144 | ナノ
シンヒヨ
告白。

クリーニングから返ってきた制服は少し固く感じる。三年間着たそれは、ぱりっとしていて新しい匂いがした。
少し遠くから悼む声や泣き声が聞こえる。その反面、打ち上げをしようと盛り上がるクラスのざわめき。
手の中でイヤホンを弄る。最近出たモモちゃんの新曲は、卒業がテーマだ。もちろんすでにCDは買ってある。それを聞いてさあやっとだと帰ろうとしていたところで靴箱から四枚の手紙。全部男子からで、軽く引いた。
無視しても良かったが、ヒビヤが行ってやってと頼み込むから仕方なく書かれた場所へ来たわけで。私としてはもう今日四度目で、緊張感はまるでない。というか早く帰りたい。
それを露骨に出して目の前の男子を睨む。早くして、と促せば、意を決してつっかえながら三年間ずっと見ていたという旨を告げられた。
「私、好きな人がいるの」
本日四度目の言葉。
男子はあからさまに落ち込みながらも、最初の男子のように泣いたりと情けないことはしなかった。ありがとう、と頭を下げてそのまま去って行く。
さて、やっと帰れると一息。告白するなら四人全員でしてほしかった。まったく、気が利かない。
ヒビヤには後日お昼を奢るように約束させた。ヒビヤが頼み込まなければ私はここまで帰宅を引っ張られることはなかったのだから。
鞄を持ち直し、卒業アルバムの重さに辟易する。イヤホンをつけてひと気のないそこを抜け出し、さっさと校門へ。
せっかく今日はあの人が卒業式を見に来てくれたのに、もう終わって一時間半以上経っている。帰っていること間違いなし、と肩を落とした。面倒ながらも答辞も引き受けたのに。
はあ、とため息をつく。
「おい、ヒヨリ」
聞き覚えのある声の呼びかけにぎょっとして顔をあげれば、休憩のためのベンチに座る姿が目に入った。てっきり帰ったと思っていたため、不意打ちでぽかんとしてしまう。
コートに手を突っ込んで、上までチャックを閉めて、脇にはコーラ。
「引きニートをこの寒さの中待たせやがって……」
ならコーラなんて飲まなきゃいいじゃない、と言う前に、口がにまーと釣りあがった。ふふーんと鼻歌を歌うように笑い、その隣に腰掛ける。
下がっていたテンションは容易く浮上。
「帰ってなかったのね」
「お前が遅くなりそうだから待っといてくれってヒビヤがな」
あら役に立つじゃない、とヒビヤを内心で褒め、カバンの中から黒い筒を取り出した。それでぽこんとシンタローさんの肩を叩き、見せ付けるように振る。
「卒業したわよ、シンタローさん」
「……ソーデスネー」
「なあに、その顔」
「ナンデモナイデス」
はは、と固く笑うシンタローさんの頬にぐりぐりと卒業証書を押し付けた。人の門出に祝いの言葉もなく、虚ろな顔は失礼じゃなかろうか。
「で、あの約束は覚えているかしら」
「えーと、なんだっけな」
「し、ん、た、ろ、う、さ、ん?」
「ぐっ、げほっ!喉を叩くなっ」
「しらばっくれようとするからよ」
それは、ともごもご口を動かすシンタローさんに深々とため息をついてみせた。それだけでびくっと震える情けなさ。
なんでこの人なのかしら、と今まで何百回と繰り返した自問自答が浮き上がる。
「小学生の時は中学生になったら、中学生に上がれば卒業まで、卒業したら高校卒業まで。今度はなに、大学卒業までとか言うつもり?」
「いや、その……」
「私こんなにモテるのに、年齢イコール彼氏いない歴よ?それもこれも全部、シンタローさんのためなんだけど」
どうなのかしらねえ、と体重をかけて凭れ、腕を絡める。途端にかちっと固くなる体にほくそ笑んだ。
好きと告白してから、どれだけ延期させられたと思っているのか。青春をほぼシンタローさんのために過ごしたと言っても過言ではない。
