128 | ナノ
遥貴

僕は、君を。

夏の陽射しは鋭い。太陽の外側の層がガラスみたいに破れて、その破片が降り注いでいる。それが目に入ってちくりと痛んだ。
セミの合唱の中、僕は家の門を開けて階段を降りる。お母さんが僕を見送るために玄関のドアを開けていた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
少し呆れた顔が僕に手を振った。お母さんが言いたいことはとても分かるけど、僕の重要度はそれをあっさり傾けてしまう。けれど建前しか言っていないせいで、僕に向けられる思いは責任感が強いとかそういうものだった。墓参りをしようと言われて断っただけだが、どうにも悪いことをしたみたいで気分が落ち込んでしまう。
ぱったらぱたらと道を歩く。車で送ろうかと言われたが、結局断った。今日は結構体調が良い。暑い空気の中にどっぷりと浸され、沈む。こぽこぽ息をして、日陰へと避難する。汗が吹き出してシャツが早くもちょっと張り付いた。
ドキドキと緊張する。バクバクと耳元で鳴って、ごとごとと電車みたいに肋が震えた。
持たされたお茶を飲んで、道を歩く。まだ早い時間だけれど、落ち着かないせいで早足になった。
「おはよ」
坂道に入ったら、急に声をかけられた。びっくりしてわあっと叫んでしまい、後ろにいた貴音が釣られてわあっと声を上げる。バッと振り返ると、貴音がかちんと固まった。釣られたのが恥ずかしかったのか、背中をべちんっと叩かれてしまった。
「痛いよぉ」
「だって、遥が急に!」
それにしたって、痛い。汗で張り付いたシャツのせいで、いつもよりさらに。
「ご、ごめん、びっくりして。おはよう、貴音」
また叩かれそうだったから急いで返事をした。すると貴音は赤かった顔をちょっと下に向け、叩こうとしていた手をささっと隠す。
「今日は車じゃないんだ」
「お墓参り行くんだって」
「あ、そっか、お盆だもんね」
そうかそうかと頷いて納得する貴音に、僕はどきっとした。バレてしまったのかと思って、少し貴音を盗み見る。けれど貴音はさっぱり気付いていないみたいだった。よかった、と思って一緒に歩き出す。そこで当初の計画が失敗に終わったことに気付き、ハッとした。
「貴音、今日早いね」
「うーん、なんか目覚まし変にセットしちゃって、朝から大音量のサイレンよ......。起きないわけにもいかないから、起きた」
「そっか」
「まあ最近は勉強でゲーム全然出来てないから、寝るのも早くなっちゃって」
あんま眠くないなーと伸びをする貴音。確かに隈が薄い。
校門を余裕で通って、下駄箱に行く。面倒そうに上履きを出す貴音の隣で僕も靴を仕舞った。
「はー、涼しー」
「今年は壊れてないからね」
「去年は散々だったからね〜」
うんうんと冷房のしっかりした空調を受ける。夏休みだからといっても部活の生徒が多いお陰で切られることがない。
くすんだ壁の色、ちょっとがたがた煩いすのこ。
「あー、補習やだなーめんどくさ」
「うん、でも仕方ないから」
「うぐ、......うう、そうだね」
貴音がぎくりと顔を少し固まらせ、視線を逸らした。あれ、と思って貴音を見ていたら、ああ、とつい声を出してしまい、ぎろっと睨まれる。それ以上言ったらどうなるか、と語る目に、こくこくと懸命に頷いた。貴音は僕と違い、成績で来ているのを、後れ馳せながら理解する。
「さあ補習!終わらせて帰る!」
「そうだね」
意気込む貴音について教室に入った。ドアを開けた途端、ふあんと薬品と臭いが鼻に刺さる。心地よい薄暗さを持つ教室に白い蛍光灯をつけ、貴音は乱暴に椅子に座った。そして鞄から課題を出してさっさと取り組み出す。僕もそれに倣い、問題を解き始めた。
今日は終わっても帰らないぞ、と作戦を変える。失敗を見越して、準備よくノートパソコンも持ってきている。準備に抜かりはない。
しばらくの静寂。かさりとページの捲る音や、運動部の声掛け。
うぐ、と不意にシャーペンを止める貴音。
「教えようか?」
「べ、別に良いから!大丈夫!」
ふんっと顔を背けられ、断られてしまった。こういう時、よく貴音の機嫌を損ねてしまう。いつもいつも、どうしたらいいんだろうか。考え込んで少し視線を落とした。
「あ」
「え、なに」
「えっと、あの」
ジッと見ていたせいで解答を見てしまった。埋められた解答欄、けれど、計算を間違えている。教えて良いものか決めかねていると、貴音がついに強い声でなにとまた聞いてくれた。
「そこ、これはこっちで」
「......?」
「あ、だからね、これをここに入れるよりこっちで先に」
「う、わ、分かった」
つまり、と貴音が解答を消して書き直す。そうそうと頷くと、貴音はスッキリした数字に小さくため息をついた。
「なるほどね」
「うん、合ってるよ」
「......あ、えっと」
「どうかした?」
急に言い淀んだ貴音の顔がじわじわと真っ赤になっていく。もしかして余計なお世話だったかなと不安になったが、それならもう怒られてるかと改めた。
「あ......が、と......」
「え?」
ぼそ、と小さくなにか言われ、思わず聞き返す。けど聞き返したせいで貴音の目がつり上がった。
「別になんでもない!」
やっぱり余計なお世話だったかなと反省した。

お昼ご飯を食べていたら、貴音はお弁当が好きなものでいっぱいで驚いていた。やった、と喜ぶ貴音に、本当に気付いていないことを知る。言いたいなあ、とうずうずするけど、まだ言えない。貴音の邪魔はしない。

