115 | ナノ
シンキド

ちりんと涼しげな音が店内を渡る。
ぜえぜえと目の前で息を落ち着かせようとしているシンタローに申し訳無くなった。シンタローの椅子の横にはぱんぱんに膨らんだスーパーの袋が五つ、対して俺の手持ちは財布やケータイを入れているトートバッグ一つ。
タイムサービスや安売りをしているスーパーが多く、店を巡って買いすぎた。急遽誰か来て欲しいとメールをしたのだが、そこで来たのがシンタロー。たぶん他の奴らは用事があったんだろう、巡り巡ってシンタローまで回覧板の如く回ってきたようだった。
さすがにカノやセトは別として荷物全部を持たせる気なんてなかったのだが、一緒に付いてきたエネが散々シンタローを馬鹿にし、挑発し、シンタローは勢いで乗っかってしまった訳だ。お陰で熱中症一歩手前、足元はふらふら、青ざめた顔でなんか吐きそうとまで言い出した始末。元から誰が来てもお礼にお茶でも奢る気だったから、休憩のためシンタローをカフェに押し込んだのだった。

「もっと限度をだな」
「今回ばかりは自分でもアホらしいって分かってる......」
「それなら何よりだが」

出されたお冷やを一気に飲み干したシンタローが面目無さそうに言う。汗が伝って青ざめていた顔は、席について幾分か落ち着いたように見えた。
口煩いと思われたくないが説教しようとしていたが、落ち着いたお陰で自分を客観的に振り返れたらしい。こういうことにおいてはシンタローが一番聞き分けが良い。他の奴らは絶対に言い訳を欠かさないものだが、こういう態度だと素直に口を引っ込めることが出来る。

「帰りは俺が二つ持つ、三つなら大丈夫か?」
「ああ、ごめんな」
「いや、俺が頼んだんだからシンタローが謝ることじゃない」

軽く目を通して自分の分をさっさと決め、シンタローにメニューを渡す。お昼を過ぎたくらいの時間だが、店内には人がそこそこ入っている。見る限り三人で切り盛りしているようだ。隣の席では女性二人がケーキを食べている。

「決まったか?」
「コーラで」
「何か食べないのか?」
「まだ食べれる気分じゃない......」
「そうか、じゃあシンタローが食べれるようになったら俺も頼むか」

ちょうど通りかかった店員に声をかけ、そして手を挙げて立ち止まらせる。そのまま通りすぎそうになった店員が少し慌てて一歩戻って伝票を出した。ボールペンをあわや落としそうになってすいませんと謝られ、そんな様子に少しだけ申し訳無くなる。
注文を書き留め、丁寧に注文を繰り返した店員がお辞儀をして去っていく。そんな背筋の伸びた後ろ姿を見送った。

「悪いことしたな......、次はシンタローが呼んでくれ」
「それは、良いけど。でもさっき能力使ってなかったよな」
「使ってないよ。でも、完全にオンオフ出来る物でもないからな」

苦笑して言うと、そういうもんかとシンタローは頷いた。そこは少しくらい気味悪がるか不憫そうにするところじゃないかと思うが、シンタローだからなとも思ってしまう。むしろそういうシンタローの方が有り難い。
飽くまで行えるのは能力の制御だ。俺はまだ見えやすくなる、キサラギはまだ奪いにくくなる。カノやセトはオンオフ出来るが、俺とキサラギは強弱を付けられるだけだ。

「元々の体質もあるのかもしれないがな。俺の場合、出来るだけ目立たないように生きようとしていたから」
「あー、モモのは体質というより趣向だけどな。あれじゃ目立つわ」
「......ま、まあ個性的で良いんじゃないか?」
「無理して無難な言い方しなくて良いぞ」

シンタローの指摘に目を逸らした。正直、一応同じ性別としてあの味覚やセンスはどうかとは思っているが、さすがにここに居ないからといってハッキリ言うのも憚られる。欲目が入っているだろうが可愛いことは可愛いのだ、少し特殊なだけで。
何となく俺の思っていることが伝わったのか、シンタローはそれ以上言及しないで自分で注いだお冷やを飲む。

「そういえばエネはどうしたんだ、さっきから静かだが」
「ああ、エネな......帰ったよ、オレを散々笑ってから。充電を存分に消費して行きやがって、電源落ちてるし」
「そ、そうか」

シンタローが疲れきった顔で電源が落ちて暗くなっている画面を見せてきた。思わずすまないと謝りそうになったがシンタローが情けなくなるだけだと気付いて飲み込んだ。そうすると会話が途端に途切れて気まずくなる。
ちょうど良くさっきの店員が飲み物を運んできた。サービスらしく、クッキー四枚を盛った小皿をテーブルの真ん中に置いていく。早速クッキーを一枚取った。