どうせ気の迷いで高校生になれば他に彼氏でもできると思っていたのだろう。そうなったらそうなったで寂しいくせに、面倒くさい人だ。
「高校卒業しても気が変わらなかったら考えてくれるのよね。まあ十分考えたでしょうけど」
「お前なあ、オレもう二十代後半入るぞ」
「それがどうかした?年の差なんて二十も三十もなきゃ話題になんてならないわよ」
うぐっと詰まるシンタローさんにここぞと捲し立てる。
「第一もう卒業したんだから犯罪じゃないでしょ、それに今日は私の誕生日よ?断られたりしたら最悪の誕生日になって誕生日嫌いになっちゃうかも。これだけ期待させて待たせておいて、そんなことしないわよね?」
「脅しじゃねえか!」
「何言ってるの」
馬鹿ねえと呟きながらシンタローさんの肩に頭を乗せた。
「何をしてでも手に入れるのが恋じゃない。脅しでもなんでもするわよ、むしろしないって思われてる方が心外」
「お前がモテるなんて何かの間違いだろ……っ」
「そんなわけないでしょ、こんなに可愛いのに」
「自分で言うなっ」
自分で言わなかったらシンタローさんが言ってくれるのかしら。言わないと思うけど。
「そんなに悩まないで頷けばいいのに」
「そうもいくか」
「そうもいくわよ、本当に馬鹿ね」
するりと腕を離してベンチから立つ。訝しげなシンタローさんの目の前で手を腰に当てた。
「犯罪だなんだって言い訳はなくなったでしょう?世間体も平気じゃない。だったら残っているのは私の趣味の悪さだけよ」
とん、と自分の胸に手を持っていき、シンタローさんを見下ろした。間抜けヅラで見上げるその目に、いい景色ねと笑いたくなってしまう。
「誕生日プレゼントはシンタローさんでいいわよ?」
いよいよ声も出なくなったシンタローさんが口を押さえて顔を伏せるのをその場でしゃがんで覗き込む。膝に手を置いて見上げれば、お前なあと呆れたような強張ってるような。
「オレがお前を何とも思ってないとか、考えてねえな」
「当たり前じゃない」
そんな真っ赤な顔で、そこまでネガティブ思考になれるわけがない。
ふふ、と笑ってシンタローさんの膝の上で肘をついた。
「だてに六、七年、シンタローさんばっかりずっと見てないわよ」
「……左様で」
今のシンタローさんには、撃沈という言葉が似合って仕方ない。面白くて頬を指でつつけば、やめろとデコピンをかまされる。
「で、私に一番最高のプレゼントくれる気は?」
「ちくしょう、お前ずるい……」
「女はずるいものなのよー」
デコピンした手で頭を撫でられる。小さい頃は子供扱いって嫌がったものだけど、今はそうでもない。
「お前が可愛いのが悪い……」
悔しそうにぽつりと答えられる。
そんなの知ってるわよ。私が可愛いなんて当たり前じゃない。なんて、言いたいけど。
なんだか今日は予想を裏切られてばかりで、なんというか、なんとも言えないというか。正直、悔しい。
「……シンタローさんの童貞!」
「うるせえなっ、なんだよ急に!」
シンタローさんが急に言うから悪い。こんなに嬉しくなるなんて、予想外で、だから。
「私が可愛いのは当たり前なのっ」
立ち上がってシンタローさんに指を差す。
「シンタローさんのせいだから、当たり前なのよ!」
首を傾げる馬鹿なシンタローさんを置いてさっさと歩き出す。さり気無くカバンを置いて行ったから、肩は軽い。
「自業自得よっ」
意味なんて、一生教えてやらないけど。
可愛いって言葉一つで、情けない。情けないほど、顔が熱い。
これだから、あの人が。
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