くなったけど行くか」
「あ、うう、すいませんセトさん……」
 しょんぼりと落ち込んでいるモモはシンタローと似ている。それにどこか微笑ましく感じて大丈夫と首を振って案内するよう促した。
 まさかこの街を拠点としていたとは知らなかった。候補には入っていた気がするが、まさかそこから繋がるわけもない。
 慣れたようにすいすい入り組んだ路地を入っていくモモの背中。エネがその後からはぐれないようにシンタローとセトの歩調に合わせて進んでくれる。
 そこそこ歩いた辺りでモモが一層狭い建物と建物の間の道に入り、ここだよーと元気よく呼びかけた。遠いとも近いとも言い難い距離はシンタローの体力にさほど影響を与えなかったらしい。汗もかかずにいる隣を見て少し安心する。
「てかここ何ギルド」
「冒険と傭兵の間ですかね。基本依頼はなんでも受けてますよ」
「密偵とかお手伝いとか、依頼があったらやるっすね」
「本当に何ギルドだよ」
 シンタローの呆れはセトも分からなくもない。しかしそこが気に入っている。どこかで必ず役に立つという安心感があるのかもしれない。
 モモに追いつけばそこはまさに秘密基地といったような場所で、なるほどなあとかっこつけの幼なじみをセトはしみじみと感じた。
「団長さん、お兄ちゃん連れてきましたー」
「おかえりキサラギ。そして、あー」
「如月シンタロー、です……」
「ただいま、キド」
 手を上げて帰ってきた挨拶をすれば、キドはシンタローとセトを交互に複雑そうに見てから苦笑で迎え入れてくれた。
「とりあえず、中で話すか」
 シンタローが途端に居心地悪そうにセトの後ろについたのは、セトしか気付かなかっただろう。

 やっと落ち着いてセトとシンタローはキドとカノに向かい合ってソファに座っていた。先ほどまでセトの帰宅を嬉しがる雰囲気で、とても割って入れるものではなく、場違いに軽く死にたくなるほど。
 だが今は今でどことなく漂う緊張感がお茶の味を分からなくさせている。どんどん降り積もる罪悪感に、もはや吐きそうだとシンタローは参った。死んでいるセトに負けず劣らずの顔色だとの自覚がある。
「粗方の話は分かったよ」
 シンタローがつっかえつっかえ説明し、セトもそれに付け加えたりとで話した後の耐えきれない沈黙はカノによって切り伏せられた。しかしそれで安心は出来ない。むしろ疚しいことはないのにシンタローの肩は震えた。
「自我はある、記憶もある。間違いなくセトだ」
「ネクロマンサーになった覚えはない……」
「いやいや、傍目からはそうとしか見えないよ」
 アンデッドは未練や呪いで死体が動く、そしてリビングデッドは術によって死体のまま生き返ったものだ。もちろん生き返らせる時間が遅ければ遅いほど、脳は死んで記憶も自我も消え失せる。そんな死体を使うのがネクロマンサーであり、死んで三十秒も経ってない内に生き返らせた死体を使うわけはない。
 そもそもネクロマンサーは死体を武器としているので、レベル凍結を施せなければ経験値を根こそぎ死体に奪われる。レベル凍結など完全に外れているセトを使う道理はないのだ。
「シンタロー、レベルはいくつだ」
「三十三」
「ん、一年レベル上げの旅立ったんじゃ?」
「うっ……!」
「あっ、言ってませんでしたね、団長さん。お兄ちゃんはレベルがいっじょうに上がりにくい体質なんですよ」
 途端に向けられる視線に困惑混じりの同情のようなものが含まれた。居た堪れない、非常に居た堪れない。
 ちょうど立ち上がって帰ると宣言しようとしたシンタローの肩をセトは押さえる。
「大層聡明でもうびっくりするほどの魔力を持つご主人なんですが、神は二物を与えずというわけですね。顔の気持ち悪さとその体質、そしてコミュ障と引きこもりに体力の無さなど、欠点だらけで……ああ、おいたわしいっ」
「お、おう、そうか……疑ってすまん」
「シンタローさん杖仕舞ってください、ダメっす、辛抱」
 エネの言葉を信じたキドの憐憫の声。エネを撃ち落とすために出した杖はセトに押し留められ、やり場のない怒りにシンタローの目には涙すら浮かぶ。カノが腹立たしいほど爆笑し、話について行けていないマリーが唯一の救いだ。
 全部あっているのが無性に腹立たしい。言わなくてもいいだろうということまでべらべらと軽い口は喋ってしまう。そのまま軽くなりすぎて飛んで行ってしまえ。
