9 | ナノ
シンタロー

物置を掃除していた母が持ってきた綺麗な管のような物。子供心にへんてこな形が気に入ったのを覚えている。

「あら、シンタロー気に入ったの?」
「なにこれ、変なの」
「昔の煙草よ。煙管って言うの」

きせる、と口内でもごもごと繰り返せば、母は俺の頭を撫でて物置から出てきたのだと言った。父の先祖が使っていた物だとも。
そんな昔の物とは思えないほどに綺麗で、俺はずっと見ていたんだろう。母が煙管を持って俺を見た。

「今じゃ使い道無いからね。気に入ったならあげようか?」
「ほしい!」
「じゃあモモには内緒ね。あの子もなにか欲しがるから」
「わかった!」

良い子とぐしゃぐしゃに撫でられて手に乗せられたそれは、ひどく俺の手に馴染んで。俺はずっとこれが欲しかったんだと、それを手に入れたんだと、ひどく誇らしかった。

そんな昔を思い出しながら煙管を吸う。途端、もわっと口に煙が広がった。火もなにも使ってないのに広がる煙は、部屋を漂って俺の周りを囲む。
くるっと煙を指でかき混ぜればそこを中心に渦を巻く。
ざあ、と雨が町を叩く音を聞きながら窓を開けた。瞬間、夏特有のむわっとした湿気が体にまとわりつく。その中にある水の涼しさに曖昧だなあと煙管の先端を窓枠で叩いた。こん......っ、と心地好い音が響く。
しばらくすれば雨は少しずつ緩んできた。あと一時間程度で止むだろうというほど。
待ってましたと言わんばかりに煙を外に吐く。
じわっと雨に溶けて無くなった煙がまたじわりと色を戻す。それに向かって煙管をくるりと回せば、それは円の形になって、七つの色に染まった。
虹。
小さな虹に手を伸ばせば、虹は俺の指に巻き付いた。蛇のように。円の虹は絡まりにくそうに絡まる。
余りにも動きにくそうに動くから、煙管で一回虹をこんっと叩く。すると叩かれたそこはすぱっと切られ、しゅるりと蛇のように俺の手を這った。こそばくて笑えば、虹は一度だけ強く巻き付いた。

中国には虹蛇と言う妖怪がいる。その姿は龍そのもので、自分の体を虹として、空にかけるらしい。
簡単に言えば、俺はそれだ。
先祖が妖怪だったのか、俺にそれが憑いてるのか、煙管がそれなのか。色々考えはあるのだが、視線を落とせば腕に張り付いている、正確に言えば、まだらに生えている鱗。それを見れば恐らく俺が虹蛇で間違いはないんだろうと思う。

「そろそろだ」

手で遊ぶようにまとわりついていた虹は俺の言葉にしばらく空を見るように固まって、唐突に空に飛んだ。泳ぐように上っていく虹を見て、窓を閉める。
しばらくすれば虹がかかるだろう。
あらかじめ用意しておいたタオルで腕を丁寧に拭けば、鱗は溶けるように見えなくなる。全く便利なことだと腕を見て、姿見を見る。頬にも鱗があったが、しばらくして完全に見えなくなった。便利だ。

「仕事終わり」

終了の合図のように煙管の先端をまた叩いた。こんっと強めに叩けば、部屋に漂っていた煙は途端に消える。
全部消えたか確認して煙管を箱に仕舞った。箱の上に指で虹と書けば、箱は見えない紐でしゅるりと結ばれ、開かなくなる。

「お、かかったな」

箱を引き出しに仕舞って窓を見れば、雨は止み、空に七色の虹がかかっていた。
近所の子供が虹にはしゃいでいる声を聞いて、俺は空を見て笑った。
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