お昼後、ずっと課題に向き合っていた。僕は先に終わり、貴音はうんうん悩んでいる。ゲームをし出すと貴音が集中するかと思ったけど、そうでもなかった。失敗したなーと思いながら新しい武器を眺め、ついに耐えきれず戦闘してしまう。
早く終わると良いな、今日はどんなに遅くなっても一緒に帰ろう。どこかに食べに行くのも良いかな、なんて思ったけど、貴音は少食だから晩御飯食べれなくなっちゃうかと思い直した。じゃあ甘いものでもと財布の中身を思い出す。うん、十分あると頷いた。
早く終わらないかな、貴音。

ねえ、と問い掛けた。青い二つの髪がふよふよと動く。
「なんですか、ニセモノさん」
返事をしてくれたエネ。だけど相変わらずニセモノと呼ばれる。僕はそれが悲しくて、でも仕方ないと思ってしまう。どうしてだか分からないけど、とても不思議な気持ちだけど、納得してしまうんだ。
「あのね、エネは、なにが好き?」
「急になんなんですか?!」
「?」
なんでか僕の質問にエネがとても慌てた。ばたぱたと手を振ってうぐうぐ唸っている。
「聞きたくなって」
「そ、そうですか」
エネが少し変な顔をしてから、ちょっと考え込んだ。なにか答えようと口を開いたからわくわくしたけど、エネは口を閉じてしまった。
「ご主人をからかうこととか、皆さんを見ていることですかね!」
楽しいですよ!と言うエネが、ちょっと無理しているように見えた。ヘッドフォンがぴかりと光る。
本当は、別の答えがあったんじゃないかな。

僕はなんて間が悪いんだろうなと思う。
どくっと緊張じゃなくて心臓が痛くなった。ぜえ、と呼吸が思うように吸えない。貴音を見たけど、気付いていないみたいだった。
ああ、よかった。
ホッとして机に突っ伏す。鞄に薬があった気がするけど、どうにも上手く手が動かない。助けを求めようかと思うけど、それは嫌だった。
だって、貴音が気付いてしまう。そうなったら、僕はとても悲しい。迷惑を掛けたくないのに、いつも迷惑を掛けて。
だって今日は、今日だけは。
指が痺れていく。視界がボヤボヤし出した。戦闘がlostの文字を出す。
「あ、ぐ......っ」
ああこんな体、なければ良いのに。今日だけで良いから、たちどころに治ってしまえば良いのに。全部、全部。

「かみ、さま......」

今日だけで良いんだよ。

終わったーと安心した君に、よかったねって声をかける。これでゲームができると安堵する君に、いつも通りだねと笑う。君はさっさと帰る支度をするから、僕も慌てて支度して、一緒に教室を出る。一緒に帰りながら、君になにか甘いものでも食べようと誘う。ちょっと渋ってみせるけど、きっと奢りだって言えば、甘いものが好きな君は来てくれるから。一緒に食べて、一緒に帰って、そして。
そして。

雑貨屋は深く赤かった。色んなものが置いてあって、けどそれは夕方の赤色でぴかりと光る。まるで真っ赤なステンシルをいっぱい貼ったみたいに眩しい。
「決まりましたか?」
アヤノちゃんがひょこっと顔を出す。けど僕の手元にはなにもないし、視線もどこにも止まらない。なんだかいっぱいありすぎてぐるぐると目を回しそうだと思った。
困りきって首を振る僕に、アヤノちゃんは微笑ましそうに見てくる。なんだか彼女はとても大人っぽい。
「今日はシンタローに置いていかれたんで!とことん付き合いますよ!」
「え、今日は?......あっ、ごめん!」
「うう......いいですよ......そうです、今日も、です......」
しょげっと、落ち込んでしまったアヤノちゃんに手を合わせた。つい思ったことを言ってしまうのは、よく貴音にも注意されている。
「いつか一緒に帰ってくれると、良いんですけど」
ちょっと寂しそうに言うアヤノちゃんに、本当に失言だったと自分を怒った。
「まあ、これは置いといて、大事な任務を完遂しちゃいましょう!」
おーっと腕を上げたアヤノちゃんに、そうだねと頷いた。とても良い子だ。貴音が好きになるのも仕方ないくらい、良い子だ。
「指輪とか」
「うーん、つけなさそう」
「マフラーとか」
「貴音、おばあちゃんに去年編んでもらってた気がする」
「むー」
真剣に悩んでくれる。けど思い付かなくて、出された提案もしっくり来なくて、結局なにも買わずに出てしまった。
「遥さんの欲しいものをあげましょう!」
悪いな、と思っていたら、アヤノちゃんが急にそんなことを言った。僕の欲しいもの、と思い浮かべる。新しい筆、ページいっぱいのスケッチブック、絵の具一式、いっぱいの美味しいご飯、新しいパソコン。あと、色々。
「貴音が欲しそうなものは、ないなあ」
「それで良いんじゃないですか?」
「良いの?」
「はい!」
だって、とアヤノちゃんが続ける。
「好きな人に好きなものをあげたら、好きがいっぱいですよ」
よく分からない言葉だったけど、とても魅力的に聞こえた。にっこりと笑うアヤノちゃんにそっかと呟く。そうですと力強く返される。
そうなのだ、きっと。

「貴音、誕生日おめでとう」

一緒に居てくれてありがとう、一緒に笑ってくれてありがとう。
貴音の好きなものがゲームとか甘いものとかしか分からなかったから、なにをあげようか迷ったんだ。でも思い付かなかったから、結局なにも決めれなかった。
だから、もしかしたら迷惑になるかもしれないけど、あのね。

「僕はずっと」

君を。
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