「はー、笑った……。話を戻すとセトの蘇生まであと十七ってことだよね。シンタローくん、一年で平均何レベル?」
「四から六。セトに合わせての依頼ばっかだったから、倒せる敵も限られてたし」
 セトとの旅でのレベルとあまり変わらないが、セトのレベルに合わせた敵だったためだ。倒せる数は限られても、一匹で貰える経験値が違う。
「となると、大体五レベルと考えると三年と半年か」
 カノの言葉にシンタローはぐさりとなにかが刺さった。よく考えればセトは花盛りの年頃、リビングデッドでなければ依頼で引っ張りだこになってもおかしくない逸材だ。その年を、あと三年と半年もシンタローのせいで縛られる。
「うーん、でもセトとほとんど一緒じゃないとなんだよね」
「シンタローさんの魔力食って生きてるようなもんっすから」
「死んでるけどね。ああでも、じゃあセト主体の戦闘か」
 これでも足りないかと呟いた声に、途方もない罪悪感にゾッとした。
 シンタローのレベルに依頼を合わせても、セトはシンタローがいないといけない。ならばシンタローにセトはついてくるとなると、前衛のセト主体の戦闘となる。そうなればこの一年と同じ、いやむしろ更に遅々としたものとなるだろう。
 セトに万が一なにかあれば、対処できるのはシンタローだけだ。マリーは僧侶らしいがレベルがシンタローより圧倒的に低い上に基本は薬品調合らしい。となれば、セトを置いていくことは出来ない。
 しかもシンタローが死ねば必然的にセトは蘇生されずに腐っていくしかないのだ。もはやそれは死と一緒、むしろ腐り落ちなければ死ねないのだからもっとたちが悪いと言える。
「え、あ……いや、もしかしたら他の僧侶が蘇生出来るかもだし……」
「でも訪ねた街全部で僧侶に蘇生してもらったけど無理だったんでしょ?なら無理って考えた方が妥当だよね」
 そうだ、だからシンタローもレベル上げなどと行動に出たのだ。
 蘇生は死後一時間以内、又は死後一時間以内にリビングデッドなった者だけが施される。セトはその条件をクリアしているが、シンタローのせいで出来ないだけだ。
 今更ながらドッと冷や汗が吹き出る。吐き気が喉を回り、首を絞めた。セトだけならば許してもらえるという安心感があったのだと、遅ればせながらシンタローは自覚する。
 人一人の命に耐えられない。
「ゆっくりでいいっすよ」
 不意にセトの手がシンタローの背中を撫でた。
 触覚は通常より劣る、温度は微かにしか分からない、痛覚はない。食事は取れない、睡眠は強制的で夢は見ない。
 いいわけは、ない。
「ゆっくりって、お前な」
「急かしてシンタローさんに無茶されたくないっすから」
 だいじょうぶと言外に伝えてくる手に、不覚にもシンタローは重圧から多少解放される。キドの楽観的だなという呆れの呟きにさえ、セトは笑みを崩さなかった。

 とにかく今日は帰っていいという言葉に、シンタローは道を覚えるためにもう一度モモに案内を頼んだ。セトは後でシンタローの家の方へ帰ると残った。
「ごめんね」
 突然モモがぽつりと謝ってきた。最初の元気な姿はなく、分かりやすく落ち込んでいる。それがどういう謝罪か、先ほどの話で分からないわけがない。
 そもそもの原因はモモの不注意である、ということだ。シンタローも、そんなことはないとは言えない。エネだって聞いていながら黙っている。
「もう一人でどっか行くなよ」
「うん」
「外ではぐれるな」
「はい……」
 しおらしい妹は調子が狂う。エネはさてどうしようかと元気付ける方法を探している様子で、やけに悪戯っぽく目を光らせていた。巻き込まれるのだけは勘弁したいと目を合わせないようにする。
「気を付けろよ」
 それだけでとりあえずはいいだろ。遅いけれど、一年前のお灸が今になってきただけだ。
 モモにこれを代わってもらうことなど出来ないのだからしょうがない。シンタローはモモの頭を撫でて話を切り上げた。

 兄妹は帰路へ、青い妖精はそれについて行き、マリーは薬品調合。久しぶりの三人となった居間に、和やかな雰囲気はなかった。
「ずいぶん甘やかしてるんだね」
「いきなり嫌味っすか」
 セトはカノのトゲのある言葉を苦笑で受け入れる。わざとだから、自覚しているしていないの問題ではない。
