121 | ナノ
セトシン

ピーッ、と甲高い音を立てたやかんを素早く火から下ろすセトを、椅子に座ってじっと見る。ケータイの充電は切れ、テレビはつまらない、活字を追う気分でもない。暇を持て余している。セトはそんなオレを察したのか、わざわざお茶を淹れてくれているところだ。せめてなにか口に入れてでもまぎらわしたい退屈。慣れているけれど、いつまでも良いものとは思えない。

「砂糖いるっすか?」
「おー、いる」

了解っす、と笑うセトは、本当に良いやつだと思う。こんなだらだらした男の相手をわざわざして、なのに嫌そうな顔ひとつしない。
荒れた手が砂糖の瓶を片手で掴む。オレの手よりでかい、と気付いて軽い妬ましさを覚えたが、すぐに引っ込んだ。セトに勝てるところなどオレのどこにあるというのだろう。
マリーのようにお盆を使わずに持ってくるところは少し雑だ。オレの前にカップを置いて、セトはオレの向かいにもカップを置き、また台所に引っ込んで茶菓子を探す。紅茶のお供にしては中々渋い、というか合わない煎餅やらおかきの袋にうーんと唸りそうになったが、セトはクッキーを無事見つけ出した。ここでおっさんかよというような酒のつまみが出てこないのが家じゃないことをふと自覚させる。

「チョコは食べちゃダメって言われてるんで、クッキーなんすけど。いいっすか?」
「出してもらって我が儘言わねえって。いいよ」

かこと、と缶ごと出され、オレは早速手を伸ばす。セトが向かいの椅子に座り、砂糖をオレの方へ置いた。クッキーをかじって砂糖を紅茶に入れる。差し出されたスプーンでぐるぐるかき混ぜ、溶かす。

「暇させてすいません、もてなすとか慣れてなくて」
「オレが勝手に暇なんだから、謝るなって」
「クッキーどうっすか?」
「うまいよ」

よかったと、セトもクッキーに手をつける。クッキーを持つ指をつい見てしまうのは、さっきの敗北感からか。二人して無言でクッキーを食べ、紅茶を飲む。気まずいと感じても、セトの気にしていなさそうな態度に徐々にどうでもよくなってくる。
しばらくして、セトの方が段々そわそわと落ち着かなくなってきた。手を出したり引っ込めたり、握ったり開いたり。どうかしたのかと見ていれば、意を決したようにあのとセトが話し掛けてきた。

「えっと、俺の手、荒れてて不格好だけど、......変っすかね」
「......は、いや?別に普通だけど」
「そうなんすか?」

きょとんとした顔を返され、はてと思い返す。なにかオレはセトの手を侮辱するようなことを言っただろうかと。けれど何時間といわず何日遡ってもそんな記憶はない。

「シンタローさんが手をすごく見てくるから、そういうことなのかと」
「......そんなに見てたか?」
「ええ、穴が開くかと」

目は口ほどに物を言うとはよくいうが、口よりも誤解されやすいのかもしれない。急に気まずくなって紅茶を飲み干す。もちろんそういう意味で見ていたわけじゃないが、素直に言うのもなと意地が出る。

「セト」
「はい?」

手を貸してくれ、と言う前に差し出した手にセトの手が乗った。いや、そうなんだけど、これじゃお手だ。思わず吹き出しそうになったのをどうにか咳で誤魔化し、セトの手を立てる。なにをするのかじっと見詰めて待つセトにやっぱり口で言えばと若干後悔しながら、オレの手と合わせる。やっぱりでかい、一関節半くらいでかい。あとオレより指が太いし骨張っている。

「あ、俺の方がでかいっすね」
「......それでつい見てたんだよ」
「シンタローさん肌白いっすね」
「うるせえ、ほんとうるせえ」

不健康に生っ白いと母にもモモにも言われているため自覚はある、大いにある。不安がなくなったのか、セトはオレの手を触って遊びだす。マッサージのように揉まれたり、爪の形を見られたり、なんとももぞもぞ落ち着かない。

「もういいだろ、返せ」
「爪の形きれいっすね」
「お前はぼろぼろだな、深爪しそうなくらい短いし」
「工事現場とかしてるんすよ、割れたり剥いだり多くって」
「剥いっ......、うえ、爪にぞわって......」
「シンタローさん想像力豊かっすね」

ぞわざわする爪をぎゅーっと押すセトの指。短すぎるほど切られている上に、潰れたように肉の色が少ない。ちくちくとたまに皮が刺さる。日にも焼けていて、オレと違って仕事をしている手だ。

「......子供体温」
「シンタローさんに手も暖かくなってきたっす。眠いっすか?」
「ちょっとな」
「手って、触られるの慣れると気持ち良いっすよねえ」
「ああ、髪とかもな」

くあっとアクビをすると、セトが手を離す。目だけでソファに促され、立ち上がった。甘えてソファに寝そべると、セトがカップを片付けている背中が見える。
目を閉じ、少し経ったら開けて、それを繰り返す。なんとなく眠れない。

「起こすから寝ていいっすよ」
「......ねれん」
「ベッド貸しましょうか?」

片付けたセトがオレの顔を覗き込む。近いと文句を言おうかと思ったが、その前に中途半端な眠気が本音を口にこぼしていた。うーんと唸り、手を伸ばす。やれやれとセトが肩を竦めてオレを起き上がらせた。小さい子供のようにこっちっすよーと言われながら手を引かれ、苛立ちに従って背中を思いっきり叩いておく。

「痛いっす......」
「自業自得だ、ばぁか」
「もー、冗談じゃないっすかあ」

部屋のドアを開けられ、中に入る。変な細々したものが多い。それらに目もくれずオレはベッドに一直線に倒れ込んだ。埃がたつと言われた気がするが、まあ気のせいだろう。

「一時間後に、おこせ......」
「分かりました」
「あと、手」
「?」
「だからそれじゃお手だろ」

べち、と手を叩いてさっきのように合わせる。はて、と首を傾げながら取り合えず握るセトにふーっと息を吐いた。
散々触られたあと急にそれがなくなると違和感を感じてしょうがない。

「俺まで寝そうっす」
「知らん、ねろ」
「起こせないっすよ」
「じゃあねるな」

ちょっと、と抗議が聞こえたがタオルケットを被って聞こえないふりで通した。深いため息のあとやっぱり潜り込んできたセトに一回だけ舌打ちをしてやる。それを黙殺したセトが暑苦しい。夏に男二人でベッドで昼寝、字面も状況もこの上なく暑苦しい。
ぴ、と軽い音がしてくごうと風が吐き出された。ぼんやりとクーラーかと思いながら、まあ暑くないしいいかと、眠った。
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