131 | ナノ
ヒビモモ

午後の授業は眠気との戦いになる。
マシな授業でも四、五時間分の疲労を持って挑むといつの間にか机に突っ伏していたなんてざらだ。今だって机に突っ伏す頭が午前の授業より多い。不意打ちで寝ている人から当てていく教師のため、極力寝ないように努力しているが、うとうとと瞬きが長くなる。
何度となく授業から目を逸らし、窓の外でボールを追い掛ける体育を眺めた。教師だってずっと集中していろとは流石に言わない。午後になると教師だってさすがに疲れるのか、注意の数は減るものだ。
くあ、とアクビをし、時計を見た。あと十分で授業も学校も終わる。担任が出張で代理の教師はすぐに会議らしいのでショートも早く終わるだろうと見当をつけた。
なんとなく視線をふと校門の方へ向ける。ふと誰か立っているのを見付けて目を凝らす。体育をぼんやりと眺めているフードを被った人間。まさかな、と苦笑する。
見えないからって連想するのが真っ先にあの人なんて、悔しくて癪だ。
また黒板に目を戻すと、教師が黒板を消そうとしていて慌ててノートを埋めにかかった。どうにか滑り込みで間に合ったノートは字が酷くて、サブノート作らないとなと帰り道に大通りを通ることにする。教師はすぐに入ってきて掃除当番だけ告げてショートを終わらせた。
見当通りにさっさと終わったショートにさっさと教室から出る。ヒヨリには今日は友達と帰るからと言われているので待たずに玄関まで下りた。早く出ないと下駄箱はすぐ帰宅部でごった返す。大分草臥れた靴を履き、上履きを下駄箱に突っ込んだ。ぱこく、と小さな扉につっかえたが、無理矢理閉じる。
ざわざわとどんどん人が下りてくる中、外へと出た。緑がわんさか植えられ、その向こうには高いビルが建っている様は、どうにも慣れない。木や花にもっと大人しくと言ったところで変わらないだろうが、むしろ変な人だろうが、理事長にそう物申す人がいなかったのは不思議だ。
部活は一応入っているが文化部で毎日通わなくても来いと言われた日に来れば良いというフリーダムさ。運動部に声がかかったことは何度もあったが、面倒で結局入らなかった。田舎は遊ぶものが自然や体力の有り余っている同年代だから、自然と鍛えられるため体力や運動には自信がある。けど、さすがに七時や八時まで時間を取られるのは遠慮願いたい。
おーいと窓から身を乗り出して手を振ってくる友人に手を振りかえした。危ないぞと忠告しようか迷っていたら誰かがそいつ襟首を掴んで引き戻してくれた。
自転車通学がぞろぞろと自転車を押して校門から出て行く。それに混じって校門を通り過ぎ、大通りの方へ歩き出す。が、突然誰かに服を掴まれ、がくんと仰け反った。
ぐえ、と間抜けな声を上げて振り返ると、さっき不覚にも思い浮かべた人間が目深にフードを被って僕の服を掴んでいた。ギョッとして名前を呼びかけ、慌てて飲み込む。

「おばさん……?」

それ以外の呼び方が思い付かなかった。ムッと不満そうな空気を感じたが、なにも言わずにこくりと頷く。その時フードが危うく落ち掛け、間一髪で押さえつけた。ぎゅっ、と奇声が聞こえたがそんなことに構えない。こっち来てと引っ張り、とにかく人目の多い校門から抜け出す。この人は自覚が足りてなさすぎではないか。

「なんであんなとこ居たんだよ、モモ」

ようやく人目が少ない場所に逃げ込み、モモの腕を離した。ムーっと不機嫌そうな顔は黙り込み、顔をふいと背ける。その子供かと言わんばかりの行動にムカッと苛立ちが撫でられ、ついモモの両頬をがしっと掴んで力任せに向き合わせた。

「なーんーでー、いーたーのー」
「痛い痛い!言う!言うから!」

離してとばたばた暴れ出すモモの頬から手を離す。まったくと頬を撫でるモモを見据えると、むっすぅと頬が膨らんだ。そんな頬にぷすっと指を押し当てるとふしゅうと空気が抜ける。そのまま頬を突くと、モモは変な声を上げて後退り、僕を睨みあげた。

「説明しないよ!」
「あまりに歳を考えていない顔だったからつい」
「そ、そんな顔してない!」

ごめんごめんと謝り、先を促す。まだ不服そうだったが、モモはやっと話し出した。

「ヒビヤくんの制服姿見たことなかったし、誕生日だからご飯でも奢ってあげようかなって」

思ったの!と最後は叩きつけるように告げられ、たじろぐ。純粋に嬉しいが、さすがに校門で待つのは如何なものか。それならメールで待ち合わせすれば良かったのに。
嬉しいが、不覚にもすごく。

「いいもん、ヒビヤくんは一人寂しく食べなよ」
「誕生日なのに?」
「……わ、私は食べないからね!」

奢ってくれるのか。しかも早々に揺らいでいる。元々人と食べることが好きな人だ。意地を張らせるとこっちがしてもいないイジメている気分にばる。

「いいけど、キドさんに僕らは晩御飯いりませんって送るよ」
「なんで!?」
「モモと行ったのに僕だけは可笑しいでしょ」
「あ、あ、嘘うそ!やだ、送っちゃダメ!」

ケータイを鞄から出して新規メールを立ち上げる。宛名には何もいれずに本文だけ言った通りに書けば、モモは僕のケータイを取り上げようと手を伸ばす。腕を上に伸ばせば、モモ届かない距離に眉を下げた。
僕の胸は容易にときめくが、いい加減にしてほしい。男子高校生にべったり張り付くことがどういうことか、この人は本当に分かっていない。かといって、簡単に指摘もできない。
胸が、とか言えるはずもない。

「うん、じゃあ食べるよね」
「食べる食べる!食べるからぁ」

情けなく宣言する食い気優先のモモ。どこがいいんだ、こんな人。自分の好みはヒヨリみたいな子だったのになぁ。人間不思議生き物である。
ケータイを渡せば速攻消去してホッと安堵息をつかれた。そんなに食い損ねたくないのか。

「う、ヒビヤくんのせいでお腹空いた」
「それは何よりだね」
「む、ムカつく!」

いいもん、私がお店決めてやるとぶつぶつ文句を言いながらモモは先を歩き出す。長年の子供扱いによって自然にその手を握り、追いついて隣を歩く。一応僕の誕生日なのに、これではいつも通りだなとため息をつく。

「……ヒビヤくんってさあ」

モモが不意に僕に向かって喋りかけてきた。機嫌は治っていないため、こっちは頑なに見ない。

「制服じゃない方がいいね」
「下校中に無茶な」
「だって」

むっすうとモモは頬を膨らませる。

「可愛くないもん」

モモはむぎゅっと口を結ぶ。男子高校生に可愛いという言葉のチョイスに子供扱いが垣間見えるが、今日はそこまで気にならなかった。
離されそうになる手を握って、握っていない方の手で口を隠す。握っている手が熱い。
つまり、モモにとって今の僕は、今は子供に見えないわけだ。
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