「皆してマリーを甘やかしてるじゃないっすか、今更俺が誰を甘やかそうと構わないっすよね」
「そういう言い方腹立つなあ」
「腹を立てても仕方ない、事実だろう」
 キドは早々に反論の余地はないと構え、カノを正論で宥めた。
 大方、セトが怪我でもしてシンタローに迷惑をかけないようにだろう。自らストッパーとして立ち回り、喧嘩になれば実力行使も問わないと眼光が語っている。気に入っていただけて何よりと、あまり歓迎出来ない気持ちながらもセトは感謝だけはした。
 シンタローは弱い、弱いと守りたくなる頼られたくなる。そういう心持ちなのだろう。
「一年もかけて、よく準備したもんだね」
「最初は本当にただの人助けだったんすよ」
「過程より今問題なのは結果だよ。同情する他ないね」
 カノの嫌味に混じる苛立ちのようなものは、シンタローにではないとセトは知っている。シンタローは苛立ちだけを無意識に察して萎縮していたが、だてに幼なじみをやっていない。
 カノが苛立っているのはマリーやキドに心配をかけさせながら帰ってこなかっセトに対してだ。
「シンタローくんとレベルの大差をつけて、守るふりしてレベルを上げさせないで、しかもシンタローくんに離れられないように至れり尽くせりのメンテ。どうせ犬みたいに懐いて不調でも訴えたんでしょ」
「確かに不調は訴えたっすけどね、ここまでしてもらえるとは思わなかったっすよ。感覚がないことは多少不便っすけど、結構いい体っす」
 くっと喉で笑い、セトは思い出す。シンタローに生き返らせてもらった時、あの時のシンタローの顔。まだ残っている魔物の中、セトのために副作用覚悟で薬草を飲んで。
 生き返ったセトを見て、泣きそうなほど安堵した顔。
「変態……」
「それは俺も同意見だな」
「なりふり構ってないだけっすよ」
 お誂え向きのセトの体で、お誂え向きのシンタローの体質で、そして恋慕。傍にいたいという、それだけの。
 セトだけがセトという異常を許している。歳を取らず、感覚に乏しく、手間のかかり、シンタローのせいで蘇生できないセトを、セトだけは大丈夫だと心の底から言う。そんな錯覚は、依存する。
「でも今更帰ってきて何がしたいの」
「俺だって帰って来たいっすよ」
「うん分かった。それはいいから」
「ちゃんとこれも本音っす」
 まるで信じていないような二人は、それでと促してくる。そんな二人に肩を竦め、セトはもう一つを話した。
「このままも全然構わないんすけどね、でも責任で一緒にいるのもシンタローさんが可哀想っすから」
「今も十分可哀想だけどね」
「とりあえずは長期戦で」
 それに加え、セトのレベルが上がる分だけシンタローの危険も上がる。ここら辺で切り上げ、離れられない内にじっくりと距離を詰めていく方がシンタローの負担も少ない。
 更に言うならそれだけ長く一緒にいて、もしセトが蘇生したとしてもじゃあさようならとはいかないだろう。ずっと傍にいた存在が急にすっぽり抜け落ちる感覚にはシンタローは耐え切れない。
 もう一つ付け加えるなら、周りより年が遅れたセトからシンタローは罪悪感で離れるなど無責任なことはしないと確信していることもある。
 つまりなにがどう転んだとしても、ギルドに正式にシンタローが入ってセトが不利になることは何もないのだ。まさかメカクシ団とは思わなかったが、シンタローが罪悪感に苛まれるには格好の場。
 恐らくキドとカノはこの話の後シンタローに優しくするだろう。そして優しくされれば優しくされるほど、シンタローはこんな優しい二人の間からセトを逸脱させたと思うはず。
 可哀想だとは思うがそこは多少の我慢。
「離れられないじゃなく、離れ難くなればそのままずり落とせますし」
「わー、もう僕見えないよ。腹の中真っ黒な幼なじみなんて最初からいないから」
「諦めろ、帰ってきてしまったから……」
 げんなりと二人揃って失礼な言動だが、セトは朗らかに流す。これからを思えば期待で胸も高鳴る。動いていない心臓が脈打てば、何にしろシンタローは離れないのだ。
 セトを蘇生させたシンタローは、どんな顔をするのだろうか。
「まあ、長い付き合いになるんで」
 両名共々、末長くよろしく。
 セトは血の気のない冷たい手で腐臭を払った。
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