「シンタローは甘いもの......大丈夫だったな」
「ぐっ、すいませんね、男のくせに甘党で」
「悪いとは言ってないだろうが......。このクッキー美味いぞ」

俺の反応で過剰にマイナス思考を働かせるシンタローに呆れながらクッキーを勧める。いつもエネにからかわれてキサラギに罵られているからだろうか、シンタローに僻み癖が付いている気がする。あの二人には注意しとかないとなと思いながらアイスティーを飲んだ。

「マリーが好きそうだ。いつも安い菓子ばっかだし、買っていくか」
「今日は太っ腹だな、節約っていつも言ってんのに」
「俺だってバイトしてるからな、昨日給料日だったのもあるが」
「あ、ああ、なるほど......」

シンタローがあからさまに落ち込んだ様子だったがコーラをぐいっと飲んで無理矢理立ち直った。何となくシンタローが落ち込んだ原因の想像はつくが、何も言わないでおく。カノならここで嬉々として言及するか核心をついてシンタローをからかうんだろう。セトなら空気を読まずにシンタローを励まそうとして奈落に落としそうだ。

「一応仕送りもあるし、そこまで貧困を極めてるわけじゃないんだ」
「あんだけ人数居てバイト代だけで賄ってたらキドの手腕に尊敬するわ」
「今も尊敬して良いんだぞ。まあ、節約して貯めてはいる。いつか返したい」
「へえ」

シンタローが感心したように俺を見る。オレなら頼るな、とぼそっと呟くのを聞いてそうだろうなと少し笑った。
そっちの方がたぶんケンジロウさんも嬉しいだろう。気を使いすぎているのは自覚しているが、三人ともが遠慮しいなのだ。今さらそれを覆すのも難しい。

「そろそろなんか頼むか」
「今日はこっちで食べるんだろ?あんまり食べ過ぎるなよ」
「晩飯なに」
「しょうが焼き」

食欲が戻ったらしく、シンタローはメニューを開いた。少しの間眺め、すぐにメニューから目を離す。男は決めるの早いよなとはたと男団員たちを思い出して思った。
さっき言った通りシンタローが店員に控えめに手を挙げてくれた。シンタローのコミュ障は知っているため、注文するときだけは俺が喋る。喋ることにならなくてホッと安堵しているシンタローの情けなさに小さく笑ってしまった。

「笑うなよ......」
「すまない、つい」
「......オレだって情けないとは常々思ってるよ」

ムスッと拗ねたシンタローの子供っぽさにまた笑いそうになって咳払いで誤魔化した。こうして話す度、シンタローが年上とは全然思えない。さすがに失礼だから言ったことはないが、恐らくシンタローには伝わっているだろう。だからこそ、皆はシンタローに親しみを持っているのだが。
シンタローは拗ねるのもバカらしいと思ったのか諦めた表情で頬杖をつく。

「暫くはニートだから良いんだよ」
「お、復帰する予定はあるんだな」
「さすがにな......」

シンタローは苦笑いして先を続けなかった。無意識かもしれないが、気を使ってくれたのかと思う。迷惑をかけたくないという、俺と似た感情があるんだろう。そう簡単じゃないだろうが、前向きなシンタローを見るのは嬉しい。

「応援してる。いざとなったらカノかセトと一緒の部屋だけどこっちに住んでも良い」
「あいつらと一緒じゃ、大変そうだな......」

想像したのかシンタローが渇いた笑い声を出す。冗談だと分かっていても嫌らしい。俺が男でも嫌だろうかと想像したが、根付いた幼馴染みの関係があるため参考にはならなかった。
氷をぎっしりと詰め込んだグラスで手が冷えた。すり、と水滴で濡れた指と指を軽く擦り合わせる。

「別に俺の部屋でも良いけどな」
「......団長さまはかっこいいことで」

シンタローがぎょっと目を見開いて俺を凝視する。酷く驚いた顔だったが、暫くして俺の態度が変化していなかったため冗談だと判断したらしい、ぎこちない笑顔で俺にも冗談をふと返してきた。
コーラを飲んで目を逸らすシンタローに、俺も何となく目を逸らす。かろ、とグラスの中で氷が転がった。

「......はあ、なんか変な汗かいた。あんま不意打ちで変な冗談言うなよ......」
「本気にしたか?」
「あーくそ、聞くな!」

気まずい温度にシンタローが白旗を上げる。聞こえないと両耳を塞ぐ動きにふっと空気が緩んだ。緩んだが、どうもな。
笑いながらグラスを置いた。コースターに丸い水滴の跡が残っている。

「......まあ、冗談でも無いんだがな」

ごほっとシンタローが噎せて咳き込んだ。ちょうど飲み干そうとしていた所らしい。口に含んでいた分はどうにか飲み込んではいたらしく、口からコーラを吐き出すという醜態は晒していなかった。
大丈夫かと少し立ち上がると、シンタローが俺に手を向けて制してくる。下を向いてごほごほ咳き込むシンタローの耳がじわじわと赤くなっているのが見えてつい頬を掻いた。

