11 | ナノ
マリー

真っ黒な幕を敷いた空にころころと光る小石が散らばっている。その中で一際大きな石はぼうっと地面を薄く照らした。
赤い目が、その空を見上げていた。
四角く狭い箱の中で、柔らかく優しいクリーム色の髪を広げてマリーは空を見ていた。
ただ一人で。
ざあっと風が草を撫で木を揺らす。水が風に波紋を作られ文句を言うように鳴いた。
その音にマリーは浅く目を閉じた。
マリーが寝ている箱の近くに墓があった。小さな小さな墓が、何個と。手作り感溢れる墓は、名前が霞んで見えなくなっている。
マリーはまた目を開いた。赤い目は真っ直ぐに空を見つめる。雲一つない、晴天の夜空。
不意にほろっと、マリーの目から涙が溢れた。それは後を追うように次々と溢れてはマリーの肌に滑って落ちていく。
ついに耐えられないと言うように目を覆った手は、小さな傷で一杯だった。白い肌に痛々しく引かれた赤い線。皮膚に跡になっている物もある。

「置いていかないで」

マリーの口から溢れた声。掠れて小さなその声は静かなその場に響いた。
哀願の声。
ぽつりと溢した声は一気にマリーの表情を崩して、言葉を溢れさせた。

「置いていかないで、一人にしないで、死なないで、寂しい、怖い、戻ってきて、お願いだから」
「私を置いて逝かないで」

ぼろぼろと覆った手の隙間から大粒の涙が落ちていく。どんどん落ちて、次々溢れて。
歯を食い縛っているマリーに、声をかける者も、優しく宥める者も居ない。何十と前の年、そんな者たちは息を止めた。そんな体は土へと眠っている。
起こす術はもう無い。
恋をした、友を持った、仲間を繋いだ、笑い合った。鮮明にしつこく網膜に焼き付き、記憶に刻み込まれたソレは、マリーを酷く弱くした。
四角い箱で、マリーは泣く。
それでも生きるのを止めないのは、彼らに怒られてしまうから。きっと怖くなるほど叱ってくる。
覆っていた手を、マリーは退けた。涙で滲んだ視界で、星を見る。小さな小さな、無数に広がる星を。
マリーは昔聞いた話を思い出す。

「人は死んだら星になるの。小さな小さな、それでもちゃんと見える星に」

綺麗な笑顔で語ってくれた母。マリーにも見えるでしょう、と安心させるように星を指した母。
これを馬鹿にされた事もあった。でもマリーはこれを信じ続けてきた。信じ続けている。
最後の涙を落として、マリーは星を網膜に焼き付ける。瞼の裏でちかちかと光るように。

「私の星は、まだ出来ないよ」

いつか、いつかマリーは寿命を迎える。それは途方もないほど遠い未来かもしれない。それでもいつかは。
マリーは四角い箱から起き上がり、立ち上がる。真っ赤な目は空をひたすら見つめて。
墓が合った。ただマリーの近くに在るだけの。小さな小さな墓。その墓たちだけがマリーの言葉を知っている。

「もうちょっと、頑張らないと」

マリーは四角い箱から出て、蓋を閉める。そして持ってきた、小さくなってしまった薔薇の刺繍がされているフードを肩に掛けた。

「また明日、皆」

マリーは空に向かってそう言い、歩き出す。その後ろでマリーを見送る四角い箱。
マリーが居なくなったその場に置かれた四角い箱は、マリーの背丈に合わされた、棺だった。
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