「うん、まあ、そういうことなんだが」
「ぐ、げほっ......、なんで、今なんだよ......」
「いや、二人だけってのも中々無いから、つい」

備え付けの紙ナプキンを差し出すと少しの躊躇いの後に受け取ってもらえた。はー、と長く息をついて若干浮かんだ涙を拭き取っている。
折角シンタローが恥じ入りながらも白旗を上げてくれたのに、ぶち壊してしまって申し訳ない。少しだけ火照った顔をアイスティーを飲んで冷やす。有り難いことに隣の客はもう居らず、他の客もシンタローが噎せただけだと思ったらしい。
店員がスッと来て料理を置いていく。俺はサンドウィッチ、シンタローはホットドッグ。

「オレだぞ......」
「うん、お前だな」
「えー......いや、全然わかんねえ。キド、趣味悪いな」
「自分で言うか」
「いや、うん......悲しいけど事実だろ」

俺もそれは思った、とは言わないでおく。趣味が悪いというか、なんでだ、と。いくら自問自答してもやっぱり変わらないままで、何日も悩むといっそ開き直れた。
もうこれは好きなんだ、だから仕方ない。
そう思うと少し恥ずかしい、顔が熱くなってきて行儀が悪いけれどがじがじと黒いストローを噛む。

「......オレ、キドのことそうやって意識......いやしたことあるけど、思ったことがねえんだけど」
「したこと、あるのか」
「今もしてるけどな!」

シンタローが逆ギレしたように言うから面食らったが、嬉しいとちゃんと思っている。やっぱりシンタローなのかと実感しながら顔を真っ赤にして額に手を当てているシンタローを静かに見る。
ふとさっきからシンタローの料理も俺の料理も減っていないことに気付いてサンドウィッチを食べた。

「......冗談じゃないよな」
「それはさすがに俺に失礼だぞ、シンタロー」
「生まれてこのかたこういう状況になったことねえんだよ......」

キサラギも縁遠いと言って嘲笑っていたから、そうなのだろう。縁遠いどころか縁近かったぞ、と今なら言える。
俺がサンドウィッチを食べていることに気付いてシンタローも食べ始める。やけ食いに近い食べ方で喉に詰まるんじゃないかとハラハラ見ていたが要らぬ心配に終わった。

「あー、とりあえず保留で......」
「失恋しなかっただけ全然良いな」
「キドみたいな美人、そう簡単に振るほどオレも罰当たりじゃねえよ」

そういうことをさらっと言えるくせにコミュ障とかなめているんだろうか。思わず潰しそうになったサンドウィッチを皿に一旦置く。シンタローは余所を見ながらコーラを飲んでいて俺がぐっと言葉を飲み込んだことには気付いていなかった。
そういうとこが好きなんだよ。

「......よく考えたらここで保留にしたらオレ答えることできんのか」
「情けないこと考えるなよ......あと返事もらえないと、俺が困るんだが」
「あー、だよな......」

シンタローが不安そうに眉を下げる。俺も急に不安になってきた。シンタローの性格を考えるとたぶん後で答えるなんて時間をかけなければ出来ないだろう。振るなら振る、答えるなら答えるで頑張ってもらわないと困る。

「......いっそ付き合ってみるか?」
「良いのか、それ」
「好き合って付き合いたいって考えるほど潔癖でもロマンチストでもないからな」

それはそれで、と若干ショックを受けているシンタローは無視する。俺としてはこれはこれで嬉しい展開だからだ。
サンドウィッチを食べ終わると僅差でシンタローもホットドッグを食べ終わった。

「期限付きでも良い。それならシンタローだってまだ心構え出来るんじゃないか?」
「......なんか、オレ情けない......?」
「今さらだから安心しろ。俺もそういうとこも含めて言ってるんだから」

うーだのあーだの呻くシンタローをゆっくり待つ。そして時計の秒針が一周したくらいでやっとシンタローはグッと顔を上げた。

「一ヶ月で......」
「よし、分かった。今日から覚悟しとけ」
「え、覚悟って」

立ち上がってシンタローの側にあった荷物を三つ持つ。荷物を見てあれ、と首を傾げるシンタローにニッと笑いかけた。

「遠慮なく惚れろ」

シンタローが複雑そうな顔で俺を見上げたが構わずレジに向かう。慌てて残りの荷物を持って追いかけてくるシンタローがボソッと不満そうに呟いた。

「普通、逆じゃね......?」

そんな声は聞こえなかったふりをしてさっさと支払いを済ませた。普通逆だろうが何だろうが、こうしたいからこうする。仮恋人にアプローチの仕方に文句を言われる筋合いはない。
さて、一ヶ月後はどうなってることやら。
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